田舎道 ねえ君。君は『靴集め妖怪』の話を知っているかい。 うんと小さい時、親やら親戚やらにおぶってもらったことってあるだろう。そんな時、ついつい眠ってしまって、目が覚めたら、靴が片足だけ脱げてなくなっていた、ということはなかったかい。 うん、あるだろう。僕にもある。僕なんかは、ぐずり屋で、すぐにおんぶをしてもらっていたから、親の背中で眠ってしまうことなどしょっちゅうだった。靴をその間になくしてしまうのもね。でもね、それは別に、眠っていた子どもが悪いわけでも、落ちたことに気づかなかった大人の責任ってわけでもない。 靴集め妖怪の仕業さ。奴はね、靴が大好きなんだよ。色々な靴をたくさん集めるのが好きなのさ。特別子どもの靴が好きってわけではないよ。眠っている子どもの靴は、そっと持っていきやすいから盗るだけさ。 あんまりいい話じゃないけどさ。自殺者って、よく靴を脱いで飛び降りるだろう。不思議なことにね、靴集め妖怪は、あれは狙わないんだよな。持ち主がいないままきちんとそろえて置かれているのだから、いいターゲットだと思うんだけどね。奴は、人が履いている靴を、脱がして持っていくのが好きみたい。 反対に、靴を履いたまま身投げすると、これ幸いと盗っていくことが多いんだって。ほら、たまにニュースで聞くだろう。上がった死体の靴が片方脱げていて見つかっていないって。あれはね、波にのまれてなくなったんじゃなくて、靴集め妖怪が持ち去ったのさ。まったく大した奴だよ、あいつは本当に。 靴集め妖怪の面白いところは、何故か絶対に、一足セットで集めないところだよね。いつも決まって、片方の靴しか持っていかないんだ。左右どちらかは問わないみたいなんだけどね。 なんで僕がこんなにあいつについて詳しいのかって? 実はね、僕は以前、一度だけ、あいつの巣を発見したことがあるんだよ。 田舎の同窓会の帰りでさ。僕はいい気分で酔っていたんだよね。田んぼ道を歩きながら、そういえば昔、よくここを親に負ぶわれて通ったなあ、なんて思ったりしてさ。そうなると、無性に昔が懐かしく思われてね。わぁっと、うまく説明できない想いがこう、胸の内から溢れてきてさ。僕は自分でもよくわからないまま、田んぼ道を駆け出して、子どもの頃の遊び場だった、山の中まで走って行っちまったんだよね。 その内酔いがさめたのか、ふっと我にかえってね。なんだって山の中に走りこんだりしたものかな、とちょっと恥ずかしく思いながら、里の方へと戻ろうとしたんだよ。 その時、気づいたんだよね。山の木の葉と葉が覆い重なるその裏に隠れるように、ぽっかりと開いた穴があるのに。 はて、今の時代にも、狸かなにかがまだいて、こんなところに巣をつくっているのかなと、僕はそっとその穴をのぞきこんだんだよ。そしたらさ。穴の中はなかなか広くてね。あるわあるわ。ペアにならない靴の山が。そここそが、靴集め妖怪の宝物庫だったってわけさ。一体あいつは、いつから存在しているのか。そこかしこに積み上げられている靴の山の下の方には、今にも鼻緒が切れそうな下駄や、変色した草履なんも紛れていたんだよね。 僕がびっくりしてそれらを見渡していると、なんだか視線を感じてね。まあ、つまりそいつが、この穴の主の靴集め妖怪なわけなんだけどね。おかっぱ頭の小さな女の子でさ。小学生くらいかな。着物を着ていて、何かで読んだ座敷わらしっていうのによく似ていたよ。 その子が、靴の山の上に座りながら、ぽかんとした顔で、僕のことを見ていたんだよ。僕はなんだかわからないけれど、あ、ごめんなさい、って言って、慌てて穴から首をひっこめたんだよね。なんというか、ひとりで留守番をしている女の子の部屋をのぞいちゃった気分でさ。それから、転げるように山を下りて、帰っていったわけなんだよ。 でも、あれがなんだったのか気になって、僕はもう一度そこへ足を運んでみたんだ。まあ、結局あの穴は見つからなかったんだけどね。田舎の人に聞いたら、返ってきた答えが『靴集め妖怪』だったわけさ。それで、色んな本やらなんやらで調べて得た知識が、さっき君に話したことなんだよ。 だけど、どんなに調べても、どうしてもわからないことがあってね。だから、もしも君が知っているなら、教えてほしいと思って、この話をしたんだ。 あのね、僕は確かに靴集め妖怪をこの目で見たよ。だけどね、どうやっても思い出せないんだ。靴集め妖怪が、どんな靴を履いていたのかってことを。 ←ツボ 贈り物→
photo by 空に咲く花
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