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序幕

   夜の公衆電話。ぐでんぐでんの酔っ払いが通りかかる。
   突如鳴る電話。酔っ払い、千鳥足のまま受話器を取る。


酔っ払い: はい、もしもしぃ?
電話の声: おめでとうございます!
     お客様は見事、ご当選されました!
酔っ払い: あぁ? ごとうせん? 後藤専務がどうしたってぇ?
電話の声: 違います、ご当選です。ご・と・う・せ・ん!
      お客様は、先日ご応募いただいた懸賞に、見事当たったのですよ!
酔っ払い: へぇ、そりゃめでてぇなぁ。けど俺、応募なんかしたっけかぁ?


   酔っ払い、ふらふらとして受話器を取り落とす。


酔っ払い: おっとっと……。まぁ、どうせ女房が勝手に送ったんだろぃ。
     おーい、俺、当たったってよぉ、ありがとよぉー!!


   酔っ払い、そのままふらふらと帰っていく。
   受話器ははずれたまま。


電話の声: お客様、お客様!? まいったなぁ……。
      まぁ、ご当選ってことはお伝えしたし、
      きちんと景品をお送りすれば、いいかなぁ……。


   電話、切れる。


第一幕   謎の青年現る

   やがて夜が明け、朝になる。
   公衆電話の横に、ひとりの青年。
   電話の前に、スーツを着た若い男が歩いてやってくる。


スーツ男: 気持ちのいい朝だなあ!
     や、公衆電話の受話器がはずれているぞ!
     まったく、近頃の奴らときたら、ケータイ電話ばかりで、
     公衆電話もきちんと使えないのか!


   男、受話器を元に戻す。
   それを見ていた青年、男に近寄る。


謎の青年: あのぅー。
スーツ男: ん?
謎の青年: あなたが、その電話の持ち主でしょうか?
スーツ男: はぁ? おいおい、これはみんなが使うための電話だろう?
     まったく、近頃の奴らときたら、そんなことも知らないのか!
謎の青年: すいません。
スーツ男: 素直に謝ることができるのは、よろしい。
     では、俺はこれから会社に行くから、
     青年、君も学校なり職場なり、行くべきところに行きなさい。
謎の青年: それが……。
スーツ男: なんだい、まだ何かあるのかい?
謎の青年: それが、自分の行くべき場所が、どうにもよくわからないのです。
スーツ男: はあ?
謎の青年: この辺りのはずなのですが、どうにもよくわからなくて……。
スーツ男: なんだ、道に迷っていたのか。
     俺でわかるところなら、案内しよう。どこへ行きたいんだい?
謎の青年: それが、よくわからないのです。
スーツ男: 行きたいとこがどこだか、わからないだって?
     おいおい、大人をからかっちゃあいけないぜ。
謎の青年: すいません。ですが、本当にわからないのです。
     こんなことになるとは、予測できませんでした。
スーツ男: じゃあ、質問を変えよう。
     君の家はどこ? どこから来たの? ご家族は?
謎の青年: はあ、それが、
     あの電話の持ち主に会わなければいけないということ以外は、
     あまりよくわからないものでして。
スーツ男: あの電話って?
謎の青年: あの電話です。


   青年、公衆電話を指さす。表情はいたって真面目。
   スーツの男、頭を抱える。


スーツ男: うーん、どうもこれは、俺の手に負える話ではないようだ。
     ひょっとしたらこの青年、どこかおかしいのかもしれない。
     よし、青年、とりあえず、警察に行こう。
     そうすれば、どうにかなるかもしれない。
謎の青年: 警察? それが、この電話の持ち主なのですか?
スーツ男: いや、そうじゃなくて。
     警察に行けば、君の行きたいところがわかるかもしれない。
謎の青年: そこへ行けば、この電話の持ち主がわかるのですね?
スーツ男: そういうわけじゃないんだが……いやに公衆電話にこだわるなあ。
謎の青年: はい、この電話の持ち主に会うために来たのですから。
スーツ男: 電話の持ち主に会うために?
女子高生: ちょっと、そこ、どいてどいて!


   ふたりの脇をすり抜け、女子高生が公衆電話に飛びつき、
   慌てて電話をかける。


女子高生: もしもし、お母さん!? あたしよ、あたし!
     どうしたのって、大変なのよ!
     あたし、定期もケータイも家に忘れてきちゃって。
     このままじゃ、遅刻しちゃう! 
     うん、そう、今、駅前の公衆電話。早く来て! お願いね!


   女子高生、受話器を置くと、青年と目が合う。


女子高生: ちょっと、何見てんのよ!?
謎の青年: あなたがこの電話の持ち主なのですね!?
女子高生: はあ!?
謎の青年: 良かった、ちゃんと見つかって。
女子高生: ちょっとあんた、何言ってんのよ?
     あたしがこんなダサい電話、持ってるわけないじゃない。
謎の青年: え? でも、今、その電話を使っていましたよね?
女子高生: ケータイ忘れたから、仕方なく使っただけよ!
     それとも何、あたしみたいなのは、公衆電話使っちゃいけないって言うの!?


   女子高生、すごい剣幕で青年に迫る。
   それを見ていたスーツの男、咳払いをする。

スーツ男: あー、ごほんごほん。
     お嬢さん、どうもこの青年、その……、ちょっと、あれみたいでね。
     気にしないでやってくれないかな。
謎の青年: 「ちょっとあれ」とは、どういう意味なのですか?
スーツ男: まあ、その、「ちょっとあれ」なんだよ。
女子高生: あー、もう、なんなのよ!?
     朝から忘れ物はするし、変な奴らにはからまれるし、もう最悪!
スーツ男: って君、「奴ら」なんて言い方はやめてくれないかな?
     俺も一緒にしないでくれ。
女子高生: だっておじさん、知り合いなんでしょ? その、「ちょっとあれ」な人と。
謎の青年: だからその、「ちょっとあれ」とはなんなのですか?
スーツ男: うるさいな、大体、お前が電話の持ち主がどうのこうのと、
     おかしなことを言うのが悪い。一体、お前はなんなんだよ。
謎の青年: はあ、何といわれても、ただの景品のロボットなのですが。
スーツ男: ふーん、ただの景品のロボットねえ。
女子高生: ただの景品のロボットかあ。
謎の青年: はい、ただの景品のロボットです。


   スーツの男と女子高生、納得した顔をしていたが、
   同時に動きを止め、声を合わせて叫ぶ。


スーツ男&女子高生: ろ、ロボットおぉ!?
謎の青年改めロボット:はい。
スーツ男: どうも様子がおかしい奴だと思ったら、
     そうか、自分はロボットだという妄想に、とらわれていたのか。
女子高生: ちょ、この人、やばいんじゃない?
     早く警察、連れてったほうがいいんじゃない?
スーツ男: うーん、まさか、ここまでおかしな奴だったとは……。
     よし、ロボット君、俺と一緒に警察まで行こうじゃないか。
ロボット: お誘いはありがたいのですが、そういうわけにはいかないのです。
    あなたも、そちらの方も、この電話の持ち主ではないらしいので。
スーツ男: だから、なんでロボットが公衆電話にこだわるんだよ?
ロボット: 何故といわれても。
     あの電話の持ち主が、今回の懸賞の当選者なのですから。
女子高生: 懸賞?
ロボット: はい、懸賞です。その景品として、ここに来たのです。
スーツ男: また、手の込んだ妄想をする奴だなあ。
     よし、じゃあ、俺が今からこの電話の持ち主を呼んでやるよ。
ロボット: 本当ですか? ご親切に、どうもありがとうございます。


   スーツの男、携帯電話を取り出し、電話をかけようとする。
   女子高生、スーツの男に近寄り、小声で言う。


女子高生: ちょっとおじさん、誰を呼ぶ気よ?
スーツ男: 決まっている。連れて行けないのなら、向こうから来てもらうまでだ。
     警官を呼ぶんだよ。
女子高生: あ、なーるほど!
     で、うまく話を合わせて、病院にでも連れて行ってもらうわけね。
     おじさん、頭いい!
スーツ男: いやあ……。


   スーツ男、警察に電話をかける。
   ロボットには聞こえないように、小声で。


スーツ男: すいません、駅前広場の公衆電話にいるのですが、
     ちょっと、その、変な妄想に取り付かれている青年がおりまして……、
     はい、申し訳ありませんが、警官を派遣して、
     うまく病院に連れて行ってはもらえないでしょうか?
     はい……、それがどうも、自分はロボットだと主張していて……、
     なんでも、景品としてきたから、
     公衆電話の持ち主に会わなければいけないだとか。
     はい……、ですから、ひとつ、電話の持ち主の振りをして……、
     はい、お願いします。駅前広場の公衆電話です。


   スーツの男、携帯電話を切ると、ロボットの方へ。


スーツ男: もうすぐ来てくれるよ。
ロボット: どうも、お手数をおかけします。
スーツ男: それにしても、ロボットとはね。恐れ入ったよ。
ロボット: はあ、そんなに珍しいものなのでしょうか。
スーツ男: そりゃまあ、なあ?
女子高生: あたしにふらないでよ。
スーツ男: というか、自分では珍しいとは思わないのか?
ロボット: それが、何分、造られてすぐに景品として送られてしまったので。
     世の中のことがよくわかっていないのです。
スーツ男: そうかそうか。
ロボット: ですが、景品だけあって、ちょっと貴重なロボットではあるらしいです。
     工場の人たちが言っていました。
スーツ男: そうかそうか。すばらしい妄想力だ。
女子高生: あ、きたみたいよ!


