鳥の話


 ある昼下がり、一軒の窓辺に鳥がとまり、こう言いました。
「こんにちは、作家さん。あなたはどんなお話を書いているの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
 作家は、嬉しそうに言いました。
「こんな斬新な話、今まで誰も考えつきもしなかっただろう。ひとりで何でも出来る男の話さ。そいつはすごいんだ、頭はきれるし、運動神経もいい。こんな完璧な奴を主人公にしてしまうなんて、ぼくはなんて頭がいいんだろう。もちろん、完璧な男には仲間なんて必要ないから、登場人物はこの男ひとりだ。こいつは、物語の中で縦横無尽に活躍するに違いない。まず、手始めに……」
 作家は、得意そうに喋り続けました。そこで、鳥が訊きました。
「で、作家さん、そのお話であなたが伝えたいことは?」
 作家は、喋るのをやめて黙ってしまいました。


 ある昼下がり、一軒の窓辺に鳥がとまり、こう言いました。
「こんにちは、作家さん。あなたはどんなお話を書いているの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
 作家は、嬉しそうに言いました。
「とても簡単な話なんだけどね、ある男の子と女の子が出会って恋をして、結婚するお話なんだよ。彼らはとても幸せなんだ。書いているぼくまで幸せになっちゃうくらいにね。もちろん彼らは、出会ってから最後までけんかもすれ違いも一切ない。だってそんなの、見ていてつらいし、悲しすぎるだろう? だからぼくは、絶対幸せな、ハッピーエンドの話しか書かないんだ」
 作家はうっとりと囁きました。そこで、鳥が訊きました。
「でも、そんな話はうすっぺらくてつまらないと思わないの?」
 作家は、不思議そうな顔をして言いました。
「幸せな話のほうが、絶対みんな読みたがるに決まっているじゃないか」


 ある昼下がり、一軒の窓辺に鳥がとまり、こう言いました。
「こんにちは、作家さん。あなたはどんなお話を書いているの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
 作家は、嬉しそうに言いました。
「今考えているのはね、主人公がタイムスリップする話なんだ。もちろん、それは楽しいだけの未来への旅じゃあないよ。楽あり苦あり、山あり谷ありさ。怪しい組織に狙われもするし、美女に助けられもする。謎の老人なんかをだすのもいいな。どんどんいいアイディアが浮かんでくる。こいつは面白い話になりそうだぞ!」
 作家は、飛び跳ねながら話しました。そこで、鳥が訊きました。
「ねえ作家さん、あなたは紙もペンも持っていないようだけれど、どうやってそのお話を書くの?」
「書く必要なんてないよ。へたに紙に書いて失敗するよりも、頭の中に思い描くだけのほうが楽しいじゃあないか。休日を実際に過ごすよりも、その休日をどうやって過ごすかを想像するほうが楽しいものなんだよ。ああ、想像するって、何て楽しいことなんだろう!」


 ある昼下がり、一軒の窓辺に鳥がとまり、こう言いました。
「こんにちは、作家さん。あなたはどんなお話を書いているの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
 作家は、嬉しそうに言いました。
「今ぼくは、ぼくの人生のすべてとでも言うべきものを書いているんだよ。ぼくが今までに感じたつらかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと、そのすべてを! ぼくはとても可哀相な奴なんだよ。今まで、とてもひどい目にばかりあってきたんだ。いじめられたり、ちょっとしたミスを怒られたり、嫌な仕事をやらされたりね。だから、この世の中がいかに理不尽で優しくないか、ぼくがいかに世界に失望しているか、ぼくがいかに同情されるべきか、本に書いてみんなに教えてやるんだ!」
 作家は、興奮しながら語りました。そこで、鳥が訊きました。
「でも作家さん、それはあなたの自己満足じゃないの?」
 作家は、怒って窓を閉めてしまいました。


 鳥は、今日もどこかの窓辺にとまっているかもしれません。



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photo by M+J