偉大な発明


 方々の星を探検する宇宙船があった。隊員はほんの数名。少数精鋭の宇宙船は、今まで数々の星での冒険をしてきた。猛獣が闊歩する星、毒の植物で覆われた星、陸地のない星……。そのどれをも、隊員達は勇敢にくぐり抜けてきた。
 今、宇宙船は新たな星に降り立った。隊員達は防護服を着て、慎重に宇宙船の外に出て行く。
 そこは、廃墟の星だった。
「隊長、ここには、どうやらかつては文明があったようですね」
「そのようだな。くわしく調べてみないとわからないが、どうも地球よりも進んだ文明だったように見える」
 手馴れた隊員達、探索作業はどんどん進む。文字の解読もできた。それにつれて、多くのことが明らかとなってくる。
 この星は、真夜中にだけ雨が降ったこと。科学技術は地球より発達しており、水の貯蓄には問題がなかったこと。医療技術も進んでおり、病気や怪我に苦しむ人間はいなかったこと。戦争なども起こった形跡がないこと。などなど。
「ここは随分平和なところだったようですね。おかげで、科学や医療の進んだデータも手に入った。今までの星で一番の収穫じゃないでしょうか。さあ、早くこれを地球に持って帰って、みんなを喜ばせてあげましょう」
「まあ待て。まだ、何故これほどの星が滅んだのか、原因がわかっていない。もう少し探索を続けよう」
 もしかしたら、進んだ技術が身を滅ぼした可能性もある。真実を知るのが探検隊の役目だ。おろそかにするわけにはいかない。
「隊長、この星最大と思われる、科学技術センターのようなものの地下に、隠し部屋が」
「よし、すぐに調べてみよう」
 そこには、頑丈な金庫と立体映像投射装置があった。危険な仕掛けはないと調べた上で、自動翻訳機を取り付け、隊長が装置を作動させた。
『……私はこのセンターの研究開発室長』
 装置によって男の立体映像が映し出され、悲痛な面持ちで語り始めた。
『この星はもうだめだ。だが、後世、ここに訪れる者のため、私は、私達の最後の研究について残したいと思う』
 隊員達はどよめいた。滅んだ星の、最後の研究。すばらしいお宝にめぐりあえたものだ。
『まず、この星が滅んだ経緯について触れておきたい。この星は、元々は夜中にだけ雨が降る星であった。しかしどういうわけか、ある時から、昼夜を問わず、雨が降るようになった。今まで以上に水が豊かになったと、私たちは喜んだ。だが、そこである問題が生じた』
 隊員達は、男の話に聞き入っている。
『メガネだ。細かく降る雨は、私達のメガネを水滴で曇らせた』
 隊員達は、先ほどまでとは違う気持ちで黙っていた。メガネ。それほど重要なことなのだろうか。
「そういえば、この星の人々は、みんなメガネをかけていたようでしたが……」
 ある隊員が言った。今までの調べでは、この星の人々は生まれつき視力が弱く、全員がメガネをかけて生活していたよことが判明している。
『メガネが曇っては、私達の生活は危うい。よって、我々研究チームは、それを防ぐ手段を考えた。まず考案されたのが、ワイパー』
 隊員達の誰もが、地球上を走る車を思い浮かべた。雨の日、フロントガラスを左右に横切るワイパーを。
『過去、夜中の雨の中を、どうしても外出する人用に与えられた特別仕様の車……それに装備されていた、自動水滴拭き取り装、ワイパー。それを、各人のメガネに取り付けることにしたのだ』
 隊員達は同僚の顔を見ながら、想像した。ワイパーのついたメガネをかけている、隣人の姿を。
『だが、我々は甘かった。今度は、ワイパーが邪魔で前が見えなくなったのだ。そこで、我々は新たな道を考えた。メガネにひさしをつけたのだ』
 隊員達は、考えた。ひさしのついたメガネというものを。
『しかしこれもまた失敗だった。視界が狭くなりすぎたのだ。よって、別の発明を余儀なくされた。考え出されたのは、雨が降ったら、ワンタッチでメガネのフレームから出てくる覆い……。フレームから一本の柱を出し、その上に、お椀を逆に被せたような布を張ったものだ。これはなかなか好評だった』
 隊員達は皆、メガネのフレームから伸びた、柱と布とを思い描いた。その形は、地球上にある、とある製品に似ている気がした。
『だが、我々研究チームは気づいてしまった。この覆い、大きくして手で持ったら、むしろ全身を雨から守ることができると』
 隊員達は、それに激しく同意していた。さっき思い描いた製品が、頭から離れなかった。
『我々は、素晴らしい作品に狂喜した。これで、星のみんなを救うことができる。しかし、時すでに遅かった……。我々が完成品を持ってこの地下の秘密研究室から出た時には、すべては終わっていた。昼間に降る雨は、ただの雨ではなかったのだ。酸を含んだ雨だった。科学活動が、環境に悪影響をもたらしていたのかもしれない。原因は最後までわからなかったが、研究チームの面々は、ひさしを作った時点では、雨が酸を含んでいることには気づいていた。だからこそ、一刻も早く研究を完成させるべく、この地下にこもって働いていたのだ。が、酸の雨は、我々の研究など追いつけない速さで大地を汚し、建物を弱らせ、人に害をなし、ついには星を滅ばした。我々、星の頭脳が地下にこもっている間に……。折角、素晴らしい発明が完成したというのに……。私達も、もう長くはないだろう。最後に、この悲劇の経緯をここに残す。もし、ここを訪れる者がいたならば、どうか、この悲劇を繰り返さないことを願う。そして、もしよければ、ひとつしかないが、金庫の中のものを使って欲しい。我々が、苦心して作り上げたものを』
 そして、男の映像は消えた。
 隊員達は、集めた資料を持って、宇宙船へ戻っていった。誰も、先ほどの映像については口にしない。話すのは、懐かしき地球についてだけだった。
 宇宙船が去った後、星に雨が降り始めた。酸の雨が、まだ残っていた建物の残骸に降り注ぎ、少しずつ、溶かしていく。
 しかし、地下の研究室は溶けることを知らない。他の建物の地下が汚れた土によって溶かされても、永遠に残るであろう。地下室の中心にすえられた金庫の中身、一本の柱の上にお椀を逆に被せたような布を張ったもの。それの発する特殊な気体で、酸から守られているのだから。



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photo by 空に咲く花