帰郷


『彼』は、緊張していた。
 なにせ、生まれて初めて、故郷の惑星に帰るのだ。緊張しないわけがない。生まれて始めての故郷。何ゆえ、このような矛盾した表現になるのか。
 彼の両親のそのまた両親の両親の、さらにもっと昔の両親たちは、広大な宇宙に夢を託し、星々の海へと飛び立って行った。故郷の惑星を離れ、遠く、どこまでも。
 彼らは、自分たちの世代だけでその旅を終えるつもりはなかった。彼らの多くが、夫婦で宇宙船に乗り込んでいた。その中で、子供を産み、育て、宇宙船という名の移動する村を作り上げたのだ。これで、長い航海にも耐えることができる。彼らは、世代を超えて数多くの星を調査し、さらに宇宙の奥へと進んでいった。
 しかし、あまりにも長い年月を過ごした後、彼らの村の個体数は減っていった。原因はよくわからない。彼らの体が星に定住するようにできており、宇宙の暮らしにあわなかったからなのかもしれない。ともかく、彼らの生活に変化が生じた。
 やがて彼らは、考えるようになった。いい加減、故郷の惑星へと帰るときではないか。このままでは、近い将来彼らの村社会は成り立たなくなる。せっかく彼らの祖先が代々受け継いできた調査記録も、この集団が消えると共に水の泡となるだろう。そうなる前に、故郷へ帰ろう。
 だが、すぐさま帰り着くには、彼らはあまりにも故郷を離れすぎていた。彼らは急いだ。まだ見ぬ故郷のために。自分たちの記録を待っている、故郷の者たちのために。
 そして、『彼』はやっとたどり着いたのだ。生まれて初めての故郷に。
 もう、生き残っているのは、『彼』しかいなかった。他の者たちは、故郷への帰路、無念の内に倒れていった。残された『彼』に希望を託して。


 窓を全開にして、頬杖をついて空を見上げる。
 僕が今いるところは、それほど都会ってわけでもないけど、満天の星空、というわけにはいかない。ちょっと寂しいけど、その分、見える星の名前が覚えやすくていいかな、とも思う。
 こんなとき、弟とか、妹がいればいいのにな。そうしたら、あれはなんて星で、あそこでこういう星座を作っているんだよ、って教えてあげられるのに。ひとりで星空を見て星の名前を呟いても、つまんないや。
 あ、流れ星。
 もういっちゃった。お願い事、言えなかったや。けど、言えたとしたら、なんて言っただろう。弟、弟、弟、かな。でも、妹もいいな。いや、それよりも……。
 あれ、流れ星が落ちた先、なんだか光っている。気のせいかな。ううん、気のせいじゃない。やっぱり光っているよ。この夏休みをずっと過ごしてきた家の前の森だもの。いつもと明るさが違うのなんてすぐわかるよ。
 ちょっと行ってみようかな。ひょっとしたら、お星様が、僕の願いを聞いて、弟か妹を届けてくれたのかもしれない。
 僕はどきどきしながら、家をそっと抜け出して、森の光へと向かった。


『彼』は慎重に器械を操り、外界が『彼』にとって安全であるかを調査した。
 ここは『彼』にとっては故郷である。まさか『彼』の体に害のある成分が大気中に存在するとは思えないが、今まで色々な星々に着陸したときと同じように、彼はその作業を行なった。
 なんの異常もみられないことを確認すると、『彼』は、どきどきしながら宇宙船の扉を開けた。
 外は、暗かった。
 遠くには、赤や青や、その他諸々の色の明かりが見えるが、この辺りには、明かりといえば、『彼』の宇宙船が放つやわらかな白光のみだった。
 その白光に照らされて、緑の木々が揺れていた。その下では、半ば身を隠しながらも、『彼』の宇宙船を物珍しげに見つめている小動物たちがいた。
 これが、『彼』が初めて見た故郷の姿だった。


「うわぁ……」
 僕は思わず声を上げていた。
 謎の光に誘われて森へと入ってみれば、そこには、今まで一度も見たこともないものがあったのだから。
 でも僕は、その物体を直に見たことはなかったけれど、似たようなものの話を聞いたことはあった。
 銀色に輝くからだ。上から見たら、恐らく円盤型と思われる曲線。淡い白光を放つ円い窓……。
 僕は確信した。これはUFOであると。
 いわゆる未確認飛行物体。空を飛んでいたのを見たとか、写真に収めることに成功したとかいう話は聞いたことがある。今目の前にある物体は、きっとそれに違いない。
「ということは……中には宇宙人が?」
 辺りには、僕以外の人の姿は見られない。このまま進めば、僕はもしかしたら、地球人で初めて宇宙人と対面することになるのかもしれない。


