交差点


 ある夕方。交差点で、信号待ちをしている二人の老人がいた。一人は杖をつき、大きな荷物を持っている。もう一人は、背筋が伸びて、足取りも軽い。
 杖の老人がもう一人に言った。
「やあ、お久しぶり。そちらはずい分景気が良さそうだね」
「ああ、おかげさまで、大分住みやすい世の中になった」
「それはそれは、いいことで」
「この間なんて、道を歩いていただけで、どけじじい、と若者に肩をどつかれたからな」
「それはなんともまあ」
「さっきも、エレベーターを使ったら、一緒に乗ったOLが、顔をしかめて距離をとってな。わしの加齢臭もなかなかのものだな。これで、今回のノルマは達成だ」
「うむ、なんともまあ」
「そっちは中々大変そうだな」
「恥ずかしながら、この有様で。杖と荷物が手放せんよ」
「ううむ。昔はお前さんがひょいひょい歩いて、わしの方が今にも倒れそうな状態だったのに。時代が変われば変わるものだなあ」
「まったく。おや、信号が青になりましたよ」
「ああ、ほんとだ。それでは、お先に」
「ええ。それではお元気で」
 身軽な老人は、杖の老人と挨拶を交わすと、さっさと横断歩道を渡っていった。杖の老人も重たい足でそれに続くが、その歩みは亀かという速度だった。信号が点滅を始めた頃、やっと横断歩道の半分を越したくらいである。
 その時、老人の向かう先から走ってくる者があった。セーラー服を着た女子高生だ。
「あの、良かったら、お荷物お持ちしましょうか?」
「ありがたい。でも、あなたには重たすぎるでしょうし、結構ですよ」
「無理かどうか、ご迷惑でなければ一度持たせてみて下さい」
 女子高生は、さっと老人から荷物を奪い取って、一緒に歩き始めた。二人が横断歩道を渡りきると、信号機の下にいた小学生が、ほっとしたように走っていった。小学生の指は、そのぎりぎりまで、横断歩道の青信号延長ボタンにかけられていた。
「おかげで助かりました」
「いえいえ。ところで、どちらまでいかれるんですか」
「すぐそこのタクシー乗り場です。ここまでくれば、もう一人で大丈夫ですよ。荷物、重たかったでしょう」
 老人が女子高生から荷物を取り返そうとすると、それより先に伸びてきた手があった。
「じゃあ、そこまでは僕がお持ちしますよ」
 荷物を持ってそう言ったのは、中年のサラリーマンだった。老人の荷物を持っていない方の手には、自分の営業用と思しき鞄を下げている。
「すみません。じゃあ、よろしくお願いします」
 女子高生は頭を下げると、走っていった。彼女はさっきから、腕時計を気にしていた。
「ええと、そこのタクシー乗り場でしたよね」
「はい。ですが、ちょっと疲れましたので、そこのベンチで少し休んでから行くことにします。すみませんが、そこまでだけ荷物をお願いしていいでしょうか」
「もちろんですよ」
 サラリーマンは荷物をベンチに置き、老人が隣に腰掛けるのを見ると、一度頭を下げて走っていった。営業用鞄が重そうに揺れている。
 一人になった老人は、荷物のフタを少しだけ開いた。そこから、何か白い煙のようなものが出てきて、三方向に別れて消えた。
「ほんとにありがたい。おかげで荷物が軽くなった」
 煙がおさまると、老人はそっとフタをしめた。
「昔は、道を歩けば、やれお荷物持ちましょうか、やれ良ければ手をひきますよと人が来て、配る福がなくなるほどだったのに、近頃ときたら。一日歩きまわって、たった三人か。それでもまあ、最近にしちゃあいい方だが。わしも今の人間たちのブームにのって、福の神から転職しようかなあ。さっきの疫病神なんて、自分を邪険にした奴に厄を配ればいいんだから、最高だよなあ。しかし、その分求神倍率は低いっていうしなあ……」



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