雑学王・アーチャー


 雑学王・アーチャー、彼がこの称号を得るまでには、並々ならぬ努力があった。
 まず、彼は食事からして違った。食卓の上の料理を食べるには、その料理に関する雑学を披露してからでないと食べることはできなかった。ここで彼は、一流シェフ脱帽の食材の知識と、一級グルメ顔負けのうんちくを身につけることとなる。
 外出にしてもそうである。外出先に関する雑学を披露しないかぎり、門をくぐることを許されていなかった。ここで彼は、旅行案内人が夜逃げするほどのガイド力を身につけることになる。
 同様に、入浴、トイレ、就寝にいたるまで、これである。起床はさすがに制限することはできなかったが、目が覚めてからその日見た夢についての雑学を披露するまで起き上がることは禁止されていた。
 彼が自由に出入りできたのは、その膨大な量の雑学を身につけるための図書館、そして実験室だけである。彼は自分の食事等の日常生活を円滑にこなすため、ほぼ一日中そこで雑学に励んでいた。
 かくして大人になったアーチャーは、晴れて雑学王の名をほしいままにしていた。彼の行くところ、その雑学を聞きたい人たちに引っ張りダコだった。
 しかし先日、雑学王・アーチャーは一枚の遺書を残し、その栄光に自ら終止符を打った。彼は今、実家にある墓地で先祖と共に眠っている。遺書にはこうあった。
「私は長年、自分の雑学生活は人間としてごく当たり前のものだと思っていた。しかし大人になり世界に出てみると、私は雑学王の称号を授かり、自分が特異な生活を送っていたことを知った。あんなに雑学を身につけたというのに、世間一般の常識は何一つ知らなかったのだ。嘆かわしいことだ。次はもっと普通の家庭に生まれ、育ちたいと思う。」
 若くして世を儚んだ雑学王・アーチャー。死後、彼の雑学録は飛ぶように売れたという。しかしその売上金は、アーチャー本人でも彼の両親でもなく、幼い頃からアーチャーにつきっきりで、朝から晩まで休むことなくその雑学を書き留めていた男・パーシィのものになった。果たしてパーシィが幸せであったのかは、誰にもわからない。



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photo by Follet