『彼』は驚いていた。
 宇宙船の扉を開け、しばし初めての故郷の景色に見とれていると、いつの間にか、すぐ近くに、今まで『彼』の様子をうかがっていた小動物たちとは違う生物がいたのだ。
 その生物は、『彼』が今まで見たこともないような姿形をしていた。二本の足と思われるもので立って歩いている点だけが、『彼』との共通点だろうか。このような生物が故郷にいるという話は、先祖代々受け継がれてきた故郷に関する書物には、何も書かれていなかった。
 戸惑う『彼』を気にせず、その生物は、『彼』の宇宙船の前までやって来て、何事かを呟いた。『彼』は慌てて一旦宇宙船内に引っ込み、自動翻訳機を持ってまた外へ飛び出した。
『彼』は自動翻訳機を生物に向け、何事か口にするのを待ったが、生物は、何も言う気配がない。それどころか、『彼』に視点を定めようとすらしない。きょろきょろと、珍しそうに『彼』の宇宙船を見回している。
『彼』は不思議に思い、しばらくその生物を眺めていた。


 すごいや。とりあえず周りを回ってみたけれど、このUFO、すごく大きいや。こんな大きなものが、どうやってこの森に着陸できたんだろう。多分さっきの流れ星の正体がこれなんだろうけど、ここに生えていた木はどうなったんだろう。全部UFOの下敷きにされちゃったのかな。いや。こんなすごいUFOだもの、きっと、何か不思議な力を使って、自分が着陸する場所をあけたに決まっている。
 周囲を回ってみても、どこにも継ぎ目のないつるんとした銀色の物体を見ながら、僕は一人で考えていた。
 そろそろ一周したかな、と思ったとき、一箇所だけ、ぽっかりと穴が開いているところがあった。
 もしかして、ここ、入口なのかなぁ……。
 穴からは、おそらく中の明かりだろう、少し黄色身を帯びた明かりが漏れていた。奥の様子は、僕のいるところからはよく見えない。
 入ってみようかなぁ。
 僕は迷った。中がどうなっているのかは、すごく気になる。だけど、中にいるのが優しい宇宙人とは限らない。テレビなんかだと、宇宙人は悪い奴で、地球に来るのは大抵、地球人をさらうためなんだ。ひょっとしたら、この中にいるのもそういった奴で、この穴は罠なのかもしれない。
 けど、もしかしたら、もう宇宙人はとっくに外に出てきていて、中には何もいないかもしれない。あの穴だって、罠でもなんでもなくて、単に開けっ放しで忘れていったのかもしれないし。でもやっぱり……。
 僕はしばらくうろうろと、迷いながら辺りを行ったりきたりしていた。


 その生物は、何か迷っているように、あたりをうろうろとするだけで、一定の距離を保ち、宇宙船に近づいてこなかった。最初は不思議に思い眺めているだけだった『彼』は、だんだんと不安になってきた。
 もしかして、あの生物は、ああやって『彼』を誘い出し、とって食おうと考えているのではないだろうか。今までの星にも、そんな生物がいたはずだ。自らを囮に、獲物をおびき出す獣が。
 しかし、『彼』がこの思考におちいったとき、その生物は、意を決したように、宇宙船の入口へと近づいてきた。その目は、真っ直ぐ前を見ている。
『彼』は動くことができなかった。その生物の目は、頭部と思われるところにふたつ、横に並んでついていた。それが、じっと前を見つめ、宇宙船へと入ってきたのだ。恐ろしいというより、その生物の行動に興味を覚え、『彼』は立ち尽くしていた。
 やがてその生物は、『彼』の正面までやってきた。


