ツボ 人体には無数のツボがある。足の裏を押すことで内臓が刺激されるというのは有名な話だろう。私はそのツボを研究する者。長年の努力が実り、つい先日、新しいツボを発見することに成功した。これが世に知られることになれば、きっと人々の生活はより良くなることだろう。 明日はいよいよ学会に発表する日。私は研究結果をまとめた書類を自宅の金庫にしまうと、期待に胸を膨らませながら眠りについた。 しかし、そんな私の眠りを妨げるものがあった。時計は確認していないが、真夜中過ぎくらいだろうか。何か冷たいものが頬に押しつけられるのを感じ、私は目を覚ました。 「騒ぐな。大人しく言うことを聞けば手荒なことはしない」 「な、なんだお前は……!」 見ると、マスクをしてサングラスをかけた男が、私の頬にナイフを押しあてていた。 「騒ぐなと言っただろう。いいから、怪我したくなければ、金目のものを用意しろ」 「と言われても、私はしがない研究者。強盗に差し出せるような大金なんて、持っていないよ」 「自分から出す気はないというわけか。まあいいさ。自力で探すとしよう。お前はそこで大人しくしていろ」 強盗は私の手足を手際よく縛ると、家中を荒らし始めた。 「本当に大したものがないな。現金が少しあるくらいじゃないか」 「そうだろう。わかったら、その金を持ってさっさと出て行ってくれ」 「まあ待て。まだ見ていないところがある。あの金庫は何だ?」 指さされた金庫を見て、私は顔色を変えた。 「やめてくれ。あそこには、私の長年の研究結果が入っているんだ。お前が持っていったとしてもなんの価値もないし、あれにだけは手を触れないでくれ」 「そう焦られると、興味がわく。本当は金目の物が入っているのかもしれないしな。また研究結果という主張が真実でも、持っていくところに持って行けば、いくらかの金にはなるかもしれない。ほら、さっさと開けろ」 私は再びナイフを突き付けられると、金庫の前へと立たされた。 仕方がない。覚悟を決めると、私は金庫を開け、大事に保管していた研究結果の書類を強盗へと渡してしまった。 強盗は、中に入っているのがやはりただの研究結果だとわかると、一瞬落胆したような表情を見せた。が、すぐに気を取り直すと、縄で縛られたままの私を残し、探しあてた金と書類を持って逃げていった。 翌朝。学会に来ない私を不審に思った知人たちが来てくれたおかげで、私はやっと縛り上げられた状態から解放された。すぐに警察に連絡をする。やがて警官がやって来て、しきりに首をひねりながら言った。 「実はですね。あなたからの通報の直前、犯人を名乗る男が自首してきましてね。なんでも、現金と何かの研究結果を奪っただとか」 「その男は、ひどく反省している様子でしたか?」 「それはとても。あなたへの盗み以外にも色々と罪を犯したと、過去の犯罪歴の自白まで始めています。今はまだ事情聴取の段階で、それらの裏付けはとれていませんが」 「そうですか。つまり、私の研究結果は間違っていなかったというわけですな」 「どういう意味です?」 「私はツボの研究をしていましてね。先日発見した新しいツボについての書類を、その男は盗んでいったというわけです」 「それが、男の行動とどう関係が?」 「私が発見したのは、人の心に働きかけるツボなのです。ある特殊な図形を見て目のツボを刺激することで、その作用が現れるのです。その図形を研究書類の表紙に描いておいたので、男の行動はそれを見た結果なのでしょう。罪悪感を引き起こすというツボの効果の」 ←鏡 田舎道→
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