現代


 クリスマス前の日曜日。デパートの入口に、トナカイの着ぐるみを着た男と、白い髭に赤い服の男が立っていた。トナカイの着ぐるみを着た男は、おもちゃ売り場の広告を張り付けたプラカードを持っている。
「サンタクロースとトナカイだぜ!」
「俺、今日もうこれで見るの五人目だぜ」
「おっさんたち、時給いくら?」
 小学生くらいの男の子たちが、ふざけ合いながら、二人の横を通り過ぎていった。
「まったく近頃のガキときたら、生意気でしょうがねえ。俺があれくらいのときは素直にサンタを信じてたってのによお」
 トナカイの着ぐるみを着た男は舌打ちをした。赤い服の男はニコニコしている。
「うちの子ときたら、クリスマスには新しいゲームが欲しいって、毎日うるさいのなんの」
「うちも似たようなもんよ。おもちゃ屋の新聞広告の欲しいものにマークをつけて、リビングのテーブルの上に置いておくのよ」
「毎年毎年、よく欲しいものが出てくるわよね。プレゼントを用意するのが大変だわ」
 三十代くらいの主婦が二人、ため息をつきながら、二人の横を通り過ぎていった。
「まったく、近頃のガキときたら、どうしようもねえな。俺がちびっ子のときは、どんなに欲しいものがあっても、親に直接ねだるなんて考えられなかったってのによお」
 トナカイの着ぐるみを着た男は舌打ちをした。赤い服の男はニコニコしている。
「あの、すみませんが、このメモにあるお店って、何階のどこら辺でしょうか。子どもがクリスマスにはどうしてもここのケーキが食べたいって言うので予約に来たのですが、場所がよくわからなくて……」
「そちらでしたら、地下一階の下りのエスカレーターを降りてすぐのところにございます。この隣のお店ではオードブルを扱っておりますので、併せてご予約される方も多いですよ」
「ありがとう、一緒に見てみますね。クリスマスの夜は豪華なもの食べさせてあげなきゃ、子どもがふてくされちゃいますからね」
 四十代ほどの男は、案内の店員にお礼を言うと、急いで二人の横を通り過ぎていった。
「まったく、近頃のガキときたら、贅沢極まりねえな。俺が子どもの頃なんて、どこの店のだろうと、ケーキがあるだけで最高の気分になれたってえのによお」
 トナカイの着ぐるみを着た男は舌打ちをした。赤い服の男はニコニコしている。その横に立っているピンクのワンピースの女の子は、羨ましそうに男を見送った。
「んん? こいつ、いつの間に……」
「お嬢ちゃん、さっきからここにいるけれど、どうかしたのかな。サンタさんにプレゼントのお願いかな?」
「違うわ。プレゼントなら、パパとママが買ってくれるから、いもしないサンタなんかに頼む必要はないもの。あたしはここで、ママがプレゼントを買ってくるのを待ってるだけ」
「さっきのおじさんを羨ましそうに見ていたけど、どうかしたのかな?」
「だって、うちのクリスマスの夜って、いっつもママの手料理なんだもの。たまにはさっきのおじさんの家みたいに、デパートのご飯も食べてみたいなって思ってたの」
「じゃあそれは、サンタさんに言ってもしょうがないね。ママに直接言わなきゃね」
「そうね、なるべく早く言ってみるわ。あ、ママ、買い終わったみたい。じゃあね、アルバイトのおじさんたち」
 女の子は、ピンクのワンピースをなびかせて、ママの元へと走っていった。
「なんだあのガキ、話しかけてやったのに生意気な。まったく、現代のクリスマスってのは、ろくなもんじゃねえな」
 トナカイの着ぐるみを着た男は舌打ちをした。赤い服の男はニコニコしている。
 やがて夜になり、デパートは閉店の時間を迎えた。
「やあ、今日もお仕事御苦労。一人でつまらなかっただろう。明日からはサンタ役のスタッフも入るから、よろしく頼むよ」
「何言ってんすか。サンタ役のおっさんならここに……あれ?」
 店長に言われてトナカイの着ぐるみを着た男は、横を見て首をひねった。一日一緒に立っていたはずの赤い服の男が消えている。


 赤い服を着た男は、トナカイの引くソリに乗りながら思った。
 どうやら今年も、子どもたちのために自分がプレゼントを用意する必要はなさそうだ。家族や周りの人たちのおかげで、十分子どもたちは満たされているのだから。現代のクリスマスは、なんて素敵なのだろう。
 赤い服を着たサンタクロースは、空っぽの袋を乗せて、北の国へと帰っていった。



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photo by 空に咲く花