   警察官がふたりやって来る。


スーツ男: こっちですよ、どうもすみません。
警察官A: あなたですか、先ほどお電話をくれたのは。
スーツ男: はい、で、こちらが問題の……。
ロボット: あの、どちらの方が電話の持ち主なのでしょうか?
警察官B: 君がロボット君?
ロボット: はい、そうです。あの、おふたりのどちらが、持ち主なのですか?
警察官A: なるほど、確かに重症のようだ。
スーツ男: ええ、声をかけたはいいのですが、
     わたくしには、どうにも仕様がなくて……。
警察官B: お待たせして悪かったね、ロボット君、私があの電話の持ち主だよ。
ロボット: そうでしたか。このたびはご当選、おめでとうございます。
警察官B: いや、なに、ありがとう。
ロボット: ですが、一応ご本人かどうか、確かめさせていただきます。
警察官B: 確かめるって?
ロボット: さっきから、あの電話を触ったり、使ったりしていた人がいました。
     そして本当の持ち主は、どこか違うところにいたといいます。
     どうも、奇妙に思えてなりません。
     失礼ですが、あの電話の番号をおっしゃってください。
警察官B: 番号を?
ロボット: はい。
警察官B: あの電話の?
ロボット: はい。持ち主でしたら、あの電話の番号がすぐにわかるはずです。


   警察官B、困った顔で警察官Aを見る。
   警察官A、どうにもならないなと首を振る。


警察官B: あー、その、残念なことに、番号をど忘れしてしまってね。
ロボット: そうですか。
     それでは、思い出されるまで、
     あなたをご当選者と認めるわけにはいきません。
警察官B: ま、待ってくれ。
     そうだ、家族の者に聞いてみるから、少しだけ待ってくれないか。
ロボット: はい、わかりました。


  警察官B、携帯電話を取り出して、警察へ電話をかける。


警察官B: 申し訳ないが、駅前広場の公衆電話の電話番号を調べてくれないか。
     急いでくれ、頼む。わかり次第、連絡をくれ。


   警察官B、携帯電話を切って、ロボットの方へ。


警察官B: なに、すぐにわかる、もう少し持っていてくれ。
ロボット: いえ、その必要はなくなりました。
警察官B: え、なんだって?
ロボット: 電話の所持は、ひとりにつき一台しか許されていないはずです。
     それをあなたは、今使っていました。
     ということは、あの電話は、あなたのものではありえません。
スーツ男: おいおい、そんな設定まであるのかよ……。


   警察官A、B、驚いて口がきけない。


ロボット: (スーツの男へ向かって)
     せっかく呼んでいただいたのですが、どうも人違いのようでしたね。
スーツ男: あ、ああ、そのようだな……悪い。
ロボット: 仕方がないので、本当の持ち主が現れるまで、ここで待つことにします。
警察官A: それは困るよ、君。
     こんなところで君のような者に突っ立っていられたら、
     どんな混乱が生じるか、わかったもんじゃない。
ロボット: はあ、やはり貴重なロボットだけあって、騒ぎになってしまうのでしょうか。
スーツ男: まあ、ある意味、貴重っちゃ貴重だが……。
警察官B: 弱ったな、無理やり力ずくで連れて行くわけにもいかないし……。


   男三人、困りかねて顔を見合わせる。


女子高生: もう、大の男が情けないわね! 


   女子高生、男三人を押しのけて、ロボットの前へ。



女子高生: ちょっとあんた、自分はロボットだって言っていたわね!?
ロボット: はい、その通りです。
女子高生: どう見たってあんたは人間なんだけど、
     ロボットだって証拠でもあるわけ!?
警察官A: なるほど、電話の持ち主に証拠が必要なら、
     その景品のロボットにも、証拠が必要というわけか。
警察官B: そしてロボットだと示せなければ、それがこの青年に、
     自らの妄想を気づかせるきっかけになるかもしれない。
スーツ男: なかなか考えたな、お嬢ちゃん。
女子高生: でしょ、でしょ?
ロボット: 証拠……ですか。
     では、あの電話に電話をかける、ということで、いいでしょうか?
女子高生: いいわよ、できるんだったら。
ロボット: はい、では少々お待ちください。


   ロボット、しばらく目をつぶる。
   しばらくすると、公衆電話が鳴り出す。

スーツ男: おい、本当に電話が鳴り出したぞ!?
警察官B: まさか、そんな……!?
ロボット: どなたか受話器をとって、確かめてみてください。
警察官A: で、では、本官が……。


   警察官A、恐る恐る公衆電話の受話器をとる。


警察官A: も、もしもし?
ロボット: はい、聞こえますか?
警察官A: あの青年の声だ! ほ、本当だ、ちゃんとかかっている!
スーツ男: なんだって!? だって、こいつは今、何も喋っちゃいなかったぜ!?
警察官A: でも、確かにあの青年の声が、受話器から……。
ロボット: どうです、これで認めていただけましたか?
     電話も使わず、声も発せず、
     その電話であなたと会話をすることができました。
     人間にはできない、これぞロボットならではのことでしょう?
警察官B: まさか、こんなことができるだなんて……。
警察官A: ひょっとしたら、こいつは本物の……?
女子高生: ちょっとおじさんたち、簡単に騙されないでよ!
     誰かがこいつに便乗して、いたずらをしているだけかもしれないじゃない!
スーツ男: う、うーむ、そう言われてみれば……。
女子高生: ね。そうだ、あんた、ロボットだったら、
     どっかの部品取ったりとかできるんじゃないの!?
     やってみせてよ!
ロボット: え、部品ですか? それはちょっと……。
女子高生: できないのね?
ロボット: 自分では、はずせても元に戻せないもので。すみません。
スーツ男: いやいや、無理しなくていいよ。
警察官A: そうだ、一緒に部品をはずせる人のところまで行こうじゃないか。
警察官B: そうすれば、君がロボットだという証明ができるぞ。
ロボット: いえ、それは困ります。
     あの電話の持ち主以外に、ついて行くわけにはいきませんから。


   警察官ふたり、ロボットを囲んで連れて行こうとする。
   抵抗するロボット。
   突然、エプロン姿にサンダルの中年女性が、走ってくる。
   女性、勢いよく警察官ふたりを押しのける形に。


中年女性: おっ待たせー!
女子高生: お母さん!?
中年女性: ごっめーん、これでも急いできたんだけど、なんだかうまく走れなくって。
     お母さんも、もう歳かしら。
スーツ男: そりゃあ、サンダル履きだからだろ……。
女子高生: もう、今更来たって遅いんだけど! とっくに遅刻だし!
スーツ男: 俺も、今日は会社遅刻……。
     いや、この分だと、休むことになっちまいそうだな……。


   スーツの男、ちらりとロボットを見る。
   ロボット、突っ立ったまま公衆電話を凝視。
   警察官ふたりは、見えない所まで飛ばされている。


スーツ男: 仕方ない、今のうちに、会社に連絡しとこう。


   スーツの男、携帯電話を出して会社へ電話をかける。


女子高生: あたしも学校休む!
     ここまできて、あの自称ロボットを放って、学校に行く気になんかなんない!
中年女性: なぁに言ってんのよ、この子は。
     せっかくお母さんが汗水流して息切らして、
     忘れ物届けに来てやったんだから、さっさと学校行きなさい!


   中年女性、女子高生に定期と携帯電話を渡す。
   女子高生、しぶしぶ受け取る。


女子高生: あーあ、もうちょっとで、あの自称ロボットの化けの皮をはいでやれたのに。
     お母さんなんかに、電話するんじゃなかった。
中年女性: いいから、早く学校に行く!
女子高生: はぁい。


   女子高生、名残惜しそうに駅へと向かう。
   スーツの男、電話を切る。
   そこへ、中年女性が話しかける。


中年女性: あの、どうもさっきの人たちは警察官に見えたのですけど。
     あの子、何かやったのかしら? あなたに、何か失礼なことでも?
スーツ男: いや、そういうわけではありませんよ。
     ただその、ちょっとあれな人物と出くわしまして。
     大丈夫、お嬢さんは、少し巻き込まれてしまっただけですから。
中年女性: あら、そうなの?
     そういえばあの子、ロボットがどうのこうのと言っていたけれど、
     それが関係しているのかしら?
スーツ男: なんといいますか……あそこに立っている青年、
     自分はロボットだという妄想にとりつかれていまして。
     それも、何かの景品として、
     あの公衆電話の持ち主に送られたものだとかで。
中年女性: まあ、お若いのに、可哀想に……。
スーツ男: まったくです。
     病院に連れて行きたいのは山々なのですが、うまくいかない。
     あの電話の持ち主のいうことしかきかない、というのです。
中年女性: それは大変。そうだわ、わたしにいい考えがあるわ。
スーツ男: なんです、その考えというのは?
中年女性: 連れて行けないのなら、向こうから来てもらえばいいのよ。
スーツ男: 奥さん、それは……。
警察官A: それはもう、実行済みですよ。


   警察官ふたり、腰をさすりながら現れる。


警察官B: 連れて行けないからと、我々が呼ばれてここにいるのです。
     いてて……、危ないのは、あの青年だけでなく、この奥さんもだな。
スーツ男: ということです、奥さん。
     残念ながら、あとはもう実力行使で病院に連れて行くしか……。
中年女性: ほほほ、お巡りさんなんて呼んだところで、
     この件の解決には、何の役にも立ちませんわ。
警察官A: し、失礼な!
中年女性: あら、実際、どうにもなっていないじゃありませんの。
警察官B: くっ……。面目ない限りです。
スーツ男: では、あなたは誰を呼ぶつもりなのです?
中年女性: それはもちろん、専門家よ。
男性三人: 専門家?
中年女性: ええ。ちょっと待っていてくださいな。今すぐ呼んできますから。


   中年女性、颯爽とどこかへ行ってしまう。


スーツ男: サンダル履きで、あの速さ……元気な奥さんだ。
警察官A: しかし、専門家とは、一体誰を連れてくる気なんだ?


