タイムマシーンに乗って


 あるときある場所に、二台のタイムマシーンが降り立った。
「やや。俺以外にも、タイムマシーンで旅をしている者がいるとはな。君はどの時代から来たんだい?」
「俺の他にもタイムマシーン乗りがいるなんて、驚きだな。俺はこの時代のはるか未来からやって来たんだが、君は?」
「俺はその逆。ずっとずっと過去の世界からさ。俺のタイムマシーンはポンコツでね。未来にしか行くことができないのさ」
「そこも逆だな。俺のは過去にしか進めないタイムマシーンさ。ポンコツだろ?」
 二人は笑い合うと、自分たちがいた元の時代について語り始めた。
「俺が生まれた時代は本当にひどくてさ。溢れる人口、溢れるゴミ! 水も空気も人の心も汚れて、増える犯罪! だけど、一部の良心的で知的な人たちのおかげで、少しずつそれが改善されていっていてね。この調子でいけば、未来はきっと住みよい世界になっている。そう確信した俺は、タイムマシーンを作って、一足先にその素晴らしい世界に移住しようと思ったわけさ」
「面白い冗談だな。俺の生まれた時代は、乏しい人口、乏しい資源。水も空気も人の心もすさんで、絶えない犯罪。人々の心にあるのは、かつては豊かな物資があって、みんなが楽しく仲良く賑やかに暮らしていたっていう過去の栄光だけ。きっといつかまたそんな時代がやってくる、そう言って何もせずに日々をやり過ごしてる連中ばかりさ。しかし俺は、いつ来るかわからない不確かな未来を待つより、実在する素晴らしき過去の世界に移り住もうと、タイムマシーンを作ったわけさ」
「なるほどな。いきすぎた未来には、そんな悩みがあるわけか。で、見つかったのかい、その栄光の時代は」
「それが、もう何年何十年何百年と時代をさかのぼったが、まだ見つからないんだ。いつの時代も、何かしらのいがみ合いや争い、何事かへの恐れがあって、人々の心は休まっていない。一体、俺たちの間で語り継がれてきた栄光の時代とは、いつなのだろう」
「奇遇だな。実は俺も、まだ俺の理想郷にめぐりあえていないんだ。長いこと未来への時間旅行を続けているが、あと一歩で世界平和が実現というところで別の問題が浮上する、ということを人類は繰り返していてね。なかなか満足する時代に出会えないんだよな」
「そうか。難しいものだな」
 二人は口を閉じると、空を見上げた。空は青いといえば青いが、うす汚れているといえばうす汚れているといえた。少し離れたところで、子どもたちが遊んでいる声が聞こえる。
「しかし妙だな。君がこれまで進んできた時間と、俺がこれまで遡ってきた時間。そのどこにも、俺たちが移住をするに足る時代がなかったとは」
「うん、俺も今それを考えていた。君の話を聞く限り、はるかな未来はあまり良い世界ではないらしいから、俺と君の生まれた時代、その間のどこかに黄金時代が存在するはずなんだがな」
「君は何年刻みくらいで時間を移動しているんだい? ちなみに俺は五年ごとに過去へ向かっているんだが」
「俺は三年ずつ未来に進んでいっている。それくらいならば、画期的な変化を見逃すこともないはずだからな」
「俺は五年でそれを見極められると思っていたが、君は俺より慎重だな。しかし、いずれにせよ、時間という大きな流れの中で、三年や五年といったわずかな時間の隙間に、完璧な時代が存在などしているのだろうか」
 どこかで、子どもの帰宅をうながすチャイムが響いた。よく見ると、空の西の端が、ほんのり赤らんでいる。
「おい君、ずい分疲れた顔をしているぜ。俺の友人の作る栄養ドリンクってのがなかなか効くんだがな。このままずうっと過去に行けば、そいつに作ってもらえると思うぜ。なんなら、紹介文を書いておこうか」
「君こそ、顔色が悪いな。俺の友人はマッサージが得意でね。このままずうっと未来に行って奴に頼めば、疲れなど吹っ飛ぶぜ。俺が一筆書いておけば、すぐにやってくれるだろうよ」
「そんないい友達がいるのなら、君がお願いするべきだろう。良かったら、俺のタイムマシーンを貸すから、未来に戻ったらどうだ」
「それなら君には、俺のタイムマシーンを貸そう。過去に戻って、その栄養ドリンクとやらを存分に飲んで元気を出せ」
「ああ、そうさせてもらうとするかな」
 二人は、それぞれが乗って来たのとは逆のタイムマシーンに乗り込むと、各々の時代へと帰っていった。



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photo by M+J