 どんっ。
 思い切って光の差す穴へと入っていった僕は、いきなり『何か』にぶつかった。
 僕は驚いてその場所をよく見たけれど、そこには何も見えなかった。ただ、穴の向こう、UFOの内部の、今まで見たこともないような景色があるだけだ。僕のすぐ目の前には、ぶつかるようなものは何もない。
 でも。そっと手を、その場所に伸ばしてみると、確かに、何かに触れた。それはやわらかくて、暖かくて、まるで生き物のようだった。
 もしかして、これって、宇宙人が張ったバリアーとか、そういうものなのかなぁ。誰かが勝手に入って来れないように。これが宇宙人流の戸締まりなのかもしれない。
 あ。だけどそうすると、これ以上先には、僕、入れないってことだよね。せっかく思い切ってここまで来たのに。残念だなぁ。
 そうだ。ひょっとすると、今触ったもの、警報機の役目もあるかもしれない。誰かがさっきのものに触ったら、遠くにいる宇宙人に、びびっと伝わったりするような。誰か来たぞ、早く帰って来い、って感じに。
 だとすると、もう少しここにいれば、宇宙人がやってくるかもしれない。
 宇宙人って、どんな姿をしているのかな。テレビやなんかだと、こう、頭が細長くって、全身銀色で、手とか足とか、すうっと細かったはず。それとも、タコみたいなやつの方かな。細長い足がたくさん、うにょうにょ生えてるやつ。それとも……。
 あれ?
 今誰か、何か言った?
 宇宙人の姿に、あれこれと思いめぐらせている僕の耳に、声が聞こえた。きょろきょろと辺りを見回してみるけど、やっぱりそこには誰もいない。
 おかしいな。空耳か、外の動物の声だったのかな。
 ううん……違う。また聞こえた。
 声は、今度ははっきりと、僕のすぐ近くから聞こえた。


『彼』は、動かなかった。その生物も、その場を動こうとしない。
 真っ直ぐ宇宙船の入口にやってきたその生物は、本当に真っ直ぐ進んできた。『彼』が立っているにも関わらず。
 そして思い切り『彼』にぶつかった。が、その生物は、何故ぶつかったのかわからないように、不思議そうに首をかしげていた。
 はておかしいなと、事ここに至り、『彼』は、ある可能性に思い至った。
 もしかしたら、目の前の生物には、『彼』の姿が見えていないのかもしれない。
 そうとすれば、この生物が『彼』に視線を合わせないのも、『彼』がいるにも関わらず、真っ直ぐ宇宙船の入口に入ってきてぶつかったのも、合点がいく。
 目の前の生物から特に敵意は感じないし、何より、間近で見たこの生物の体には、爪や牙など、危険なものは見当たらない。
 ならば。と、『彼』は意を決した。『彼』は大きく息を吸い込むと、震える声で、その生物に話しかけた。


 声は、とても丁寧に説明してくれた。僕の目の前に、『彼』がいることを。僕がぶつかったのは、『彼』だということを。
 まさか、宇宙人が透明で見えないだなんて思わなかった。
 僕が正直にそう言うと、『彼』も、まさか見えていないだなんて思わなかった、と言って笑った。
 そうだ。僕はさっき、気づかなかったとはいえ、『彼』に思い切りぶつかってしまったんだった。そこはちゃんと謝っとかないとね。
 僕がごめんなさいをすると、『彼』は慌てて言った。自分こそ、見えているのに避けようとしなかったのだから、気にしないでくれと。
姿を見ることはできないけれど、『彼』はとても優しいなと思った。さっき触れた『彼』は、とても暖かかったのだもの。ああ、『彼』の姿をちゃんと見ることができたらいいのにな。
 え? 僕のほうが、不思議な姿をしているって?
 君は今まで色々な星の色々な生物を見てきたけれど、僕みたいな生物は、今まで見たことがないって?
 そうなんだ。君は今まで、たくさんのものを見てきたんだね。
 ねぇ、聞かせてよ。君が知っているたくさんのことを。


『彼』は語った。自分が見たこと、体験したこと。彼の親や、そのまた親や、先祖代々伝えられてきた、様々な星のことを。
 その生物は、『彼』の話の一々に、驚いたり、怖がったり、完成をあげたりして聞き入っていた。
『彼』は楽しかった。
 長いこと、『彼』は宇宙船の中でひとりぼっちだった。故郷を目指す帰路において、『彼』の仲間はどんどん倒れていき、こんなに和やかに話をしたことなどなかった。こんなに一生懸命に『彼』が話すことも、こんなに真剣に『彼』の話を聞いてくれるものもなかった。
 宇宙船の入口に並んで腰掛けながら、『彼』は、いつまでもこの生物と話していたいと思った。
 どれくらい時が経っただろうか。外の闇は、随分とその濃さを増していた。
 ふと『彼』は、隣に座る生物の話も聞いてみたいと思った。
 この生物は、どんなことを考えて、どんなことをやりながら、どんな生活をしているのか。
『彼』は、その疑問をそのまま生物にぶつけた。
 生物は、一瞬、驚いたように目を見開いた。