   ロボット、公衆電話の脇に突っ立ったまま、
   時折周囲を見渡したりしている。
   男三人が首を傾げていると、警察官Bの携帯電話が鳴る。


警察官B: おっと、失礼。
     はい、もしもし。え、公衆電話の番号?
     ああ、それならもう、必要なくなった。すまない。
     君の働きには感謝しているよ。
スーツ男: (警察官Aへ向かって)警察の方も、大変ですね。
警察官A: ありがとうございます。ですが今回のように、
     あなたのような一般の方のご協力を得られることもありますからね。
     ありがたいことです。


   中年女性、白衣の男性を連れ、走って戻ってくる。

中年女性: おっ待たせー!
スーツ男: いや、随分早いですよ。
警察官A: 一体、誰を連れて来たというのですか?
中年女性: じゃーん!
     紹介します、すぐそこで個人病院をやっている、お医者様でーす!
男性三人: お医者様ぁ!?
白衣の男: (息を切らしながら)どうも……。
スーツ男: そうか、その手があったか。
中年女性: さ、先生、患者さんはあちらですわよー。
白衣の男: あちらって……あの青年ですかな?
警察官A: は、はい。
警察官B: 先生、よろしくお願いします。
白衣の男: (首を傾げて)私は急患と言われて来たのだが……
     どうもあの青年は、元気そうだ。何かの間違いではないのかね?
警察官A: いえ、間違いなどではありませんよ。
警察官B: 彼は妄想にとりつかれているのです。
スーツ男: それも極度の。
中年女性: さ、先生、早く治してやって。
白衣の男: うーむ……残念ながら、
     私は精神科の医師ではないので、そういった症状は、ちょっと……。
中年女性: 治せないんですの?
白衣の男: 残念ながら……。
警察官A: そんな……。
警察官B: そう都合よく、近くに専門家がいるわけはないよな……。
四人全員: はぁー。


   白衣の男を除く四人、がっくりと方を落とす。
   白衣の男、申し訳なさそうに、往診用の鞄を握りしめる。


スーツ男: ん? でも待てよ。そうだ!
警察官A: どうかしたのですか?
警察官B: 何かいい案でも?
スーツ男: ええ、浮かびましたよ、名案が!
     このお医者様に、あの自称ロボットを診察してもらうんですよ!
白衣の男: いや、だから、それは私には……。
スーツ男: まあ、最後まで聞いてくださいよ。あなたは白衣を着ていらっしゃる。
     傍目には、医者だか研究者だか、よくわからない。
     そこで、ロボットの専門家として、あの青年に接していただくのです。
警察官A: そうか!
スーツ男: そして、ロボットの点検をする振りをして、
     中の機械に問題があるとでも言って、修理に行こうと呼びかけるのです。
警察官B: そしてそのまま病院へ連れて行くのか!
中年女性: まあ、素敵な作戦!
スーツ男: どうです、ご協力いただけませんか。
白衣の男: うーむ……。
中年女性: 先生お願い、あの青年のこれからの人生のためにも!
白衣の男: まあ、できるだけのことはやってみましょう。


   四人、はしゃぐ。
   白衣の男、ロボットへ近づく。


白衣の男: やあ、今日は、ロボット君。
ロボット: 今日は。あなたが、あの電話の持ち主なのですか?
白衣の男: 電話? いや、そういうわけではないが。


   四人、少し離れて様子をうかがっている。


スーツ男: あ、しまった。
     あいつのたくましい妄想力について、詳しく説明していなかった。
中年女性: 大丈夫かしら、先生……。


   白衣の男、予想外の反応に、戸惑って口ごもる。
   ロボット、肩を落としてうなだれる。


ロボット: そうですか。いつまでたっても持ち主は現れない、残念です。
白衣の男: まあ、そう気を落とさずに。
     その……実は私は、ロボットの専門家なのだが。
ロボット: そうなのですか? 初めてお会いする方ですよね。
白衣の男: ああ。ロボットを治す方の専門家でね。
     君の製作者に、どうも、君を作る過程で失敗があったような気がするから、
     ひとつ点検してきてくれないかと頼まれてね。
ロボット: え、本当ですか?
白衣の男: 本当だとも。だから少し、私に付き合ってはくれないかね。


   離れたところから見ていた四人、よく言った、と盛り上がる。
   ロボット、少し悩む風にしてから。


ロボット: その点検というのは、この場所ではできないことのですか?
白衣の男: え? なんだって?
ロボット: 仮に問題があったとしても、ご当選者にそのことをお伝えしない限り、
     ここを動くわけには行かないのです。
     点検ならば、ここでどうにかできないでしょうか。
     ほら、そこに道具があるじゃないですか。


   ロボット、白衣の男の持ってきた往診用の鞄を指さす。


白衣の男: いや、これは……。
ロボット: さあ、早く。お願いします。
白衣の男: うーむ……仕方がない。


   白衣の男、困りながらも鞄を開け、道具を取り出す。
   聴診器を出し、それをロボットの胸に当てる。


ロボット: 点検していただくのは初めてなのですが、
     中の機械を直接見たりするわけではないのですね。
     やはり、優れた専門家は、
     外からいじるだけでわかってしまうものなのでしょうか。
白衣の男: まあ、そんなところだ。どれどれ……ん?
ロボット: どうしました、やはり問題があったのですか。
白衣の男: どういうことだ、心臓の音がまったく聞こえないぞ!
ロボット: 面白いことを言う方ですね。
     ロボットに、心臓があるわけがないじゃないですか。
白衣の男: いや、そんな、まさか……。
     そうだ、聴診器の調子が悪いだけかもしれない。
     少し待っていてくれ。
ロボット: どこに行くのです?


   白衣の男、ロボットを無視して、四人の所へ戻ってくる。
   往診用の鞄は置いたまま。


警察官A: 先生、いかがでしたか?
中年女性: 治りそう?
白衣の男: いや、それが……。
     (スーツの男に向かって)ちょっと君、少し胸を出してはくれないかね。
スーツ男: はい?
白衣の男: いいから、早く!
スーツ男: は、はい!


   不思議そうな顔をしながらも、スーツの男、言われたとおりにする。
   白衣の男、スーツの男の胸に聴診器を当てる。


白衣の男: この聴診器がおかしいんだ、きっと、それだけなんだ。
警察官B: あの、どうかされたのですか?
白衣の男: しっ!


   白衣の男、口に指を当てて、静かにするように示す。
   しばらく、みんな黙っている。


スーツ男: (耐えかねたように)あのー。
白衣の男: おかしい……。
スーツ男: だから何が。
白衣の男: ちゃんと聞こえる! なのに何故、あの青年のときはダメだったのだ!?
警察官A: 落ち着いて下さい。どうしたというのです?
白衣の男: どうしたもこうしたも、こんなことは初めてだ!
     心臓の音が聞こえないだなんて!
四人全員: ええー!?
白衣の男: 聴診器が壊れているのかもと思ってみたが、
     今試した結果、そんなことはなかった。
     つまり、あの青年の心臓は動いていないのだ!
スーツ男: 待ってくださいよ、そんなこと、ありえるんですか?
中年女性: 心臓が動いていないってことは、し、死んでるってことじゃないの?
     きゃー!


   中年女性、悲鳴をあげて倒れる。
   警察官B、慌ててそれを支える。


警察官B: 奥さん、落ち着いて。
白衣の男: いや、あの青年の場合、動いていないのではなく、
     元から心臓がないのかもしれない。
警察官A: というと?
白衣の男: 正真正銘、本物のロボットだということだ。
スーツ男: そんなまさか!
白衣の男: 私だって、信じたくなどない。
     こんな非科学的な、いや、ある意味、超科学的なものの存在など。
警察官A: 何かの間違いではないのですか?
警察官B: (気絶した中年女性を支えながら)
     そうですよ、とにかく、もう一度、あの青年をよく見てきてくださいよ。
白衣の男: うーむ……。
スーツ男: 先生、俺もついていきますから。


   白衣の男、スーツの男に押されるようにして、ロボットの元へ。
   警察官ふたり、気を失った中年女性の介抱を始める。
   介抱をしながらも、ロボットらの方をうかがう。


ロボット: あの、何か問題でもあったのでしょうか。
白衣の男: いや、なんでもない。気にしないでくれ。
ロボット: そうですか、それは良かったです。
     では、ここでご当選者の方を待っていても、良いというわけですよね。
白衣の男: いや、そういうわけでは……。
スーツ男: (慌てて)
     そうそう、先生、他の部分の点検もしといた方がいいんじゃないでしょうか!?
ロボット: 他の部分?
白衣の男: おお、そうだそうだ、そうしよう。


   白衣の男、往診用の鞄から、ライトを取り出す。


白衣の男: ちょっと失礼。


   白衣の男、ロボットの目に手を開け、大きく開けさせる。
   ライトをあて、覗き込む。
   ロボット、大人しく、されるがまま。


白衣の男: ん? んん?
スーツ男: (覗き込みながら)どうしました、先生?
白衣の男: これは、なんということだ……!
     眼球に、文字……いや、数字が書いてある!
ロボット: 何を驚いていられるのです? ロボットなのですから、
     製造番号と製造年月日が刻まれているのは、当たり前じゃないですか。
スーツ男: なんて書いてあるのですか?
白衣の男: 8……54……96……いや、0か。
ロボット: それが製造番号です。
白衣の男: 次に……2、7……37、07……07?
ロボット: それが製造年月日です。
スーツ男: ほう、ということは、2737年7月7日に造られた、ということか。
ロボット: そういうことです。
スーツ男: 2737年……い、今から数百年以上先の話じゃねえか!
ロボット: え? そうなのですか?
白衣の男: つまり、君は未来から来たロボット、というわけなのか?
ロボット: そういうことになる……のでしょうか。
     ですがあなたは、製作者に頼まれて点検に来たと、
     さっきおっしゃいましたよね?
     ご存知だったのではないのですか?
白衣の男: いや、それは……どうも、勘違いだったようだ。忘れてくれ。
ロボット: はあ。
スーツ男: そんなことより、大変っすよ!
     まさか本当に、こいつがロボットだっただなんて!
     しかも、未来から来た!
白衣の男: 信じられん……が、信じないことには、他に説明のしようがない。
スーツ男: ということは、最初に俺があの電話の持ち主だと言っていたら……
     こいつは今頃、俺のものだったってことか!? 惜しいことをした……。
白衣の男: 何を馬鹿なことを言っているのです。


