運のいい奴


 とにかく運のいい男がいた。懸賞を出せば必ず当たり、くじを引けば一等賞のみ。じゃんけんだって負けなしだった。赤信号にひっかかり、足を止められることすらなかった。
 それは勉学にしても同じだった。男が受ける試験はすべて、彼が開始直前に適当に見た問題そのままが出題されるのだ。記号問題など、とにかく書いてさえいれば間違いになることはなかった。それでも、回答欄を合格点以上埋められないことはあった。その時は、試験問題に出題ミスが発覚したり、他の受験者に不正があったことがわかったりして、試験そのものがやり直しになるのだった。もちろん、再試験の時はいつもの通りに合格するのだ。
 恋愛でも不自由しなかった。男が、いいな、と思った女性がいると、何故か偶然出先で会えたり、帰り道で二人きりになれたりと、いい雰囲気を作るのに苦労しなかった。別れたいと思った時も、彼女の突然の引っ越しが決まったり、向こうから気持が冷めたと言ってきたりと、大してもめることなく、すんなりと思う通りに事が運んだ。
 就職活動も簡単に終わった。男が一番入りたいと思った企業の最初の面接の日。一人の老人が、道の途中で倒れていた。男は慌てて救急車を呼び、老人は事なきを得た。しかし、彼は時間に間に合わず、面接を受けることができなかった。
 仕方がない。自分は今まで運が良すぎたのだ。こういうこともあるだろう。初めての不運。男はあまり気を落とさないよう、自分で自分を励ました。
 しかし数日後、男の元に企業から合格通知が届いた。なんと助けた老人が、その企業の会長だったのだ。自身の予定をかえりみず自分を助けてくれた男をひどく気に入り、是非うちで働いてほしいというのだ。
 元々働きたいと思っていた企業だ。男は真面目に仕事に取り組んだ。営業として色々なご家庭を訪問して回ったのだが、これがまた運が良かった。行く家行く家、みんな契約してくれるのだ。ちょっとした家庭用品の販売だったが、どの家庭も、ちょうど使っていたものが壊れて困っていただの、今まさにCMで見て欲しいと思ったところだの、とにかく突然の訪問販売にも嫌な顔一つせず、契約してくれるのだ。
 やがて男は、会長のすすめで結婚をした。相手は会長の孫娘で、社長令嬢でもあった。男の将来は約束されたようなものだった。そしてまた運のいいことに、新妻は謙虚でおしとやかで教養があり、この上なく美人だった。男のことも気に入ってくれていた。
 男の人生は順風満帆だった。営業の成績も、落ちるどころか伸びる一方だった。時折、妻に隠れてこっそり出していた懸賞も、変わらずはずれることはなかった。
 しかし、ある日の営業活動中のこと。男は生まれて初めて赤信号にひっかかり、信号待ちをしていた。そしてその頭を、近くのマンションから飛んできた花瓶が直撃した。たまたま偶然、花瓶を持った人がマンションの廊下を歩いていて、たまたま偶然、その人がすっ転び、たまたま偶然、それが信号待ちをしている男の所まで飛んでいったのだ。男は即死だった。
 やれやれ、自分の運もこれまでか。ずいぶん幸運ばかりの人生だったが、最期はなんとも運の悪いことだったなあ。
 死んだ後、男の魂はそんなことを考えながら、天へと昇っていった。やがて天国に着くと、金色の髪の天使が、羽をはばたかせてやってきて言った。
「おめでとうございます! あなたは天国の門をくぐる、一〇〇(中略)〇〇〇人目の死者です! 祝福として、生まれ変わったあなたには、今までの人生では想像もつかないほどの幸福が待ち受けていることでしょう」



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photo by 空に咲く花