名物 やあ、いらっしゃい。待っていたよ。君がこれからこの村で生活してくれることを嬉しく思うよ。 さて、君がこの村の一員になるにあたって、どうしても守ってもらわなければならない秘密がある。もし守れないなら、残念ながら君には村を去ってもらうしかない。永遠にね。大丈夫、そう怯えなくていいよ。この秘密は、むしろ君にとって喜ばしい秘密なのだから。というのも、我が村の名物に関することなんだ。 知っての通り、我が村は料理がまずいことで非常に有名だ。どこに行っても、村の名前を聞いた人は、あの飯がまずいところかと言う。出身地をジョークにして笑い合う時も、我が村は絶対に食事をネタにされる。おそらく君もここに来るにあたって、おいしいご飯を諦めてきただろう。 しかし安心してほしい。我が村の料理がまずいのは、わざとなんだからな。これは君のためについている嘘じゃないぞ。れっきとした事実だ。 証拠を見せよう。ちょうど料理ができたようだ。家内が君のためにと腕によりをかけて作ったものだ。といっても、普段どの家でも食べられている、ごく普通の家庭料理だがな。どうだ、おいしいだろう。君がこれまでこの村で食べたものとは大違いだろう。いっぱい食べたまえ。そして食べたからには、秘密を共有してほしい。 この村は実にちっぽけで、大した農作物も取れず、なんの特産品も工芸品もない。他に誇れるような風光明媚な景色も、歴史ある建造物もない。美術展を催せる芸術家も、記念館を建てられる偉人も存在しない。そこで村のご先祖様は、なんとかしてこの村の名物をつくり、観光資源にできないかと考えた。老若男女問わず意見を出し合ったが、これといった名案は出なかった。 そんなある日、村に一人の旅人が現れた。その旅人は、道に迷って数日。水も食料も尽きた頃、ようやくこの村にたどり着いたのだという。正確には、村の近くの洞窟で倒れているのを発見されたのだが。そこは湧水と岩塩のとれる、村の生活を支える大事な場所だった。そして同時に、村人たちのもう一つの悩みの種でもあった。 旅人いわく。あの洞窟をみつけた時は、俺はなんと運が良いのだろうと思った。塩に水。生きるために必要なものが同時に手に入るなんて。しかし、水を飲み、塩を口に含んだ時、思った。俺は何と運が悪いのだろうと。世界各国、様々な所を旅して色んなものを食したが、こんなにまずい塩と水は生まれて初めてだ。 この言葉が、当時の村長にひらめきを与えた。なんの特色もない村に観光客を呼ぶ方法と、壊滅的にまずい塩と水しかとれない洞窟。この二つを組み合わせれば、すべて解決するではないか。 村長は、村でとれるまずい塩とまずい水を使ってわざとまずい料理を作り、旅人に食べさせた。旅人は去り際、なんとも微妙な表情で、貴重な体験をありがとうと言っていたそうだ。 しばらくして、別の旅人が現れた。今度は、偶然この村に来たのではなかった。以前の旅人に聞いた世にもまずいという料理を、是非一度口にしてみたいと来たのだという。それはわざわざどうも、いたって普通の料理なのですがねえと言いながら、村長はまたもわざとまずい塩と水を使った料理を旅人にふるまった。旅人はあまりのまずさにひっくり返り、苦笑いを残して村を後にしたという。 その後も、ぽつりぽつりとではあるが、怖いもの見たさまずいもの食べたさで、村を訪れる人が増えてきた。その内、隣村のみならず遠くの国からも、信じられないほどまずい料理とはいかほどのものかと、村を訪ねる者たちが出てきた。そのたびに、村人たちはわざとまずい塩と水で料理を作り、惜しむことなく人々に提供した。 わかったかな。こうして、今のこの村につながっているんだ。これからは、君にもこの村の秘密と伝統を守ってもらいたい。 そうそう。大事なことを言い忘れていた。塩と水のとれる場所は他にもう一つあるから、普段の生活にはそちらを使いたまえ。ただ、よそから人が来たら、必ず例の塩と水を使うこと。それから、その時は、一定時間味覚を麻痺させる薬があるから、それを飲むこと。まずい料理を名物にするにあたって、村人も食べないわけにはいかなかったからね。長い歴史の中で、誰かがどこかで開発したらしい。 この薬の方が余程すごいもので、これこそ世界に発表するべきとの意見もあるんだがね。結局、ほとんどの村人の支持を得られず、今も隠されているんだ。だって、なんの味もしないことより、最高にまずい味の方が、余程強烈で印象的で、忘れられないものだろう。 ←贈り物 雨→
photo by 空に咲く花
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