近未来大江戸旅行


 西暦二〇××年、人類はついにタイムマシーンの完成に成功した。タイムマシーン産業はとんとん拍子に進み、時間旅行は歴史学者だけでなく、一般人の間でもごく自然の娯楽になった。
 そうなると、時間旅行に飽きてくる人も出てくる。これはいけないと、新しい開発を始めた業者。努力が実って新企画がスタートした。題して「自分の前世に会いに行こうツアー」。人類の科学力は、ついに自分の前世をつきとめられるほどに進歩したのだ。
 しかし、前世が歴史上の有名人ならばいいが、平凡な一般人である場合、それを見て楽しいかというと疑問が残る。そこでまずモニターとして、与太郎、清次、花緒里、茂道、チャーリーの五人が選ばれた。早速彼らは自分の前世に会いに江戸時代に飛び、夕刻に会おうと約束してそれぞれ散った。
 まず与太郎。科学の産物・前世検索マシーンによると、彼の前世はお予音という名の芸者だという。ならばとりあえず花街でも捜してみようと足を向けると、見知らぬ女に正面衝突。慌てて女を助け起こすと、そいつがなん与太郎そっくり。実はぶつかった女こそ、与太郎の前世・お予音だったのだ。
 すぐに自分の前世と気づいた与太郎だったが、前世のあまりの美しさに思わず見とれてしまう。前世の方も、与太郎を見つめて動かない。実は与太郎、今までどんな美女にも惚れたことがなかったが、それもそのはず、重度のナルシストだったのだ。自分以上に良いと思える人がいないのだから、いまだに独り身なのも仕方がない。
 それは前世も同じ様子。二人はついに理想の相手に出会ったとばかりに見つめ合い、やがて茶店に入っていき、長々と将来のことを語り合った。
 さてその頃清次はというと、商人をやっているという自分の前世を見に、お客のふりして暖簾をくぐった。すると、奥から店の主人だという清次の前世・清兵衛が現れた。
 未来からきた清次の新品・豪華な着物に目をつけ、これはいただくしかないと思った様子、その着物を買い取らせてくれと熱心に交渉に入った。
 あまりにしつこい上に、瓜二つの自分の顔を気にもとめない清兵衛にうんざりして、清次は一言、着物ばかり見ていないで、ちょっと俺の顔をよく見てみろといった。すると清兵衛、清次の顔を見て言うことには、「あまり男前じゃねぇなあ。金の足しになりゃしない」
 さて一行の紅一点、花緒里はというと、前世が看板娘をつとめる団子屋で茶をすすっていた。
 花緒里を見て周りの客は前世であるお花とそっくりだと騒ぎたてるが、お花本人はぴんとこない様子。こんなにそっくりなのにと事情を尋ねると、お花の家には鏡がなく、生まれてこの方自分の顔を見たことがないという。
 不憫に思った花緒里が懐からそっと鏡を取り出し、勘定と一緒にお花に渡し、店を去った。初めて鏡で自分の顔を見たお花は、自分の顔に惚れ惚れし、その後ずっと鏡を放そうとしなかった。
 さて茂道はどうしたかというと、前世・茂吉の住む貧乏長屋で茂吉と向かい合っていた。この茂吉、正真正銘無職のプー太郎。いつも昼間からごろごろと酒を飲んで過ごしている。
 そうと知った茂道は、自分の前世がそんなんじゃあ格好悪いと、長屋に出向き、説教を始めた。働くことの素晴らしさ、呑んだくれの情けなさ、果ては人生の意味まで語る茂道だったが、プー生活数十年という茂吉には、暖簾に腕押し、ぬかに釘。へぇ、とか、ほぅ、とか言うばかりで、一向に反省した様子がない。
 その内茂道も真面目に説教することがバカバカしくなり溜息をついた時、茂吉がひび割れた杯を差し出してきた。「小難しいことはさておき、一杯どうですかい。」所詮茂道も呑んだくれ・茂吉の来世、酒が入るととまらない。結局二人で夜を徹して酒盛りをすることに。
 最後のひとり、チャーリーはというと、自分の前世の頭をなでながら、森に身を隠していた。
 江戸時代といえば、鎖国・禁教真っ只中。どう見ても西洋人であるチャーリーが町にいけば追われることは簡単にわかることだったのに、何故こんな時代に来てしまったのか。今更ながら後悔していると、チャーリーと同じ淡い緑の瞳、日に当たると薄く金色に見える毛を持つ前世が、一言いった。「にゃー。」と。
 そんなこんなで約束の夕刻、タイムマシーンの前に集合したのは、清次と花緒里の二人だけだった。与太郎は初めての恋愛にうつつを抜かし、茂道は酔いつぶれており、チャーリーは森から出るに出られない状況なのだが、そんな事情を二人が知るわけがなく、名残惜しみながらも仕方がないと未来へと帰っていった。
 帰ってきた二人分の報告と帰ってこない三人を思い、この企画の責任者は結論を出した。「どうやらこの旅行は、楽しすぎて帰る気をなくさせてしまうようだから、失敗だな。」
 かくして波乱の大江戸旅行は幕を閉じた。



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photo by 空に咲く花