誠意


 ある時地球の上空に、巨大な円盤が現れた。なにやら不思議な言語で放送をしている。テレビで緊急特番が組まれ、専門家や政治家が議論を始めた。
「どうやら宇宙人の通信らしいが、何を言っているのかさっぱり翻訳できません。ですが、声の調子からして、あまり敵意は感じられません。あ、今、円盤から何か落ちてきました」
 それは灰色の玉だった。サッカーボールほどの大きさの玉は、地面に着くと人の背丈まで弾んだ。玉はいくつもいくつも落とされた。
「なんでしょう。親善の贈り物にしてはあまり価値のあるものには見えませんし……」
 玉は、人が拾い上げると、いとも簡単にはじけて割れた。どうやらこの玉、人の手指の油に反応して割れるようだ。各地に落とされた玉は多くの一般人の手に拾われ、それらは次々はじけていった。そして、玉を割った人たちは倒れていった。
「あの玉の中には、神経性のガスが入っているようです。命に別条はないようですが、危険ですので、絶対に手を触れないで下さい。また、万が一割ってしまった人がいたら、すぐに病院に運び、玉の割れた付近には誰も近寄らないようにして下さい」
 テレビで呼びかけたが遅かった。すでにいくつもの玉がガスをまき散らし、世間は大混乱に陥っていた。やがて玉が落ちてこなくなると、今度は四角い箱が落とされ始めた。
「今度はなんだ? あ、落下途中でふたが開き、何か出てきたぞ」
 箱から飛び出してきたのは、無数の小さな生物だった。蝙蝠のように見えるが、それよりも口が大きく爪が尖り、日光の下でも縦横無尽に飛び回っていた。その生物たちは、人をみつけると、とびかかって噛みつき爪を立てた。重傷を負わすほどの殺傷力はないようだが、襲われた人は悲鳴をあげた。先のガスも、この生物には効かないようだ。
「テレビをご覧の皆様、絶対に外出をしないでください。戸締りをしっかりとし、鼠一匹の侵入も許さないようにして下さい」
 人々は家の中に閉じこもり、どの町からも人が消えた。すると円盤は、今度は音楽を流し始めた。その音は大きく、地下室に避難している人の耳にも届いた。その音楽を聞いた人は、誰もが頭を抱え込んだ。
「えー、この音楽には、頭痛を引き起こす信号が使用されているようです。大至急耳栓をしてヘルメットなどで頭部を覆い、少しでもこの音楽を耳に入れないようにして下さい」
 我慢の限界だった。鳴りやまない音楽の中、人々は立ち上がった。地球上のありとあらゆる装備を整え、円盤の群れに立ち向かった。戦争中だった国々も、手に手をとって、共通の敵へと銃を向けた。効くはずがないとわかっているのか、円盤は避けもせず、当たった攻撃は円盤を振動させるだけで、銀色の表面をそぎ落とすことすらできなかった。それどころか、攻撃すればするほど音楽は大きくなり、地球側の体力は衰えていった。核兵器の使用も議論されたが、それでも勝てる可能性は低いだろうという結論に終わった。地球側への核エネルギーのダメージを考えれば、到底使用に踏み切ることなどできなかった。
 もう疲れた。地球側は抵抗を諦め、宇宙人の侵略を受け入れることにした。円盤からも見えるよう巨大な白旗を振り、静かな音楽を流し、ありとあらゆる言語で謝罪の言葉を述べた。いつ宇宙人たちが降りてきてもいいように、豪華な食事も用意した。おいしそうな香が地上を漂った。何人もの美女が手配され、贈り物にと珍獣の用意をした国もあった。
 しかし、円盤が地上に降り立つことはなかった。頭痛を引き起こす音楽が止まったかと思うと、現れた時よりも早い速度であっという間に地球から遠ざかってしまった。蝙蝠のような生物たちも、円盤に吸い込まれ、いなくなっている。
「我々の誠意が通じたのでしょうか。危機は去りました。奇跡的に一人の犠牲も出すことなく、我々は勝ったのです!」


「なんだったんだ、あの地球という星は。芳しい香水にじゃれつく可愛いペット、心を癒す音楽まで流してやったというのに、あの態度は」
「最初は地球側も、花火をあげて宇宙船を歓迎してくれていたみたいなんですけどね。みんなわーきゃー騒いでくれてましたし。それがいつの間にか、不快を表す白旗に、鼻がもげるような悪臭。呪いのような変な言葉も聞こえましたし、頭に響くあの音楽。きわめつけは、変な生物達の陳列ですね。あれでもって我々を攻撃する気だったんでしょう。私達、一体いつの間に、地球人を怒らせてしまったんでしょうね。いやあ、逃げられて良かった」



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photo by 少年残像