 僕が普段何をしているかって?
 別に、普通だよ? 普通の生活。一般的な人間の暮らし。
 あ、そうか。君はそれを知りたいのか。
 え? そもそも人間って何かって?
 えっとね。僕たちは、人間っていう種類の生物なんだよ。人類とかってもいうらしいけど。厳密にいうと、ヒト科ヒト目なんたらかんたらっていうらしいんだけど、僕にはよくわかんないや。ごめんね。
 いたっ。髪の毛引っ張らないでよ。
 それはね、髪の毛っていって、僕の体の一部なんだから。君にはないの?
 なんだかずるいなぁ。君には僕の姿が見えているのに、僕には君の姿が見えないだなんて。
 まあ、仕方ないよね。君のせいじゃないんだし。
 ね、君の星の人たちは、みんな、君と同じ格好をしているの?それとも、中には透明じゃないひともいるのかな?
 あのね、人間にはね、白いヒトもいれば、黒とか褐色とか、黄色っぽいヒトなんかもいるんだよ。君たちはどうなの?
 え……? 君、ひとりぼっちなの……?
 そうか。君と一緒に生活していたひとたちは、もうみんな、死んじゃったんだ……。
 悲しいね。すごく悲しい。
 じゃあ君は、これから、ずっとひとりで宇宙の旅を続けるの?
 そうじゃない? もう旅は終わりだって?
 それってどういうこと?


 こちらが生物のことを聞こうと思ったのに、いつの間にか、また『彼』の方が話すことになってしまっていた。
『彼』は先に生物の話を聞きたかったが、瞳を輝かせて尋ねてくる生物を見て、それを諦めた。次々と疑問符を突きつけてくる生物に、『彼』は観念して、話を始めた。
 まず、『彼』の先祖が宇宙船に乗り、広大な宇宙の調査に乗り出したこと。宇宙は広く、その調査は何代にもわたったこと。それらの調査はとてもはかどったこと。やがて宇宙船の人口が減っていったこと。全滅する前に、故郷に戻り、これまでの報告をしようとしたこと。その途中で、生き残りが『彼』だけになってしまったこと。
 長い話だったが、生物は、辛抱強く聞いていた。


 そうか。君の一族は、すごく偉大なことをしていたんだね。自分たちの故郷のために、中には一生涯故郷を見たこともないひともいるのに、星々を回っていたんだね。
 でも、それも死んじゃったんだ。君ひとりを残して。
 それで、君はこれから故郷に帰るところなんだよね?
 じゃあ、この星へは、休憩がてら、ちょっと寄ってみただけなのかな?
 え? 違うって?
 じゃあ、一体なんで……?


 生物の反応に、『彼』は信じられない思いでいた。
 確かに、よく考えてみれば。この生物は、『彼』を初めて見たと言っていた。つまり、この星には、『彼』のようなものは存在していないということになる。
 いや、待て。『彼』は考え直した。
 この生物には、『彼』の姿は見えていない。ということは、この生物たちが気がついていないだけで、『彼』の仲間はきちんと存在しているのではないのか? 『彼』の仲間は、この生物たちに認識されていなく、また、させる気もないだけではないのか?
 しかし。
『彼』の祖先が故郷を出てから、どれほどの時間が経っているだろう。どれほどの時間、ひとつの種族は存在することができるのだろう。
『彼』をはじめとする宇宙船で生活していたものたちは、度重なる星間移動で、時間間隔が、生来のものとはずれている。だが、生れ落ちた環境で生きているものたちにとって、『彼』らが旅をしてきた時間は、途方もないものだったのではいのか。
『彼』の祖先が故郷を発ったとき、この生物が存在していたという記録はない。ならば少なくとも、この生物の歴史以上の時間を、『彼』らは旅に費やしているはずである。
『彼』は震える声で、生物に尋ねてみた。


 人間は、いつ生まれたかって?
 それは人それぞれだけど、えっとね、僕の場合は……。
 そうじゃなくて、人間って存在が、いつからあるかって?
 うーん。また、難しい質問をするね。
 ものすごーく前ってことは確かだよ。いや、ものすんごーく前かな。
 人間が今みたいにたくさん生活している前には、恐竜っていう、でっかいトカゲみたいなのが、たっくさんいたんだって。で、僕ら人間のご先祖様は、隅っこの方でこそこそと生きていたらしいよ。
 それくらいしかわかんないや。
 でも、それがどうかしたの?
 あ、わかった。これも調査の一環なんでしょ?
 え? 違う?
 ねえ、さっきから、君の言っていることが、よくわかんないよ。
 どういうこと?


