運命 女はうっとりとしていた。 占いで予言されていた前世の恋人、運命の人に、ついにめぐり会えたのだ。 それは男も同じらしい。熱っぽい視線で女を見ながら、彼女に向かって、そっと手を差し出してきた。 「僕はずっと君を待っていた。遠い前世から、再び君と会える日を夢見ていた……」 女は潤んだ瞳でうなずきながら、男の手を取ろうとした。 その時だった。 「ちょっと待ちたまえ」 二人の間に、新たに男が一人、割って入って来た。 「なんですか、あなたは。僕たちは今、輪廻の壁を越え、運命の再会を果たしたところなのです。邪魔しないでいただきたい」 「どっちが邪魔なものか。前世で俺から彼女を奪ったくせに」 「え? なんですって?」 「いいか。俺は前世で彼女と恋人だったのだ。いや、前世だけじゃない。前世のそのまた前世でも、恋人同士だったのだ。それを突如現れたお前が、無理やり二人の仲を引き裂いて……」 「なんということです。しかし、それが本当だったとしても、前世の彼女は僕を選んだ。そして今の世の彼女も、僕を選んでくれているのです」 「それはどうだかな。思い出してくれ、俺たちのあの、素晴らしく幸せだった日々を」 新たな男の出現に、女は戸惑った。 しかし、同時にまた思い出していた。 そうだ、この男は、あたしが前世の前世で結ばれた人……とても勇敢で、あたしのことを大切に扱ってくれていた人だったわ。 女の心は動き、後から来た男へと、潤んだ瞳の向きを変えた。 しかし、その時だった。 「ちょっと待つんだ!」 三人目の男が、女の前へと現れたのだった。 「いいかい? 私は前世の前世の前世で、彼女の恋人だったのだ。来世でも必ず結ばれようと誓い合った仲だというのに、それをお前らが彼女の心を惑わしたせいで、あれ以後、私たちは一度も結ばれていない。私はずっと彼女を想っていたのに!」 「ちょっと待ってくれよ!」 どこからか、四人目の男が現れていった。 「それをいうなら、おれのセリフだよ! おれは前世の前世の前世の前世で、彼女と恋人だったんだ! 何度生まれ変わったって、変わらぬ愛を彼女に捧げているんだぜ!」 「ちょっとお待ちください」 いつの間にか、五人目の男がすぐそばに立っていた。 「わたくしは、前世の前世の前世の前世の前世で彼女の恋人だった者です。生まれ変わるたびに別の男に邪魔をされ、彼女に近づくこともできなかった。しかし今、わたくしたちは幾多の苦難を乗り越えて、ここでようやく出会うことができたのです。これを運命といわずして、なんとしましょう」 「ちょっと待ちなさい」 「ちょっと待ってはもらえないか」 「ちょっと……」 その後も、ぞろぞろと数多くの男たちが現れ、女の前世の前世の前世の……とにかくいつだかの前世の恋人だと主張を始めた。 男たちは、自分の主張に夢中で、最早誰も彼女を見ていなかった。 女は、途方に暮れてへたりこみ、ただただ男たちのいい合いを眺めていた。 「お嬢さん、どうされたのですか?」 そんな女に、話しかける者があった。 「見れば、あの男たちの争いに巻き込まれ、お困りの様子。ぼくでよければ、なにかお力になれないでしょうか?」 「あたし、今とっても困っているの。こんな事態、想像もしなかったわ。ねえ、あたしを連れて、ここから逃げて!」 その人物は女の懇願を聞き入れ、二人は、手に手を取って逃げ出した。 よくよく見れば、それは見目麗しい若者であった。 やがて女は、若者と恋に落ち、二人は結ばれ、来世でもまた会おうと約束し……。 ←最終電車 サクラ→
photo by 塵抹
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