そういうもの


男A「えいっ……やっぱりダメか」
男B「おいおい、何をやっているんだ?」
男A「このコーヒーの空き缶がうまくゴミ箱に入られなければ悪いことが起こる……って思って投げたんだけど、ゴミ箱からはずれちゃって……。あーあ、今日はきっと悪いことが起こるぞお……っとぉ!」
男B「おいおい、なに転んでるんだよ。大丈夫か?」
男A「いたた……。ほら、悪いことが起こった……って、あれ? ポケットに入れてた昼飯代の五百円玉がない!」
男B「転んだ拍子に落としちまったのかもな」
男A「そんなあ……」
男B「ネガティブなこと考えてるから悪いことが起こるんだぜ。いいか、俺は、今しがた飲み終えたこのコーヒーの缶、これがゴミ箱にうまく入れば良いことが起こると思って投げるぞ。とうっ!」
男A「入った! すごいな、お前」
男B「お前が下手なんだよ。……お、なんか踏んだな」
男A「もしかして、さっき俺が落とした五百円玉じゃないか?」
男B「いや、違うな。百円玉だ。つまり、これはお前の金じゃないから、拾い主である俺のものだ」
男A「そんなこと言わず、なくした俺の昼飯代の足しにさせてくれよ」
男B「そうはいかない。これが俺とお前の違い、缶を入れられた者と入れられなかった者の違いだ」
男C「お前ら、子どもみたいなことやってんなあ。さっきから見てたぞ」
男B「ああ、お前か。どうだ、お前もやらないか。あそこのゴミ箱に空き缶を投げ入れるんだ。その缶コーヒー、もう飲み終わる頃じゃないか?」
男C「あと一口といったところかな。いいだろう、やってやるぜ。ただし俺は、この缶がゴミ箱に入らなければ良いことが起こると思って缶を投げる。……行くぞ!」
男A「はずれた!」
男B「いや、これはわざとはずしたな」
男C「その通り。さあて、なにか良いこと起こるかな」
男B「おいおい、それは都合が良すぎないか?」
男C「……いや、そうでもないみたいだぞ。今足に当たったものがあるんだが、なんと千円札だ」
男B「なんだと?」
男A「うわあ、いいなあ……」
男C「わかったか。これが真のポジティブ人間というものなんだよ」
男D「なに偉そうな口きいてんだよ。ゴミ散らかしただけのくせに」
男C「やあ、君も缶を投げに来たのか?」
男D「缶は投げるものじゃないだろう。きちんとこうやってゴミ箱まで歩いていって捨てるものだ。……まったく、いい大人だというのに」
男B「やれやれ、遊び心のない奴だなあ」
男A「あ、俺がはずした缶も拾って捨ててくれてる」
男C「おい、ついでに俺の缶も捨てといてくれ」
男D「言われなくてもそうするさ。本当にお前たちときたら……あ」
男B「どうした?」
男D「……ゴミ箱の下に一万円札が落ちてたぞ」



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