トースト


 道端にトーストが落ちていた。たっぷりとバターの塗られた面を下に、逆さまに落ちている。
 そこへ、一人の少年が通りかかった。
「うわあ、もったいない。あれ、まだ一口しか食べてないぜ。誰がやったか知らないけれど、あんなんうちのババアが見たら、食べ物を粗末にするなってカンカンだぜ」
 そして少年は通り過ぎていった。


 道端にトーストが落ちていた。たっぷりとバターの塗られた面を下に、逆さまに落ちている。
 そこへ、一人の少女が通りかかった。
「あら、トーストが落ちているわ。もしかして、寝坊した女の子がトーストをくわえて走っていて、向こうからやって来た転校生の男の子とぶつかって恋に落ちて、そのままここに置き忘れて……。なんて昔の少女漫画みたいな展開があったりしたのかしら? まさかね。そんなこと現実にあるわけないわよね。ああでも、どこかに素敵な出会いってないのかしら?」
 そして少女は通り過ぎていった。


 道端にトーストが落ちていた。たっぷりとバターの塗られた面を下に、逆さまに落ちている。
 そこへ、一人の青年が通りかかった。
「何故このトーストは引っくり返って落ちているのか。いや、このトーストに限らない。トーストというものは、大抵が逆さまに落ちてしまうものだ。何故だ。表面にバターという重たいものを塗っているせいで、そちらが下になって着地してしまうのだろうか。いやしかし、トーストに限らず、こうならないで欲しいと思う悪い方向に物事はいきやすいように思う。そう例えば、普段ラーメンなどまったく食べない俺が、今日に限ってどうしてもラーメンを食べたくなり、そして今日に限ってどこのラーメン屋も定休日で閉まっているというような。そうだ、こんなトーストになどかまっていられない。一刻も早く開いているラーメン屋を見つけなければ」
 そして青年は通り過ぎていった。


 道端にトーストが落ちていた。たっぷりとバターの塗られた面を下に、逆さまに落ちている。
 そこへ、一人の酔っ払いが通りかかった。
「おおっと危ねえ。妙なもんを踏むところだった……って、なんだあこいつは、トーストか? 引っくり返ってこんなところでお寝んねたあ、いいご身分だな、トーストさんよお。こちとら、一日せっせと仕事して、夜も夜とて接待酒だってえのによお。財布だってよお、トーストの一枚分もムダにできねえ状態だってのに、こんな一口ばかしかじっただけでぽい捨てできる奴がいるなんて、世の中不公平じゃねえかよお」
 そして酔っ払いはトーストを軽く蹴ると、通り過ぎていった。


 道端にトーストが落ちていた。たっぷりとバターの塗られた面を下に、逆さまに落ちている。
 そこへ、一匹の犬が通りかかった。
「…………」
 犬はしばらくトーストを見つめていた。そして。
「うぉん」
 一声吠えると、トーストにかぶりつき、すっかり食べてしまった。口の周りを舌でなめぬぐいながら、犬は歩き去っていった。
 道端には、たっぷりと塗られたバターの跡だけが残っていた。



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photo by 空に咲く花