おばけちゃん


 あるところに、ひとりの小さな女の子がいました。
 女の子には、誰にも秘密のお友達がいました。おばけちゃんです。おばけちゃんは、女の子の家の地下室に住んでいました。
 けれど、そこにおばけちゃんがいることを他の人は知りません。おばけちゃんは、女の子以外の人が地下室に来ると、どこかへかくれてしまうのです。
 おばけちゃんは、じぶんを見ると人が怖がることを知っていました。おばけちゃんを怖がらないのは、女の子だけなのです。だからおばけちゃんのお友達は、女の子ひとりでした。
 女の子はおばけちゃんが大好きでした。おばけちゃんは、女の子がお父さんにしかられたとき、逆上がりができなかったとき、他のお友達とケンカをしたとき、いつも側にいてくれました。女の子にとって、おばけちゃんは、かけがえのない大事なお友達でした。
 やがて女の子は大きくなりました。もう小さい女の子ではありません。お友達も増えました。気になる男の子もいます。ひとりでどこへだって行けます。どこまでだって行けます。
 女の子は、だんだん地下室に行かなくなりました。
 暗い地下室に行くことより、外の広い世界にいることに、女の子は夢中でした。
 でも、おばけちゃんには女の子しかしませんでした。女の子が来ない限り、おばけちゃんはひとりでした。
 どれくらいひさしぶりでしょう。女の子がおばけちゃんのところにやってきました。
 おばけちゃんは喜びました。
 うれしくてうれしくて、今まで来てくれなかったことを怒ることも忘れていました。おばけちゃんは女の子といることが、本当に幸せだったのです。
 また、時が流れました。女の子は、もっと大きくなりました。もう、自分でお金をかせぐことだってできます。お友達ももっと増えました。女の子のことを特別大事に思ってくれる男の子もいます。
 女の子は、幸せでした。
 地下室のことなんて、思い出すこともなくなりました。
 おばけちゃんは待っていました。次に女の子が来てくれるときのことを。
 けれど、いくら待っても女の子は来てくれません。待っても待っても、暗い地下室にいるのはおばけちゃんひとりでした。
 ある夜、おばけちゃんは思い切って地下室を出ました。そして女の子の部屋へ行きました。
 真夜中でしたが、女の子は起きていました。女の子は、おばけちゃんを見ておどろきました。
 おばけちゃんは女の子に、どうして地下室に来てくれないのかと聞きました。
 女の子は困りました。
 悩んで、悩んで、女の子はついに言いました。
 わたしには、やりたいことや、やらなきゃいけないことがたくさんあるの。おばけちゃんみたいに地下室で遊んでいればいいだけとはちがうの。いそがしいの。たいへんなの。
 こう言うと、女の子はふとんを頭からかぶって寝てしまいました。本当はまだ眠くなかったのですが、これ以上、おばけちゃんと話をする気にはなれませんでした。女の子は眠ったふりを続けました。
 そんな女の子を見て、おばけちゃんは、すごすごと地下室へ帰って行きました。
 女の子はその晩、眠れませんでした。
 おばけちゃんは思いました。
 たしかに、おばけちゃんと女の子はちがいます。おばけちゃんには地下室と女の子だけですが、女の子にはもっとたくさんのものがあります。その中で、おばけちゃんは、女の子にとってきっともういらないものなのです。これ以上地下室で待っていても、女の子が来てくれることはもうないでしょう。
 おばけちゃんは、地下室を出ることに決めました。どこか違う場所を見つけて暮らすのです。そこには、自分を必要としてくれる、別の誰かがいるかもしれません。小さい頃の女の子のように。
 でも、とおばけちゃんは思いました。
 自分が女の子を大好きだったのは、女の子が自分を必要としてくれた、ただそれだけだからなのでしょうか。それでは、自分は女の子自身を好きだというわけではなかったのでしょうか。自分を好きになってくれれば、誰でもよかったのでしょうか。
 おばけちゃんにはわかりませんでした。
 けれど、おばけちゃんは女の子の家の地下室を出ていくことをやめませんでした。
 それからしばらくして、地下室の戸を開けた人がいました。
 あの女の子です。
 ひどいことを言ったことをあやまろうと思って、おばけちゃんに会いに来たのです。
 女の子はあの夜の後、思ったのです。
 他のお友達に言うような嘘やごまかし、言い訳をおばけちゃんにしなかったのは、おばけちゃんなら、わたしのことをわかってくれる、許してくれると、心のどこかで思っていたからなのです。おばけちゃんに甘えていたからなのです。
 それが、おばけちゃんを傷つけました。
 時間はかかりましたが、女の子はおばけちゃんにあやまろうと、地下室まできたのです。
 けれど遅すぎました。おばけちゃんは、もう地下室を出た後でした。
 女の子がどんなに呼んでも、おばけちゃんは出てきてくれません。返事もしてくれません。女の子は泣きました。泣いて、泣いて、泣き続けました。
 けれど、その涙は、おばけちゃんを傷つけたことへの後悔の涙か、お友達を失った悲しみの涙か、それとも、ただ失くしたものほど大事に思えてしまうというだけだったのか、女の子自身にもわかりませんでした。



←偉大な発明      轍→


photo by 少年残像