睡眠時間請負人


『あなたの睡眠時間請負います』
 こんな広告がいたるところで見られるようになってから、随分と経つ。
 どんな人間も眠らないわけにはいかない。一日二日程度の徹夜は不可能ではないが、それは著しく人間の体力集中力を奪う。研究に没頭したい、勉強時間が足らない、長時間かけて芸術作品を完成させたい、つきっきりで介護をしたい、時間を忘れて遊び呆けたい。人によって理由は様々であったが、多くの人が、なんとか自分が好きに使える時間を得ようとした。特殊な機械によって、睡眠時間の一部を他人に有料で買い取ってもらえるこのシステムは、今や欠かすことのできないものになっていた。金で時間が買える時代になったのだ。
 需要が高ければ、当然供給も高くなくてはいけない。システムの利用者が増えるにつれ、そこで働く人間も多く必要になった。この職業は、睡眠時間請負人といわれ、なかなかの給料をもらっていた。睡眠時間請負人になる資格はただ一つ。健康であること。つまり、ほとんどの人が、望めばこの職に就くことができるのだ。ただし、それは同時に、起きて活動できる時間がほんの数時間しかないことを意味していた。故に、あまり人気のない職業であるといえた。
 しかし、ケイはそうは思っていなかった。寝ているだけで金が入るのだ。これ以上に素晴らしい職業はない。仕事から解放されたわずかな時間は、稼いだ金で遊び放題というのも魅力的だった。ケイに限らず、彼らのほとんどがそう考えていた。みな、これといった特技も目標も持たず、あくせく働くことを嫌い、遊んで暮らせることが夢という者たちであった。
 そんな彼らだけが知っている秘密があった。請け負った睡眠時間中に見る夢は、その契約者によって違うのだ。自分の好きなこと、やりたいことに買った時間を使っている人と契約すれば、とても楽しく幸せな夢を見られた。逆に、やりたくもない義務的なものに時間を費やしている人と契約すると、苦しく不快感の残る夢しか見ることができないのだ。
 何故そうなるのか。そのメカニズムはわからない。しかし、このことが世間一般に知れれば、プライバシーの侵害だのと騒がれる恐れがある。睡眠時間請負人達は、暗黙の了解でこのことを秘密にしていた。話すのは仲間内だけで、今日の契約者はアタリがハズレか、それだけである。
 ある時ケイは、若い顔色の悪い男の睡眠時間を請け負うことになった。睡眠時間請負人は、自分がどの人の睡眠時間を請け負っているのか知ることができるのだ。ケイは、男を一目見て、これはハズレだなと思った。いい夢を見させてくれるのは、大抵が、若く健康的で、明るい人物なのだ。
 しかし、ケイの予想こそハズレであった。その男に代わって眠っている間、ケイは今までにないくらい幸せな夢を見た。それは、これまでのケイの人生で起こったどんな喜ばしいことよりも素晴らしく、充実した時間であった。ケイは毎日のように、その男の代わりに眠り、毎日のように幸せな夢を見た。
 どうしてこうも素晴らしい夢を見ることができるのか。あの男は、自分が睡眠時間を肩代わりしている間、一体何をしているのか。ある時ケイは、思い切って本人に聞いてみた。
 男は、ある研究をしていると答えた。その内容までは明かさなかったが、男は、この研究は自分の長年の夢であり、また、完成すれば、社会全体に貢献できるだろうと、青白い顔で瞳だけ輝かせていた。あれほどに素晴らしい夢を見られるのだから、その研究は、本当に価値のあるものなのだろうとケイは思った。
 一年ほどが経った。その男は契約を終えると、ケイに挨拶に来た。ついに研究が完成したのだ。男は、余程興奮しているのだろう。珍しく頬を紅潮させて、ケイに言った。
「これはまだ秘密なんだけど、君には大変お世話になったから、教えちゃうね。この薬を一粒飲めば、二十時間はすっきり目覚めていられるんだ。値段もそう高くないし、多くの人が気軽に利用できる。何より、誰かが代わりに時間を犠牲にする必要がなくなるんだ。ケイ君、これからはもう、君たちはこんな辛い職業に就くことはないんだよ。この薬があれば、本当にやりたいことに取り組めて、君たちだって、自分の夢を実現できるんだ……」



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