   警察官ふたり、そろそろと近寄ってくる。
   中年女性は気を失ったまま、横に寝かされている。


警察官A: 我々は離れていた方が良いのでしょうが、
     どうにも気になって仕方がありません。
警察官B: 先ほどあなた方は、何かにとても驚いていたようでしたが、
     一体、どうしたというのですか。
スーツ男: どうしたもこうしたも、こいつの言っていたことは、すべて本当、
     本物のロボットだったんですよ!
白衣の男: しかも未来から来たという……。
警察官A: なんということだ、このふたりまで、おかしくなってしまったのか?
警察官B: 我々がついていながら……なんということだ。
白衣の男: いっそその通りならば良いのでしょうが、
     とにかく、これは私たちの手に負える話ではありません。
スーツ男: 未来から来たロボット……こんな変なことが起こるだなんて!


   全体、暗くなる。


第二幕   誰がロボットの所有者か


   端の方だけ明かりがついて、場面転換。ニューススタジオ。
   ニュース原稿を読むアナウンサー。


女子アナ: 今日は。お昼のニュースをお伝えします。
     今日午前、駅前広場に、ロボットが出現しました。
     調査によると、このロボットは未来から来たもののようですが、
     詳しいことはまだわかっていません。
     ただいま、現場と中継がつながっています。現場の映像を、お願いします。


   全体、暗くなる。
   スタジオ部分以外明るくなり、場面転換。
   公衆電話前。隣にはロボット。
   大学教授に、色々な機械を当てられている。
   横で、助手がちょこまかと動いている。
   あまり役には立っていない様子。
   それを囲むように、スーツの男、白衣の男、マイクを持った男がいる。
   その周りには、立ち入り禁止のテープが張られている。


マイク男: はい、私はただいま、ロボットが現れたという現場に来ています。
     皆さん、ご覧になっているでしょうか。
     あの、公衆電話の横に立っている青年、一見普通の青年なのですが、
     なんと、未来から来たロボットだというのです。
     こちらに第一発見者の方がいますので、お話をうかがってみましょう。
     一体、どのようにして、ロボットを発見なさったのですか?
スーツ男: (マイクを向けられて、カメラを意識しながら)
     僕はただ、公衆電話に近寄っただけだったのですがね、
     それを見たロボットの方から話しかけてきまして。
マイク男: その時、どのように思われましたか?
スーツ男: いやまさか、ロボットだなんて、夢にも思いませんでしたからね。
     ただ、変な奴だなあ、くらいにしか感じませんでしたよ。
マイク男: ロボットと判明しての感想は、いかがですか?
スーツ男: むしろ納得でしたね。
     どう考えても、普通の人間とは思えませんでしたから。
     最初は青年の頭を疑いましたが、本物のロボットであるのならば、
     逆に安心のようにも思えます。
マイク男: ありがとうございました。


   マイクの男、一礼して、正面に向き直る。
   スーツの男、一歩下がって、
   ロボットと大学教授の様子を眺める。


マイク男: 次に、青年がロボットだという事実に最初に気づいた方に、
     お話をうかがってみましょう。
     どのようにして、青年がロボットだとお気づきになったのですか?
白衣の男: (マイクを向けられて、しどろもどろに)
     いや、私は、その、しがない町医者なのですが、
     急患がいると言われて飛んできたら、
     自分はロボットだと言い張る青年がいまして、
     はい、てっきり妄想だと思いまして、
     これは私の専門ではないと思ったのですが、はい、
     是非診察してみてくれと言われまして、診察してみましたところ、
     その、心臓の音がまったく聞こえなかったもので、はい、これはおかしいなと。
マイク男: では、それでロボットだと断定を?
白衣の男: (しきりにハンカチで汗を拭きながら)
     はい、いえ、そんな軽率なことは。
     次に目を見ましたところ、その、眼球に、妙なものがございまして、はい、
     それが数字の列でして、その、なんといいましたか、そう、ロボット自身が、
     それは製造番号と、はい、製造年月日であると申しまして、はい。
マイク男: そこではじめて、青年が未来から来たロボットであると
     お気づきになったのですね?
白衣の男: はあ、まあ、そのような次第で。
マイク男: ありがとうございました。


   マイク男、一礼して正面に向き直る。
   白衣の男、一歩下がって、スーツの男と並んで、
   ロボットと大学教授の様子に見入る。


マイク男: ただいま、ロボット工学の権威が、あの青年を色々と調べている模様です。
     お話をうかがってみましょう。
     いかがですか、ロボットは?
大学教授: (マイクを向けられて、目はロボットを見たまま)信じられん……
     まったく人間と同じ外見をしているというのに、
     体を構成している金属は未知のものだ!
     到底、現代の技術ではこんなものは造れん!
     なんて素晴らしいロボットなんだ!
ロボット: はあ。貴重なロボットらしいので。
マイク男: しかし、何故その貴重なロボットが、
     あなたから見れば、過去の世界にやって来たのですか?
ロボット: (マイクを向けられて)懸賞の景品だからです。
マイク男: はい?
ロボット: あの電話の持ち主の元に、懸賞の景品として来たからです。
マイク男: えっと、その電話というのは、もしかしなくてもあの電話でしょうか。


   マイク男、公衆電話を指さす。


ロボット: はい、あの電話です。
マイク男: つまり、あの電話の持ち主が、すなわちあなたの持ち主である、と?
ロボット: はい、そういうことです。
マイク男: み、皆様、お聞きになりましたでしょうか!?
     なんと、この公衆電話の持ち主が、
     このロボットの所有権を持っているのだそうです!
     わたくしは、てっきり、
     これは未来の世界からの贈り物かと思っておりましたが、
     そうではありませんでした!
大学教授: なんということだ、こんなにも素晴らしいものを、
     ただ公衆電話の持ち主だというだけで、
     自分のものにしてしまえるというのか!?
ロボット: はあ。それがご当選ということなので。
マイク男: (ヘッドマイクを押さえて)
     ん?今、スタジオの方に、視聴者の方からお電話があったようです。
     一度、スタジオの方にお返しします。
大学教授: あああ、科学という貴重なお宝が、
     どこの誰ともわからない者に持っていかれるだなんて……。


   全体、暗くなる。
   端の方だけ明かりがついて、場面転換。ニューススタジオ。


女子アナ: はい、ただいま、視聴者の方から、重大なお電話がありました。
     視聴者の方といっても、ただの視聴者ではございません。
     なんと、あの公衆電話の持ち主を名乗る人物からのお電話です。
社長の声: (電話越しの声だけ流れて)もしもし。
女子アナ: お電話ありがとうございます。
     あの公衆電話の持ち主だと仰っておられましたが。
社長の声: はい。
     私は、あの公衆電話を所有している、ACB社の社長です。
女子アナ: え、ACB社の社長!?
社長の声: はい。おたくの番組を見ていて、ロボットの所有権が私にあるようなので、
     こうしてお電話させていただきました。
女子アナ: そ、それはわざわざありがとうございます。
     お電話いただいたということは、社長さんは、
     あのロボットをお引取りになるおつもりでしょうか?
社長の声: はい。そのつもりです。すぐにでも取りに行きたいくらいですよ。
女子アナ: 確かに、国内の公衆電話を取り扱っているACB社の社長ならば、
     ロボット自身が言っているご当選者にあてはまるでしょう。
     いかがでしょうか、ロボットさん?


   全体、暗くなる。
   スタジオ部分以外明るくなり、場面転換。
   公衆電話前。隣にはロボットとマイク男。
   大学教授、機会をいじりながら不満そうな顔。
   助手、その周りをうろうろとしている。
   

マイク男: いかがでしょうか、ロボットさん?
     早速、この電話の持ち主からアプローチがありましたが。
ロボット: 嬉しいです。ずっとここで待っていましたので。
     早くここに来ていただきたいです。
マイク男: ロボット、認めたようです! ……ん?


   公衆電話が鳴る。
   マイクの男、しばらく迷ってから受話器を取る。


マイク男: も、もしもし?
社長の声: (電話越しの声だけ流れて)やあ、私だ。
マイク男: え、ACB社の社長!?
社長の声: ああ、そうです。そこのロボット君が私を認めてくれたことが嬉しくて、
     一刻も早く話をしてみたくて、電話してしまったよ。
マイク男: そ、それはそれは……!
社長の声: ロボット君に代わってはもらえないかな?
マイク男: あ、はい!