 恐竜。また、『彼』の知らない生物が出てきた。
 もしかしたら、『彼』は、間違った惑星にきてしまったのだろうか。『彼』の故郷ではない星に。
 そんな思いが頭をかすめたが、すぐにそんなことはないと、頭を振って打ち消した。
 そんなはずはない。『彼』の宇宙船には、高度な帰巣システムが備わっているのだ。それが狂うことなんて、ありえない。
 では何故、この星に、『彼』の仲間はいないのか? 『彼』の知らない生物ばかりがいるのか?
 この、『彼』の故郷であるはずの惑星には。
 答えは、すでに『彼』の中に出ていた。
 しかし、『彼』は容易にはそれを信じることはできなかった。


 ねぇ、今、なんて言った?
 ここが、君の故郷の惑星だって?
 だって僕、君みたいなの、初めて見た……ううん、初めて知ったんだよ? それなのに、ここが君の故郷だって?
 けど、もうずっと長いこと、人間が生きてきたわけだけど、君みたいなのの話は聞いたことがないし、君自身、人間も恐竜も知らないってことは……。
 え? なに、もしかすると、君の仲間は、もう……?
 だって、そんな……。
 そりゃあ、そう考えるのが一番しっくりするかもしれないよ。
 でも。でもさ、そんなのって。そんなのって……。


 そんなのってない。そう、その生物は連呼した。が、それが返って、『彼』に、その憶測を信じさせた。
 そうだ。きっとそれが現実なのだ。
 もう随分前に。恐らく、ここにいる人間や、その前に栄えた恐竜よりも前に、『彼』の故郷の仲間は、滅んでしまっていたのだ。
 長いこと、『彼』らの帰りを待ちわびながら。
 生物としての寿命を終えてしまっていたのだ。
 それは、『彼』らの祖先が、故郷を発ってからすぐだったのかもしれないし、調査が軌道にのりだしてからかもしれない。いや、もしかしたら、宇宙船内の『彼』らの個体数が、原因不明で減少していった頃と重なるのかもしれない。それとも、『彼』がひとりになってからなのかもしれない。
 それは知りようもないことだが、とにかく、『彼』が正真正銘、この広い宇宙でただひとりだということだけは、確かなのだ。


 ねえ、君。これからどうするの?
 君には、お父さんもお母さんも、お兄さんもお姉さんも、弟も妹も、伯父さんも伯母さんもいないんだよね。
 これからひとりで、どうするの?
 そうだ。だったら、僕んちにおいでよ。
 君はとってもいいひとだし、君の話はとても面白いし。僕は大歓迎だよ。
 そうしようよ。
 ……あ!
 大変。僕、大変なことに気がついちゃったよ。
 ねえ、君って、たったひとりしかいない、貴重な存在ってことなんだよね? だったらさ、すごーく言いづらいんだけど、この星にはいない方がいいかもしれない。
 僕んちにおいでって言っておいて、ひどい言い草だとは思うよ。
 でもさ、この星にはね、珍しいものが大好きなヒトたちがいっぱいいるんだよ。未知のものを調べるのが好きなヒトもね。
 だからきっと、君なんかがみつかったら、きっと捕まえられて、ひどいことになってしまうよ。
 僕はね、さっきも言ったけど、君をとてもいいひとだと思うし、大事な友達だって思ってる。だから君が、ひどい目にあうなんて、嫌なんだ。
 ねえ、君が今まで旅をして出会った星のひとたちには、優しいひとも、怖いひとも、変なひとも、色々いたんだよね? さっき、そう話してくれたよね。きっとそれでいったら、僕の星のヒトたちは、ひどいヒトってことになるんだと思う。
 この星のヒトたちはね、たくさんのことを調べたり、知ったり、作り出したりすることが大好きで、けど、そのせいで、他の生物が不幸になることもたくさんあるんだ。だからきっと、君のことも……。
 でも、この宇宙には、そうでないひとたちもたくさんいるんでしょう? だったら、君は、そのひとたちを探すべきだと思う。そのひとたちのもとへ行くべきだと思う。
 こんな、ひどい星じゃなくて……。


『彼』は、故郷を眺めていた。
 宇宙空間から眺める故郷は、美しいけれども、昔祖先が出立した頃よりは、幾分か濁って見えた。
『彼』は、ひとりで宇宙船を操りながら、じっと故郷を見つめていた。もう二度と、来ることのないだろう故郷を。
 忘れまいとするように。
 そこに存在する、ただひとりの『彼』の友達のことを。



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photo by 空に咲く花