才能計 滑らかに触れた針は、『音楽』と書かれたマスで止まった。 「ママぁ、ぼく、音楽の才能があるんだって。じゃあぼく、お歌を歌う人になる!」 「ふふ。坊や、決めるのはまだ早いわ。次の部屋で、坊やの才能はお歌なのか楽器なのか、楽器ならどの楽器がいいのか、よく計ってもらいましょう」 過去、大きな才能を持っているにも関わらず、それを発揮する職につけず、埋もれてしまった者たちが多かった。そのような悲劇を引き起こさないために開発されたのが『才能計』だった。体重計のような外見をしたこの計器に乗ると、針は体重ではなく才能の書かれたマスを指し、その人の隠れた能力を示すのだ。現代では七歳になると、政府指導の元、第一の才能計で音楽・文学・工学など、いくつかにその才能を分類され、その後第二の才能計を使って、分野別にさらに詳しく測定されることになっている。例えば、音楽の才能があるとされた子供には、なんの楽器の才能があるのか。それとも歌い手としての才能なのか。あるいは作詞や作曲、評論家としての才能か。才能計の結果が出ると、政府の援助のもと、子供たちは各々の才能にあった分野の学習を重点的に始め、誰もがその道で成功し、そしてそれが結果的に国の発展に貢献することになるのだ。 しかしある時、才能計に乗っても、まったく針の触れない子どもがいた。最初は計器の故障かと思われたが、そういうわけではなかった。こんなことは初めてだった。困った政府は、とりあえず彼を音楽の分野で学習させることにした。彼は、他の才能あふれる子どもたちが、与えられた課題を淡々とこなす中、必死で課題に取り組み、誰もいないところでも猛勉強をした。結果、彼はその分野で中々の成績を残した。 これを良く思わないのが他の子どもとその保護者達。才能計が彼に音楽の才能を指し示さなかったことは、誰もが知っていた。彼は能なしのくせに生意気だぞ、と他の子どもたちからいじめを受けるようになった。それを知った政府は、彼を科学コースへと移した。ここでも彼は、一生懸命勉学に励んだ。そしてまた悪くない成績を修めた。そしてまたいじめられた。政府はまた彼を別の分野へと異動させた。 そんなことが何度も繰り返され、その度に、彼はくじけることなく、与えられた分野でどうすれば課題をこなせるか、どうすればもっとよくなるか知恵を絞った。どこでも彼は真面目で勤勉だったし、才能の上にあぐらをかいて怠けている一部の生徒より優秀だったが、何度才能計に乗っても針はどこも刺さなかった。動かぬ針から、彼はいつしかゼロと呼ばれるようになった。 年頃になったゼロは、その就職先として、才能計の研究所を与えられた。これは、研究員というより、研究される側としての就職だった。ゼロが子どもの頃から、研究者たちは調査を続け、彼にはこれまでにない分野の才能があるのではないかと考えていた。実際、ゼロの出現以降、才能計には多くの分野名が追加された。しかし、そのどれもゼロには当てはまらなかった。やがて、ゼロは能なしではなく、逆になんでもできる天才ではないかと考えた者があった。しかしその答えも才能計の測定結果とは合わなかった。 数年が経ち、ほとんどの人がゼロの研究を諦めかけていた。実際、ゼロ以外には才能計は有効に働くのだ。ただ一人のために、いつまでも国の研究費を使うわけにはいかなかった。その内、ゼロの研究はゼロ自身しかしなくなっていた。それでもゼロは研究を続けた。 そのゼロが、ある日古い資料を読んでいると、雷に打たれたような顔をし、大急ぎで才能計に改良を加えた。できあがった才能計には、ひとつの項目が追加されていた。そして、ゼロがその計器に乗ると、初めて針が振れ、その項目で止まった。誰もが驚いたが、そこに書かれている言葉の意味を知る者はいなかった。ひとりが、ゼロにその言葉の意味を尋ね、どんな分野の才能なのかを聞いた。 「これは、ずい分昔、まだ才能計のなかった時代の辞書に載っていた言葉だよ。意味は、『目標実現のため、心身を労してつとめること。ほねをおること』――『どりょく』って読むらしいよ」 ←駐輪場 交差点→
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