   マイク男、ロボットを手招きする。
   ロボット、受話器を渡される。
   マイク男、ロボットのすぐ横に立ち、
   受話器にマイクを向けている。
   大学教授も、側に立って聞き耳を立てる。
   助手はその周りをうろうろしている。


社長の声: 初めまして、ロボット君。私がこの電話の持ち主の、ACB社の社長です。
ロボット: はあ。
社長の声:もうすぐ使いの者が君を迎えにあがるので、
     もうしばらく、そこで待っていてもらえるかな。
ロボット: はあ。あの、質問があるのですが。
社長の声: 何かな?
ロボット: あなたは、今、何を使ってここに電話をかけているのでしょうか?
社長の声: 何を使ってとは、面白いことを聞くロボット君だな。
     もちろん、電話を使ってだよ。携帯電話をね。
ロボット: それは、あなたの電話なのでしょうか?
社長の声: ああ、そうだよ。ちゃんと自分の電話を使っている。
     会社の電話なんて、使っていないさ。
ロボット: では、あなたも、ご当選者ではないのですね。


   マイク男、声をたてないで驚きの表情をする。


社長の声: (しばらく間をあけて)……なんだって?
ロボット: あなたも、この電話の持ち主ではない、つまりご当選者ではないのですね。
社長の声: どうしてそういうことになるのかな?
     私がこの電話の持ち主だと、さっき言ったはずだが?
ロボット: しかし、あなたが今使っている電話が、あなたの電話なのですよね?
社長の声: ああ、そうだよ。
ロボット: では、やはりこの電話は、あなたのものではないはずです。
     電話はひとりにつき一台、そう決められているはずですから。


   マイク男と、白衣の男、顔を見合わせる。


ロボット: では、残念ですが、これで失礼します。


   ロボット、受話器を戻そうとする。


社長の声: ま、待て待て。それはあくまで、君がいた未来での話だろう。
     この時代では、電話は、ひとりが何台所有してもいいことになっているんだ。
ロボット: そうなのですか?

   ロボット、顔を隣のマイクの男に向ける。


マイク男: え、俺? あー、そうですね、確かに……。
大学教授: (マイク男をつきとばして)惑わされちゃいかん!
     その男どもは、ロボット欲しさに嘘をついているのだ!
ロボット: そうなのですか?
大学教授: ああ、そうだとも!
     電話はひとりに一台、それ以下でも、以上でもいかんのだ!
ロボット: (受話器に向かって)
     どうも、こちらの人は、電話はひとり一台だと言っているのですが。
社長の声: なんだと!? 騙されるな!
     そいつこそ、ロボット君を狙う大嘘つきだ! 恥知らずめ!
大学教授: (ロボットから受話器を奪い取って)
     誰が恥知らずだ! 私は、ロボット工学の権威だ!
     この私こそ、未来のロボットの所有者にふさわしいのだ!
社長の声: だからどうした!
     ロボット本人が、電話の所有者こそ自分の所有者だと言っているのだ!
     大人しくそれに従え!
大学教授: 大体、おかしいと思え
     どうして未来のロボットが、懸賞とやらで過去に来る?
     これは、神様が我々に与えてくださったものなのだ!
     これは、現代の人類で共有すべき財産なのだ!
     それを、一個人が所有しようなどとは、おこがましいにも程がある!
社長の声: 神様を持ち出すなど、ロボット工学の権威が聞いて呆れる。
     私には金もあり、人脈もある。
     あなたなどより、よほどロボットを役立てることができるだろう。
大学教授: なんだと! 
社長の声: 君とは、いくら話しても無駄だろう。
     私の目的は、あくまでロボットだ。これで失礼するよ。


   電話、切れる。


大学教授: おい、もしもし、もしもしぃ!?


   突き飛ばされて倒れていたマイク男、起き上がる。


マイク男: (痛みに顔をゆがめながら)
     えー、現場の方、騒々しくなってきましたので、
     ひとまずスタジオにお返ししようと思います。


   全体、暗くなる。
   端の方だけ明かりがついて、場面転換。ニューススタジオ。
   アナウンサーの隣に、眼鏡をかけた男が座っている。


女子アナ: 現場からの報告、ありがとうございました。
     視聴者の皆様からご意見が届いておりますので、いくつかご紹介いたします。
     (紙を見ながら)40歳、主婦の方から。
     ロボットは、未来へと羽ばたくための国の宝。
     他の国に知られないうちに、国家の研究機関で調べて、量産するべき。
     一個人が持っていていいものではないと思います。
     17歳、学生。未来には未来の、ロボットにはロボットのルールがあるのだから、
     言うとおりにさせてやったほうがいい。
     電話の持ち主を明確にして、ロボットに教えてやるべき。
     8歳、小学生。未来から来たロボットなんてすごい。
     会ってみたいし、一緒に遊んでみたい。
     僕の他にもそう思っている人はたくさんいるはずだから、
     ロボットがみんなのものになってほしい。
     色々な人に会えたほうが、ロボットも喜ぶと思う。
     50歳、自営業。貴重なロボットを、電話の持ち主云々で決めるのはおかしい。
     社会にロボットを役立てることができる人物が所有すべき。
     スタジオには、ロボット工学の専門家の方を、お招きしています。
     お話をうかがってみましょう。
     先生、そもそも何故、未来からロボットがやってきたのでしょうか。
眼鏡の男: ロボットの言っていることから推測するに、
     未来では、電話番号がそのまま懸賞の応募番号になるようですね。
     そして、当選番号の持ち主のところに、景品が送られてくる。
     しかし今回は、どこかで未来の電話番号と過去の電話番号とが混ざり、
     誤って、過去の世界に景品がやってきてしまったのでしょう。
女子アナ: 先生の仰られるように、ロボットの出現が間違いによるものだとしたら、
     未来の人が間違いに気づいて、
     ロボットを回収しにきたりはしないのでしょうか?
眼鏡の男: 可能性としては、十分にあり得ます。
     ですが、このようなチャンスを逃す手はありません。
     ロボットを取り戻しに来られる前に、
     ロボットの持ち主を、決めておかねばならないでしょう。
     そして、もしも未来人が来た時には、
     この件はもうこちらで解決済みだと示さねばなりません。
女子アナ: その持ち主ですが、先生としては、いかがお考えでしょうか?
眼鏡の男: わたくしとしては、
     まずロボットの納得する持ち主を決めた後、その持ち主の合意の上で、
     国がロボットを所有するのが良いと思っております。
     ロボットが誰を所有者と認めるかはわかりませんが、
     やはり専門の者が調査をしないと、宝の持ち腐れになるでしょうからね。
女子アナ: ロボットの納得する持ち主とは、どのように決めればよいのでしょうか。
     先ほどの、ACB社の社長では、駄目なのでしょうか?
眼鏡の男: 我々の常識から行けば、もちろん彼がそれにあてはまります。
     しかし、未来のロボットには、未来の常識があるでしょう。
     郷に入れば郷に従え、などという、乱暴なことを言ってはいけませんよ。
     きっと見つかるはずです、彼も我々も納得の行く人物が。
女子アナ: では次に、専門の者というと、どのような?
眼鏡の男: そうですね、ロボット工学に精通していて、
     国家や国民の信頼も厚い、有名かつ有能な人物、といったところでしょうな。
女子アナ: なるほど。
     つまり、先ほど直にロボットを調べていた大学教授、とかでしょうか?
眼鏡の男: そうですね、彼も候補となり得るでしょうが、
     ロボット欲しさに嘘をつくようではいけませんよ。
     もっと適任がいるかと思えますが。
女子アナ: 彼では、信頼性に欠ける、と? では、どのような人物が?
眼鏡の男: まあ、例えば、ニュースのご意見番に呼ばれるくらいではないと、
     いけませんよね。番組をご覧になっている方に、
     わかりやすく説明できる能力も必要なわけですし。
女子アナ: というと、先生のような方、ということでしょうか?
眼鏡の男: 私? ああ、そうですね、私などもそれに当てはまるでしょうな。
     いや、別に、私が相応しいと思って、言っているわけではないのですよ。
女子アナ: ええ、先生も含まれる、というだけですよね。
眼鏡の男: 含まれる、というのが正確な言い方かは、難しいところですね。
     このような重要な問題ですからね、曖昧にしてはいけないでしょう。
女子アナ: そうですよね、人選を誤っては大変ですからね。
眼鏡の男: 古今東西、あらゆるロボット技術を眼にしてきた者、
     それが良いでしょうね。
     私なども、数多くの技術に触れてきたわけですが。
     いや、別に、私が相応しいと思って、言っているわけではないのですよ。
女子アナ: 知識だけでなく、実体験が重要なわけですね。
眼鏡の男: その通りです。
     私なども、数多の賞に加え、現場での苦労を味わっていますからね。
     いや、別に、私が相応しいと思って、言っているわけではないのですよ。
女子アナ: それでは、お時間も迫ってきましたので、
     先生、最後に一言、お願いします。
眼鏡の男: 突如現れたロボット、これは、私たちのこれからの生活を、
     さらに豊かなものへと変えてくれるでしょう。
     それを、ひとりの人間が、独り占めしていいわけがありません。
     今を生きる人間すべてに、役立てていきましょう。
     そのためにも、素材を生かせる人間を、ロボット研究の任にあてましょう。
     いや、別に、私が相応しいと思って、言っているわけではないのですよ。
女子アナ: 先生、ありがとうございました。それでは、本日はこの辺で。
     また明日、お会いしましょう。(礼)
眼鏡の男: いや、別に、私が相応しいと思って、言っているわけではないのですよ。
     本当に。


   全体、暗くなる。


第三幕   何がロボットにできるのか


   場面転換。公衆電話前。
   ロボットと、スーツの男が立っている。
   周りには、立ち入り禁止のテープ。


スーツ男: それにしても、まさかこの俺が、
     テレビに映る日が来るとは、思わなかったぜ。
ロボット: すいません、テレビ、というのはなんでしょうか?
スーツ男: え!? お前、テレビを知らないのかよ!?
ロボット: すいません。何分、造られて、間もないもので。
スーツ男: そうかあ、ロボットにも、知らないことがあるんだよなあ。
ロボット: すいません。
スーツ男: テレビっていうのはな、なんというか……、
     改めて説明しようとすると、難しいな。
     なんというか、遠くにいる人に、映像を見せることができる機械……
     ってところかな。
     さっき俺たちを撮っていたカメラがあっただろ、あの映像が、
     いろんな人たちに見られたんだよ、テレビを通じて。
ロボット: そうなのですか。
     では、それを見た中に、ご当選者の方がいれば、
     ここに来てくれるかもしれませんね。
スーツ男: うん、そうだな。
     (小声で、独り言のように)
     ……実際は、もう連絡があったようなものだけどな。
     あの社長、可哀想に。
女子高生: きゃー、いたいた!


