夕暮れ


 神様、どうかお許しください。
 ひょっとしたら、僕は今日、人を殺してしまったのかもしれません。
 けど、誤解しないでください。僕はただ、あの展望台で、僕の大好きな山を、街を、海を見える展望台で、遊んでいただけだったのです。あの展望台の望遠鏡で遊んでいただけだったのです。
 今日は、雨上がりのせいか、展望台には僕しかいませんでした。それでも、夕焼けがとても綺麗だったのです。
 そこへ、一機の飛行機が飛んできました。銀色で、夕日の光を照り返しながら飛んでいました。
 僕は、のぞいていた望遠鏡で、飛行機を追いました。ダダダダダ……と、小さく呟きながら。ちょうど、兵隊が機関銃で敵機を撃つように。
 その時でした。突然、飛行機が煙をあげて、墜落したのです。まるで夕日に吸い込まれるように。
 きっと、エンジントラブルか何かだったのでしょう。けれど僕には、僕の架空の武器が、飛行機を撃ち落したように思えたのです。
 僕は急いで展望台を降り、家に帰りました。
 ああ、神様、どうかお許しください。
 僕は今日、人を殺してしまったのでしょうか。


 神様、どうかお許しください。
 俺は今日、きっと一人の女性の人生を変えてしまいました。
 ただ、これだけはわかってください。俺は本当に彼女が好きだった、愛していたのです。
 けれど彼女は違った。彼女には、あの男しか目に入らなかったのです。俺が何度彼女に愛を伝えようと、彼女は見向きもしなかったのです。
 俺は彼女にかまって欲しくて、今日フライトの前に会ってくれなければ死んでやる、と彼女に言いました。けれど彼女は会ってくれませんでした。
 俺は、自分の飛行機に細工をして、ちょっとした事故を起こすつもりでした。そうしたら、彼女が心配してくれると思って。それが、とんでもない大事故になって。
 もちろん、本当に死ぬつもりはなかったのです。しかしこれは、彼女を愛した罰なのでしょうか。俺の飛行機は墜落しました。俺は今、機体につぶされ、爆発で焼かれ、虫の息です。
 ここで俺が死んだら、彼女は悲しむのでしょうか。自分のせいで俺が死んだと、苦しむのでしょうか。
 ああ、神様、どうかお許しください。
 きっと俺は、彼女の人生を苦しいものにしてしまいました。


 神様、どうかお許しください。
 あたしは今日、人を殺しました。
 それには、ナイフも銃も毒薬もいりませんでした。あたしが殺したのは、あたし自身なのですから。
 あたしは今日、あたしを愛してくれている人を突き放しました。最後に一度だけ、殺したはずのあたしの声を聞いてください。あたしは、本当は、彼を愛していたのです。心から。
 けれどあたしは、親の決めた相手と結婚しなければいけません。結婚して、この街から出て行かなければいけません。そうしなければ、あたしの家は、明日にも路頭に迷ってしまうのですから。
 だから、あたしはあたしを殺しました。愛している人を、愛していないといいました。愛していない人に、愛しているといいました。
 神様どうか、もう一声、殺したはずのあたしのわがままを聞いてください。
 あの人が、別の誰かと、どこかで幸せになれますように。
 ああ、神様どうか、お許しください。



←帰郷      ある日→


photo by 塵抹