サクラ


 その男には、不思議な能力があった。
 どれほどさびれた、客の来ない店でも、彼が来店すると、たちどころにお客でいっぱいになるのであった。
 初めのうちはただの気のせいかとも思ったが、どうもそうではないらしい。悪臭漂う小料理屋であろうとも、悪質なパクリの産物としか思われないような商品しか置いていない土産物屋であろうとも、彼が足を踏み入れた店は、必ずぞろぞろとお客が来て、買い物をしていくのであった。
 しがないサラリーマンであった彼は、この力を使って、副業を始めることにした。
 売れていない店に話を持ちかけ、その店内をうろつく。すると、たちまち客が大量にやって来て、店は大盛況になるのだった。
 実在する招き猫とでも呼ぶべきか。客を呼び込む彼の噂はひっそりと広まり、やがて店の側から仕事の依頼をするようになった。
 といっても、彼にとってこれはあくまで副業的なもの。税金の関係もうるさい昨今であることだし、また金回りが良すぎるのも悪い人物を呼び寄せる原因になる。報酬は現金ではなく、依頼店の品物をいくらかもらうだけにとどめていた。それでも、現物支給の報酬のおかげで、彼の生活はまあまあ潤っていた。
 そんな彼の今回の仕事は、小さな商店街にひっそりとある、とある雑貨屋に客を集めることだった。
 特に珍しい内容ではない。雑貨屋などというのは、好きな人は好きであるが、なかなか千客万来大盛況とはいかないところである。実際、彼もこれまで何度も、この手の店の依頼を受けてきた。
 ところが、今回いつもと違ったのは、その依頼人である。
 彼の噂を聞きつけた売れない店の店主やその家族が、そっと依頼にやってくるのが通常であった。しかし、今回はどういうわけか、依頼人は店の主人との関係は明かせないという。しかも、現金での多額の報酬付ときた。どうにも怪しい。
 さては、こいつは良からぬことを考えている奴で、自分が店に人を集めている隙に、よその店にでも強盗に入る気だろう。ならば、あえてこの依頼を受け、友人に依頼主を見張らせて、悪事を働くところを捕まえてやろうではないか。
 彼は、その依頼を受けることにした。
 さて当日。彼はいつものように、何食わぬ顔でその店へと入って行った。
 お客など、これまで来たことのなかったかのように、雑然と並べられている商品たち。ところどころ、埃も見られる。倉庫かなにかと見間違うようなその店にも、彼が入って来たことによって、吸い寄せられるように通りを歩く人々が買い物にやってきた。
 店の主人は、やはり何も聞かされてなかったのだろう。突然人であふれ返った店内に、目を丸くしていた。
 元々、品物自体は良い物を扱っていたらしい。次々と商品は売れていき、わずかしかいない店員たちは、上へ下への大騒ぎであった。
 かわいそうに。結構な歳と思しき店主は、予期せぬ事態にひいひい言っている。商売がはかどるのは良いことだろうが、あんな悪人に目をつけられたおかげで、歳不相応に働くことになって。
 それにしても、あいつは一体、どんな悪事を働く気だ。
 なにか動きがあったら、見張りをしている友人から、携帯に連絡が入るはずであった。しかし、いくら待てども、彼の携帯はならない。
 ついに閉店の時間が来て、彼は店を出ざるをえなくなった。


 後日、新聞の一面に、大きくあの店が載っているのを彼は発見した。
『大物政治家、その脱税の記録、雑貨屋の片隅から発見される』
 あの依頼人は刑事であったらしい。
 脱税の記録隠しのカモフラージュであった雑貨屋。そこに人を集めている隙に、どさくさに紛れて捜査を行っていたのだった。彼の力で店に呼び寄せられていた客の中にも、何人か刑事が混じっていたようだ。
 それにしても、まさか、自分の力がこんな形で利用されるとは。
 彼は携帯電話を取り出すと、ゆっくりとボタンを押していった。
 あの男からもらった報酬の金額は、なかなかのものであった。しかも、もらった相手が警察であれば、税金関係で文句をつけられる心配もない。
 自分の能力の新たな活用法を見出した喜びに、彼は目を細めた。




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photo by 空に咲く花