   騒ぎながら、女子高生、走って現れる。
   立ち入り禁止のテープを乗り越えて、ロボットの腕を掴む。


スーツ男: お前は、今朝の女子高生!
女子高生: もうびっくりよぉ!
     あの後学校行ったら、テレビのニュースに、
     そこのお兄さんが出てるんだもん!
     まさか本当にロボットだったなんて!
スーツ男: 最近の高校には、テレビがあるのか……?
     俺はそっちにもびっくりだよ。
女子高生: おっさんは黙ってて!
     (ロボットに向かって)今朝はごめんねぇ、あんたを疑うようなことばかり言って。
     でもさ、よく考えてみたらさ、あんたの目の前で、
     最初にこの電話を使ったのって、あたしよね?
ロボット: そうでしたね。
女子高生: じゃあさ、あたしがあんたの持ち主ってことで、いいと思わない?
スーツ男: 何を言い出すんだよ!?
女子高生: だって、ロボットよ? 未来から来たロボットよ?
     誰だって、欲しいに決まってるじゃない! ね、あたしじゃダメ?
スーツ男: それでいったら、俺なんか、
     こいつの目の前で、最初にあの電話に触ったんだぞ。
女子高生: (スーツの男を睨んで)「触った」と「使った」じゃ、大違いよ!
ロボット: 残念ですが、おふたりとも、一度きちんと、
     持ち主じゃないと否定されたので、もう無理ですよ。
女子高生: ええー!? そんなぁ……。
     せっかく、学校サボって、ここまで急いできたのに。
スーツ男: 世の中、そんなに甘くないの。
女子高生: なによぉ、ちょっとあたしより歳食ってるからって、
     わかったような口、きかないでよ!
スーツ男: はいはい。
     テレビを知らないロボットに、世の中なめてる小娘、
     変な知り合いが増えた一日だな。
女子高生: え、このロボット、テレビを知らないの!?
スーツ男: らしいぜ。
ロボット: はい、さっき教えていただいたところです。
女子高生: うっそ、信じらんない!
スーツ男: 少なくとも、公衆電話も知らないだろうし、
     ロボットだから何でも知っている、っていう考えは捨てた方がいいのかもな。
女子高生: じゃあさ、あんた、何なら知ってるの?
     どんなことならできるのよ?
ロボット: どんなことと言われても、できることは、たった一つです。
女子高生: えぇー!? たったひとつぅ!? つまんなーい。
スーツ男: まじかよ。
     だとしたら、これからこいつを調べようって連中、
     さぞかしがっかりするだろうぜ。
ロボット: そうでしょうか。
     そのたったひとつの機能のために、大勢の人がご応募くださった、
     と聞いていますが。
スーツ男: とすると、よっぽどすごいことができるのか……?
女子高生: なになに、気になるじゃないの、教えなさいよ!
ロボット: 別に構いませんが。
女子高生: 本当!? 教えて、教えて!


   マイク男、三人の元に、歩いてやってくる。


マイク男: 先ほどは、取材協力、どうもありがとうございました。
     あの大学教授には、なんとかお帰りいただきましたよ。あー、疲れた。
女子高生: (マイク男を指さして)あ、あんた、さっきのニュースやってた人!
マイク男: (スーツ男に向かって)
     お知り合いですか? 困りますよ、勝手に部外者を入れちゃあ。
スーツ男: 知り合いというか、なんというか……。
女子高生: ちょっと、あたしは部外者じゃないわよ!
     なんとね、このロボットの目の前で、最初にあの電話を使ったんだからね!
     関係者よ! 重要人物なのよ!
マイク男: そうなのですか?
     でしたら、取材させてくださいよ。
     まず、初めてロボットに会った時の感想は?
女子高生: え? これって、もうカメラ回ってるの?
     ヤバイ! 化粧直さなきゃ! ちょっと待ってて!


   女子高生、走って行ってしまう。


マイク男: いや、まだ回ってませんけど。
     とりあえず、お話だけでも……と思ったんですけど、行っちゃいましたね。
スーツ男: 自意識過剰なお嬢さんだ。
マイク男: まあ、いいか。それより、ロボット、ロボット。
スーツ男: そのロボットですけど、面白いことがわかりましたよ。
マイク男: なんですか?
     大学教授ですら、未知のロボットってことしかわからなかったのに、
     素人のあなたが、何を?
スーツ男: それが、本人が言っていたんですけどね、
     こいつ、ひとつのことしかできないらしいんですよ。
マイク男: 一度にひとつのことしかできないって、ことですか?
     いくらロボットとはいえ、そんなの、普通じゃないですか。
スーツ男: いや、そうじゃなくて。
     ロボットとしてできることは、たったひとつらしいんですよ。
マイク男: たったひとつぅ?
     ……あんまりすごいロボットじゃないってことなのかな。
スーツ男: でも、そのたったひとつの機能のために、たくさんの人が応募したって。
     なあ?(ロボットを見る)
ロボット: はい、そう聞いています。貴重なロボットだとも。
マイク男: (スーツ男に向かって)じゃ、その貴重な機能って、なんなんですか?
     もったいぶらずに、教えて下さいよ。
スーツ男: それはまだ……。
     ロボットに教えてもらおうと思ったら、ちょうどあなたが来たんですよ。
マイク男: なら、ロボット本人に聞けばいいってわけですね。
     ロボットさん、教えて下さいよ。あなた一体、何ができるんですか?
ロボット: はあ。「自殺」というものです。
スーツ男: (間をあけて)……なんだって?
マイク男: 今、なんと……?
ロボット: 「自殺」と言いました。
     正確には、ご当選者が自殺なさるのを、お助けする機能、です。
スーツ男&マイク男: なんだってぇー!?


   全体、暗くなる。
   公衆電話と、その横に立つロボットにだけ、光が当たる。


ロボット: 苦しみのない、安らかな死を、あなたに。
     入水自殺、首吊り自殺、飛び降り自殺、睡眠薬自殺。
     その他、どれでもあなたの望む方法で、あなたを死へとお導きいたします。
     死後の遺体の処理、ご遺族へのお手当て、身辺整理、
     アフターケアもしっかりいたします。
     ご応募いただいた中から、たったひとつの電話番号を持つ、あなただけに、
     素晴らしき死をお送りいたします。


   全体、暗くなる。
   スーツ男にだけ、光が当たる。


スーツ男: ロボットの機能は、瞬く間に、人々の知るところとなってしまった。
     自殺を手助けするロボット。
     未来では、なんてものが貴重品扱いをされているのだ。
     ロボットを手に入れることにばかり夢中になっていた人々は、
     ロボットのいた未来について、様々な世界を思い描いた。
     それは、希望であったり、どうしようもない、絶望であったりした。


   全体、暗くなる。
   端の方だけ明かりがついて、大学教授が立っている。


大学教授: 未来は、平和に満ち溢れた世界に、違いありません。
     あんなにも精巧なロボットを造れるほど、科学技術が進んでいるのです。
     そんな世界が、幸福じゃなくて、なんだというのでしょう。
     そんな世界では、死は、いつか来る恐怖ではなく、
     平和過ぎて退屈な世界から抜け出す、一種の娯楽なのでしょう。
     だからあのような妙な機能を持ったロボットが造られたに、違いありません。
     皆さん、恐れることはありません。
     このままいけば、我々はきっと、
     そんな、平和で幸福な世界に、たどり着けるはずです。


   全体、暗くなる。
   端の方だけ明かりがついて、眼鏡の男が立っている。


眼鏡の男: 未来に、希望など、あるのでしょうか。
     死ぬことを望む世界に、希望など、あるのでしょうか。
     多くの人が死を望むなど、まともな世界のはずがありません。
     貧困、病、犯罪に怯える暮らしをしているに、違いありません。
     しかも、懸賞に当たった人が自殺できるなど、自分の力では、
     自由に死ぬことすらも、ままならない世界なのかもしれません。
     皆さん、我々は、今、着実に、
     そんな未来に向かっているのではないでしょうか。
     目をそらしてはいけません。
     今からでも、遅くないはずです。
     頑張って、未来を変えていきましょう。


   全体、暗くなる。

社長の声: もしも自分が、あのロボットの所有者になっていたら?
     ぞっとするね。
     持ち主と認められた途端、さて、どのように死にたいですか?
     どんなやり方でも、やり遂げてみせますよ、などと言われてご覧なさい。
     ああ、恐ろしい。なんで死ななきゃいけないんだ。
     未来に住んでいる奴らは、みんな、人間じゃなくて、
     死ぬことのできないロボットばかりなんじゃないかな。


   全体、暗くなる。
   端の方だけ明かりがついて、白衣の男が立っている。


白衣の男: 未来がどんなだかは、私には、まったくわからない。
     ただ、数百年先の未来を憂える気持ちがあるのなら、
     まずは、今ここにある危機を、考えるべきではないのだろうか。
     今、目の前にある問題に背を向けて、未来を楽観したり、悲観したりする。
     それが私には、歯がゆくてならない。
     今この瞬間にも、退屈に飲まれそうな人がいる。
     今この瞬間にも、貧乏に苦しみ、病に倒れ、犯罪に脅かされている人がいる。
     それを忘れて、未来のことだけに気をとられるのは、
     間違っているのではないか。


   全体、暗くなる。
   端の方だけ明かりがついて、警察官がふたり立っている。


警察官A: 未来に絶望し、さっさと死んでしまおう、という人が増えています。
     落ち着いて下さい、ロボットが来たのは、数百年先の未来です。
     急がないでください。
     未来に絶望しても、今に絶望しないで下さい。
警察官B: 未来に希望を描き、今に生まれたことを、嘆いている人が増えています。
     落ち着いて下さい、ロボットが来た未来は、今の積み重ねでできるものです。
     焦らないでください。
     ゆっくり、希望の未来に向かっていきましょう。


   全体、暗くなる。
   端の方だけ明かりがついて、女子高生と
   その母親の中年女性が立っている。


中年女性: 自殺を助けるロボット。
     人間を、死へと導くロボット。
     それはつまり、殺人ロボット……きゃー!(気絶して、その場に倒れる)
女子高生: (倒れた母親を支えながら)
     そんな人殺しロボットを、放置しておいていいのか!?
     いや、いいわけがない! ロボットを壊せ!


