猫の話


 私は『猫』。名前は今のところない。……別に夏○漱石を気取っているわけではない。単なる事実だ。そんな私に、今、名前がつけられようとしていた。


「だ〜か〜らぁっ!大(ひろし)のネーミングセンスにはまかせておけないんだってばっ!」
「何だよ〜、カッテに決めつけんなよぉっ!」
 この二人は、私が今いる家の子供だ。『まかせておけない』といっていた方は緋雨(ひさめ)。大というのが緋雨の従弟である。二人は今、『飼い猫』である私の『名前』で喧嘩中だ。
「うちは絶っっ対『クウ』がいいと思うっ!!」
「いんやっ!オレはぜっったぁい『ザード』がいい!!」
 いっておくが、私はこの家の飼い猫になった覚えは無い。とある中学校の前を通りかかったところ、この二人が、ノラ猫歴二年半(推定)の私を拾ったのだ。しかし、それはアクマで人間から見ればの話であり、ノラ猫であった私にとって、それは人間でいうところの『誘拐』である。が、人間である彼らがそれに気付くはずはなく、私はこの家に監禁される――もとい住むことになり、すでに三日が経過していた。
 ……くどいようだが、私はこの二人を飼い主と認めたわけではない。ただ居心地が良いからこの家にいるだけだ。
「ぜぇっっ対『クウ』!だって、ハムスターが『リク』で金魚が『カイ』ときたら、『クウ』しかないじゃん!」
「何言ってんだよ〜、『ザード』の方がぜったぁいカッコイイって!」
「……じゃあ、どっちの名前がいいか、本猫(ほんにん)に聞いてみようじゃんっ!」
「い〜よぉ……って、猫が喋るかぁっ!!」
 二人の喧嘩が、さらに悪化しかけたとき――
「大、緋雨、それに時(トキ)〜!そろそろ御飯よ!!」
 台所とかいう場所から、この家での最高責任者(と私は思っている)、大の母・伊藤飛鳥(いとう あすか)の声がした。
「にゃ〜ん。」
 ととととと
 私は台所とかいうところへと駆け出していた。食事の時間は好きである。
「ト……。」
「ト・キ?」
 呆然と呟く二人。
 ――そう。実は、この家での私の『名前』は、すでに決まっていたのであった。
『 時 』
 これが、私が昨晩、伊藤家の最高権力者(とも私は思っている)飛鳥によって与えられた名だ。
「にゃん。」
「あら、トキが一番早いのねぇ、反応。」
「にゃん。」
 それは食事のためならば。
 そして私は、すでにして飛鳥への反抗は無意味であると悟っており、絶対服従を決意している。
「それじゃ、大人しくキャットフード食べててね。」
「にゃあ。」
 もちろん。
「か……母さんっ!」
「おばちゃんっ。」
 あがった声は、いうまでもなく大と緋雨のもの。
「? 何? 大、緋雨。」
「『? 何?』じゃなくてっ!」
「何だよ〜、その『トキ』っていうのっ!」
「このコの名前に決まってるじゃない。」
 いって、飛鳥は目で私のことを指さし示した。
『何で勝手に決めちゃうんだよっ!!』
 緋雨と大、二人の声が見事にハモる。
「あ〜、ゴメン。」
『………。』
 二人は、あっけらかんといった飛鳥に怒りを覚えつつも何もいえないらしく、無言のまま彼らがイスとよんでいる物に座った。
 ――程なくして。
「やっぱり、昨日のうちに『クウ』に決めとけば良かったんじゃんっ!!」
「はぁ? 何いってんだよ。『ザード』の方が良かったに決まってんだろぉ!!」
「食事くらい仲良く食べる!!」
 べし すこっ☆
『……………。』
 飛鳥の鉄拳制裁により、二人はとりあえず沈黙したのだった。


 もしも私が人間の言葉を話せたのなら。私は、こういっていただろう。
『私(ねこ)の名前で喧嘩なんぞせずに、少年少女よ、大志を抱け』
 ……くどいようだが、別に夏○漱石やら他の人間やらを気取っているわけではない。
 私は『猫』である。



←小人の話      地底人の話→


photo by 空に咲く花