小人の話 暗闇と静寂に満ちた部屋で、赤い小さな影が一つ、跳び回っていた。 ……おいらは小人=B 童話なんかにたまに出てくる、あれだ。 小人がこんな所で何してるかって? ふふん。それがおいら達小人族の生業だからさ。 赤い帽子に赤いベストを着ているおいらの仕事は、 人間達の部屋の掃除さ。 何故かって? そうすりゃ、人間は喜ぶからさ。 おっと、勘違いするなよ。 おいら達は、別に百パーセント善意で 掃除をしているわけじゃない。 自分達のためさ。 話が見えないって? おいおい、そう急ぐなよ。 これからゆっくり、説明してやるさ。 だがそうだな……何から話せば分かりやすい? 残念ながら、おいらは喋るのが、あまり得意な方じゃない。 好きではあるけどな。 っといけねぇ。脱線しかけちまった。 よし、じゃあ、単刀直入にいうことにすっか。 おいら達は、人の喜びを食ってんのさ。 気味が悪いって? まぁ、そういいなさんな。 食うといっても、ホラー映画とかみたいな、グロい感じじゃない。 何というか……人間が空気の中で生きているような感じだ。 人間が空気中の酸素を吸って生きているのと同じように、おいら達小人も、 人間の喜びの中にあるエネルギーを吸収して生きているのさ。 だから喜びという感情の無い空間では、 おいら達は窒息しそうになっちまうのさ。 しかし、喜びっていうものは、そうそうどこにでもあるもんじゃない。 そこでおいら達は、無いのだったら自分達でつくろうと、 人間が喜びそうなことをやっているのさ。 靴屋の話を知っているかい? ある心優しい靴屋のために、小人が靴をすこぅしずつ作ってやる話だ。 それがどうしたって? いや、何、あの頃は良かったなと思ってね。 おいら達は喜びを求めて、昔から色々なことをやってきた。 靴を作ったり、掃除をしたり、な。 おいら達が何かするたび、人間どもは不思議に思いつつも、 喜んでくれたものだった。 おかげで、おいら達も生き長らえてきた。 ところがどっこい。 最近では、おいら達が何かやっても、誰も喜ばなくなった。 それどころか、気味が悪いとばかり思われて、 自分の仕事に自信を持てなくなっちまった小人もいる。 ひどい話じゃねぇかい? せっかくおいら達が頑張って人間を喜ばそうとしているのに、 人間ときたら、喜ばないどころか、小人の心を傷つけるんだぜ? そういえば、前においらが掃除をした家に、 泥棒だと思って警察に通報したまぬけな家があったな。 おかしいと思わねぇかい? 何も盗まない上に、部屋を綺麗にしていく泥棒がいるかってぇの。 まぁ、ここまでオーバーな家は滅多に無いけどな。 たいがいの奴はあれ、おかしいな?≠ナ終わりだ。 それでもまだ、人間達に、日常生活での喜びが沢山あれば、 おいら達はなんとか生きていける。 が、人間とは、とことん底意地の悪い生き物らしい。 学校だ、会社だ、塾だと、交友関係が広がるたびに、 喜びとは逆のストレス≠ホかりが増えていきやがる。 どの学校にもいじめは必ずあるし、 どんな会社にも、部下いびりをする上司が一人はいる。 塾だって学校と似たようなもんだし、 学校よりもっとはっきり成績を比べる。 まったく……時代は変わったというが、いくらなんでも変わりすぎだぜ。 これじゃ、おいら達小人は、死刑の日を待つ囚人だ。 しかも、死刑の執行日がはっきりしていないときている。 まさに生き地獄だ。 おっといけねぇ。喋りすぎたようだ。 おいらは喋っていると、時間を忘れちまって、どうもいけねぇ。 そいじゃあ、あばよ。 おいらが明日もお天道様をおがめるといいけどな。 赤い影が消えた部屋は、少しの間しんとしていた。 しかしその静寂は、鍵を開ける音によって破られた。 「あー、疲れた……。」 豪快にドアを開けて入って来たのはこの部屋の主、一人暮らしのOL・英子だ。 英子は、帰ってきてからしばらくして、自分の部屋が、朝より綺麗になっているのに気がついた。 けれど、 (……気のせいか。) と思い、すぐに台所に立ってしまった。 ……おいらは小人=B 童話なんかにたまに出てくる、あれだ。 小人がこんな所で何してるかって? いい忘れたことがあったのさ。 カッカしたり、だらけたりするのもいいけどよ、たまには笑ってみな。 おいら達小人以外にも、それを望んでいる奴がいるだろうからよ。 ま、そっちの方が、おいら達にとってもありがたいけどな。 それじゃ、今度こそ本当に、あばよ。 ←机の話 猫の話→
photo by ひまわりの小部屋
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