   大学教授、眼鏡の男、携帯電話、白衣の男、
   警察官A、警察官Bにも光が当たる。


全員揃って: ロボットを壊せ!


   全体、暗くなる。
   やがて薄明るくなって、夕方になる。
   公衆電話とその横にうずくまるロボット。
   周囲には、立ち入り禁止のテープ。


スーツ男: (端の方の暗いところから歩いてきて、立ち入り禁止のテープをまたいで)
     よぉ、誰か、持ち主候補はやって来たかい?
ロボット: はい、何人も。
     ですが皆さん、本当のご当選者ではないようなので、お断りしました。
スーツ男: (ロボットの横に座りながら)
     何人も、か。嫌な世の中だな。
     おい、未来はどんなところなのか、お前、知ってんのか?
ロボット: 知りません。造られてすぐ、ここに来たので。
スーツ男: そうか。俺は死にたいと思ったことはないから、
     そんな奴らがたくさんいる世界が、全然想像できないんだよなぁ。
ロボット: よくわからないのですが、死ぬとは、どういうことなのですか?
スーツ男: また難しい質問をする奴だなぁ。
     俺は死んだことないから、よくわからんよ。
ロボット: そうですか。じゃあ、その反対は?
スーツ男: 反対って、死ぬ、の反対か?
ロボット: そうです。その反対です。
スーツ男: 反対って、生きる、か? いや、生まれる? どっちだろうな……。
     どちらにしろ、そう簡単に説明できるもんじゃないよなあ。
     強いて言うなら、今ここにいるってことか?
ロボット: 難しいですね。よくわかりません。
スーツ男: うん、難しい。それこそ、あの大学教授に話してもらうべきだな。
ロボット: ご当選者ではない、と言った方々は、
     皆さん、ここからいなくなってしまいました。
     今、ここにいない。つまり、それが死ぬ、ということなのですか?
スーツ男: いや、そういうわけじゃないが。
ロボット: 「今ここにいること」。
     それが死ぬことの反対ならば、死ぬことは、
     今ここにいないこと、なのではないのですか?
スーツ男: 今ここにいるっていうのは、そういった意味じゃなくて……
     もういい、この話はよそう。
     俺の頭の悪さがどんどんばれていくだけだ。


   しばらく、どちらも無言のまま。


ロボット: あのぅー。
スーツ男: なんだ? また質問か? 疑問の多い奴だな。
ロボット: すいません。
スーツ男: まあ、いいさ。で、なんだ?
ロボット: さっきも言った通り、ご当選者ではなかった方々は、
     ここからいなくなってしまいました。
     なのに、一番最初に、電話の持ち主であることを否定したあなたは、
     今だにここにいる。何故なのですか?
スーツ男: 何故って……何故だろう。
ロボット: わからないのですか?
スーツ男: うーん……最初にお前を発見したのが俺だからなあ。
     親心みたいなもん、なのかなあ?
ロボット: 親というのは、子どもを生んだ人間のことですよね。
     あなたは、自分が生んだわけではないものに、親心を持つのですか?
スーツ男: だから、みたいなものだって。
ロボット: 複雑なのですね。
スーツ男: そう、複雑なの! わかってんじゃねえか。
     世の中は複雑なんだ。
     何故? と聞かれて、簡単な答えが返ってくるもんじゃねえんだよ。
ロボット: じゃあ、きっと、未来がどんなところか知っていたとしても、
     一言で答えることなど、できなかったのでしょうね。
スーツ男: そうかもな……。
     人によっては、つらい世界でも希望を持っていたり、
     何不自由ないはずなのに、満たされないものを感じていたり。
     そんなもんだよな。よっと。(スーツ男、立ち上がる)
ロボット: 行ってしまうのですか?
スーツ男: もう夜だし、いい加減で帰らないと、うちの奥さんが怒っちまうからな。
ロボット: 奥さんがいたのですか。
スーツ男: 一緒に暮らしてる人間のことで精一杯だってのに、
     未来の人間のことなんて、俺には手に負えないんだろうなあ。
ロボット: そんなことはありませんよ。
     未来のロボットに、あなたは、色々なことを教えてくれました。
スーツ男: お前、知らないことばかりのくせに、お世辞の言い方は知ってるんだな。
ロボット: お世辞? それはなんですか?
スーツ男: いや、もういい、よそう。
     じゃあ、俺は帰るよ。またな、ロボット。
ロボット: はい……さようなら。
スーツ男: おいおい、またな、って言われたら、またな、って返すべきなんだよ。
     「さようなら」なんて、もう二度と会えないみたいじゃねえか。
     心配しなくても、俺は明日も来てやるからさ。
     まあ、報道陣が通してくれたら、だけどな。
ロボット: はい……さようなら。
スーツ男: お前……俺の話、聞いてた?
ロボット: はい。聞いたことは、全部、残さず覚えています。
スーツ男: ならいいさ、じゃあ、また明日な。
ロボット: はい、また明日。


   スーツ男、立ち入り禁止のテープを乗り越え、帰っていく。


ロボット: (スーツ男の姿が見えなくなってから)……さようなら。


   しばらく、公衆電話の横にロボットがひとりで座ったまま。
   段々、暗くなっていき、夜になる。
   やがて、端の方から、ふらふらと酔っ払いがやってくる。


酔っ払い: 今日ーも元気だ、お酒がうめぇ♪ っとぉ……、
     (立ち入り禁止のテープにひっかかりかけ)
     なんでぃ? この黄色いテープはぁ?
      (ロボットに気づき)おい、坊主、そんなところで何やってやがんだ?
ロボット: こんばんは。人を待っているのです。
酔っ払い: 人ぉ? 男なら、待つより待たせるほうにならにゃあ駄目だぜ?
ロボット: そうなのですか?
酔っ払い: それになんだ? このテープはよぉ? 
ロボット: よくわからないのですが、たくさんの人が来て、
     そのテープを張っていきました。
     誰も入るな、ということらしいです。
酔っ払い: 入るなって、おめぇ、入ってんじゃねえかよぉ。
ロボット: 最初から中にいたもので。
酔っ払い: なぁるほど、ならばおめぇさんは間違っちゃいねぇわけだ。
ロボット: それはどうでしょうか。
     ひょっとしたら、ここにいることは、間違いなのかもしれません。
酔っ払い: つってもよぉ、最初から中にいたってぇことは、
     入っていねぇんだから、いいんだろぃ?
ロボット: ですが、ここが本当に、いるべき場所なのでしょうか。
酔っ払い: ああん?
ロボット: ずっと、考えていたのです。
     いつまで待っても、持ち主は現れない。
     大勢の人が騒ぎ立てる。関係のない人がたくさん訪れる。
     来る場所を、間違えたのかもしれません。
酔っ払い: 待ち合わせをすっぽかされてるってぇことかぁ?
     かー、可哀想によぉ。
ロボット: 何人もの人が、死にたい、死なせてくれ、とやってきました。
     何人もの人が、死にたくない、殺さないでくれ、と言っていました。
     なんなのでしょう。
     死とは、一体なんなのでしょう。
酔っ払い: なにぃ? 待ち合わせをすっぽかされたから、死にたいってぇ?
     早まっちゃいけねぇよ、坊主。
ロボット: 早まるとは、どういうことですか?
酔っ払い: どういうってぇ、おめぇさん、死にてぇんだろぃ?
     かー、近頃のわけぇ奴らは、すぐ死ぬ死ぬって騒いでいけねぇや。
ロボット: 死ぬことは、いけないことなのですか?
酔っ払い: ったりめぇよぉ。
     てめぇの母ちゃんが、どんだけ腹ぁ痛めて、てめぇを生んだと思っていやがる。
     てめぇの父ちゃんが、どんだけ汗水流して働いて、
     てめぇを育てたと思っていやがる。
     それをそんな簡単に、死ぬの死にたいのと喚いてんじゃねぇやぁ。
     っと、ととと。


   酔っ払い、勢いよく喋りすぎて、よろける。


酔っ払い: いっけねぇ、今夜はちいとばかし、飲みすぎちまった。
ロボット: すると、他人のために、死んではいけない、ということのなでしょうか。
酔っ払い: 他人あっての自分だろうがよぉ。
     他人様がいなきゃあよぉ、酒だっておいしく飲めやしねぇだろうがよぉ。
     俺ぁ酒を造れねぇんだからよぉ。他人様に造ってもらわねぇといけねぇのよ。
     酒はいいぞぉ、おい。
ロボット: 他人のために、死んではいけない。
     では、その他人が死にたいといったら、死なせてあげるべきなのでしょうか。
酔っ払い: ああん?
     そりゃおめぇ、その他人だって、別の他人様あっての他人だろうがよぉ?
     そう易々と死なせちゃぁいけねぇや。
ロボット: では、結局、死ぬことはいけないことだということなのですか?
酔っ払い: おうよぉ。
     だってよぉ、生きてりゃ、そりゃあ嫌なこともたくさんあるがよぉ。
     俺だって、何べん、悔し涙を流したか、わかりゃしねぇ。
     だけどよぉ。
ロボット: だけど?
酔っ払い: 生きてりゃ、酒がうめぇんだぜ!
     だっはっはっはっは。
ロボット: 他人と酒のために生きろ、ということなのでしょうか?
酔っ払い: 酒がありゃあ、喉が潤う。他人がいりゃあ、心が潤う。
     死んじまったら、酒が飲めねぇ。死んじまったら、他人が泣く。
     ただ、それだけのことよぉ。
ロボット: 死んだら、他人が泣くのですか?
酔っ払い: 世の中にはよぉ、縁もゆかりもない奴が死んだって、
     バカみてぇに泣く奴らがいやがるんだ。
     それが、自分のダチだったらよぉ、おめぇ、これが泣かずにいられるかよぉ?
ロボット: 「ダチ」とは、なんなのですか?
     初めて聞いた言葉ですが。
酔っ払い: なんだよ、おめぇさん、ダチも知らねぇのかよ。
     ダチったら、あれだよ、お友達ってぇこった。
ロボット: 「お友達」? それは、誰にでもいるものなのですか?
酔っ払い: ダチがいなきゃあ、人生つまんねえぜぇ?
     おめぇ、まさか、いねぇのかよ?
ロボット: わかりません。そういった人にあった、という記録はありません。
酔っ払い: おいおい、いけねぇよぉ、坊主よぉ。
     まずはダチをつくらなきゃぁよぉ。
ロボット: 「ダチ」というのは、つくるものなのですか?
酔っ払い: つくるっつうか、いつの間にかなってるってぇのが、大体だけどなぁ。
     俺ぁよぉ、ひとつだけ自慢できることがあってよぉ、
     まぁ、女房に言わせりゃ、こんなの自慢でも何でもねぇんだけどよぉ、
     ダチだけぁ裏切らねぇ。ダチだけは、ぜってぇ大切にする。
     おい、坊主、おめぇも早いとこダチをつくれやぁ。
ロボット: 難しそうですが、頑張ってみます。
酔っ払い: さっきも言ったがよぉ、ダチっつうのは、いつの間にかなっちまってるもんだ。
     ひょっとしたら、おめぇさんが思っていねぇだけで、
     もう、ひとりふたりはいるのかもしれねぇぜぇ?
     おめぇさんを心配してくれる、ダチがよぉ。
     さっき、誰だかを待っているってい言ってたじゃねぇか、そいつはちげぇのか?
ロボット: 違います……が、心配するのが「ダチ」なのなら、
     ひょっとしたら、あの人が、その「ダチ」なのかもしれません。
酔っ払い: お? 心当たりありってかぁ?
ロボット: 死んだら、その「ダチ」が泣くのですよね?
酔っ払い: おうよ。泣かねぇ奴は、ダチじゃねぇ。
ロボット: では、死なないために、別の誰かを死なせなければいけないときは、
     どうしたらいいのでしょうか?
酔っ払い: ああん? また難しいことを聞きやがるなぁ。
     坊主、おめぇひょっとして、どこだかの偉い学者さんかなんかかぁ?
ロボット: いいえ、違います。
酔っ払い: かー、ちげえのにこれかよ。
     おめぇ、ぜぇってぇ将来、よほどの者になるぜぇ。
ロボット: で、どうなのですか? どうしたらいいのですか?
酔っ払い: 知らねぇよ、まぁ、俺ぁ、どんな事情があれ、
     ダチが他人を死なせるなんて、嫌だけどなぁ。
     誰かを死なせたことを悔やんで生きていくダチっつうのを見たくねぇしよぉ。
     うおっととと(酔っ払い、よろける)。
     つってもよぉ、なかにゃあ、どんな事情があっても、
     ダチには生きていて欲しいってぇ奴もいるだろうがよぉ。
ロボット: そうですか。わかりました。ありがとうございます。
酔っ払い: そんな小難しいこと考えるよりよぉ、まずはダチをつくれ、な。
     (テープ越しにロボットの肩を叩き、そのままよろける)
     っといけねぇ、今夜の酒は、ずい分ふけぇ。
     おい坊主、わりぃが、俺ぁもう帰るぜ。
     いい加減、母ちゃんも心配しているだろうしよぉ。
ロボット: はい。大事な他人様がいるのですね。
酔っ払い: おうよぉ。ダチもそうだが、女房も大事にしてるぜ、俺ぁよお。


   酔っ払い、ふらふらとしながら、ロボットから離れていく。
   やがて暗い方へと消えていき、見えなくなる。
   ロボット、酔っ払いが見えなくなるまで見送り、
   その後、座ったままぼんやりとする。
   突然、酔っ払いが走って戻ってくる。


酔っ払い: (走って戻ってきて)
     おい、坊主、ひとつ言い忘れたとこがあった!
ロボット: なんですか?
酔っ払い: あんだけ話し合ったんだ、坊主と俺とは、もう立派なダチでぃ!
     じゃあ、また会おうぜぃ!
ロボット: はい……また。
酔っ払い: じゃあな!
     だっはっは……。


   酔っ払い、笑いながら、また暗い方へと去っていく。


ロボット: (酔っ払いが完全に見えなくなってから、立ち上がって)
     もしもあなたの元に、懸賞のロボットが届いた時、
     あなたに、もう死ぬ気がなくなっていたとしたら。
     ご安心ください、そんな時の対処法が、ふたつあります。
     ひとつは、懸賞元に電話をして、ロボットの返品手続きをとること。
     そうすれば、別のラッキーな人に、ロボットという幸運が転がり込みます。
     しかしもし、あなたが、他の人間に、この幸運を渡したくなかったとしたら。
     もうひとつの道があります。
     それは、ロボットを返さず、あなたの手元において置くこと。
     ロボットに何の命令もせず、送られてきたまま、放っておくこと。
     邪魔になど、なりません。
     ロボットが来てから24時間、何の命令も下さなければ、
     やがてそのロボットは、プログラム通り、自分を壊しにかかるのですから。
     塵ひとつ、残さずに。


   全体、暗くなる。
   物を壊す、金属音だけが響き渡る。


終幕


   やがて夜が開け、朝になる。
   立ち入り禁止の黄色いテープの周りには、大学教授、助手、
   眼鏡の男、白衣の男、警察官A、警察官B、女子高生、
   中年女性、マイクの男がいて、中をのぞきこんでいる。
   それぞれの手には、シャベルやハンマーなどがある。
   そこへ、スーツの男が通りかかる。


スーツ男: 今日も気持ちのいい朝……とは、いかないようだな。
     おいおい、またあのロボット、何かやらかしたのかよ? 
     (大学教授らに向かって)
     ちょっとみなさん、朝からお集まりで、どうしたのですか?
大学教授: どうしたもこうしたも。
     例の殺人ロボット、あれを壊すことに決定したのですよ。
スーツ男: は? なんですって?
女子高生: だってあんな危なっかしいの、放っておくわけに、いかないじゃない!
中年女性: もしだれかに間違いでもあったら、大変ですもの。
警察官A: それで、危険物は、早めに処理をすることに決まったのです。
警察官B: ニュースを、ご覧になっていないのですか?
スーツ男: はあ、お恥ずかしながら……って、ロボットを壊すだって!?
眼鏡の男: もちろんですとも。
     世の中の騒ぎも、これで丸く治まることでしょう。
     ただ……。
マイク男: 困ったことに、肝心のそのロボットが、見当たらないんですよ。


   全員、テープの周りを離れる。
   テープの中には、公衆電話だけがあり、誰もいない。


女子高生: ロボットの奴、あたしたちがあいつを壊しに来るのがわかって、
     逃げたんだわ!憎たらしい!
中年女性: だれかが誤って、拾っていなければいいのだけれど。
警察官A: そんな、奥さん、犬や猫ではないのですから。
白衣の男: ロボットを狙う人間が、
     うまいこと持ち主として連れて行ったのでなければいいのですが。
警察官B: とにかく、全力をもって捜査にあたるので、ご安心下さい。
大学教授: もうやってられん、ロボットがおらんのなら、私は帰る!


   大学教授、端の方へと、去っていく。
   助手、慌ててそれを追いかける。


眼鏡の男: おやおや、短気なお人だ。
     ですが、私も忙しい身なので、これで。


   眼鏡の男、一礼して、端の方へと去っていく。


マイク男: せっかく、ロボットの壊れる瞬間を、独占取材できると思ったのですが。
     残念だなぁ。引き上げるかぁ。


   マイク男、名残惜しそうに振り返りながら、端の方へと去っていく。


警察官A: では、捜査があるので、本官たちもこれで。
警察官B: 失礼します。


   警察官A、警察官B、端の方へと早足で去っていく。


中年女性: わたしもお買い物にいかなくちゃ。
     ほら、あんたも学校行ってきなさい!
女子高生: はぁーい。もう、ロボットの奴!


   中年女性、女子高生、それぞれ違う端の方へと去っていく。


白衣の男: 私も、そろそろ診療時間なので、失礼しますよ。


   白衣の男、端の方へとゆっくりと去っていく。

   スーツ男だけが残される。


スーツ男: (公衆電話を見ながら)
     おいおい、どうなってやがんだよ、これは。
     昨日、また明日、って、言ってたじゃねぇか。
     おい、でてこいよ、ロボットぉ!


   全体、暗くなる。
   公衆電話だけに明かりが当たる。
   公衆電話の周りには、黄色い、立ち入り禁止のテープ。
   酔っ払いがふらふらとやってきて、前を横切っていく。


酔っ払い: 今日ーも元気だ、お酒がうめぇ♪
     あんたの造った酒だから、おいらぁとっても幸せだぁ……♪


   ――幕



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photo by 塵抹