狐の婿入り


 晴れながら雨が降っている日のことだった。
「珍しい、天気雨だ。狐の嫁入りともいうやつだな。」
 そう私が呟くと、どこからともなく悲しそうな声がした。
「違うんです、確かにこれは天気雨ですけど、狐の嫁入りじゃあないんです。」
「不思議なことをいう奴だな、これは天気雨だけど狐の嫁入りじゃないだと? 声はするけど姿は見えないし、さては幻聴に違いない。」
「いえいえ、幻聴でもないし、あなたの頭がおかしいわけでもありません。私は狐なのです。」
「なに、狐だと?」
「はい、この雨は、私の涙なのです。」
「じゃあ、やはり狐の嫁入りではないか。さては嫁に行くのが悲しくて泣いているのだろう。」
「いえ、嫁に行くのが悲しいのではなく、婿に行くのが悲しいのです。」
「とすると、狐の嫁入りじゃないというのは、嫁入りじゃなく婿入りだからというわけか。しかし、何故こんなに泣く必要がある?」
「よくぞ聞いてくれました。私が婿入りする先の娘は、狐の世界でも指折りの美人で、父親は金持ちで、大判小判がざくざくの蔵に、いつでもうさぎ狩りを楽しめる狩場を所有し、その名を知らない狐はいないというほどの家柄なのです。」
「聞けば聞くほど結構な縁談じゃあないか。一体どこに泣く必要がある?」
「大ありです。逆玉の輿なんてとんでもない。確かに結婚相手としては申し分ない相手だが、隣近所の男どもが嫁を迎える中、私ひとりだけ婿入りだ。恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ありませんよ。」
「しかし、結婚相手がいいならそれでいいじゃないか。周りは周り、自分は自分だ。それに今は男女平等の世の中だ。そんな婿だ嫁だと差別をしてはいけない。」
「あなたは今、他人事だからそんなことが言えるのですよ。口ではみんな男女差別はいかんなどと言っていますが、実際に私が婿に行くというと笑いをこらえる者ばかり。口先だけの奴ばかりだ。もういい、式が始まってしまう。私は行かなければ。」
 それきり、狐の声はしなくなった。
 何故私が狐とこんな不思議な会話をすることができたのか、私は後日思い知ることになる。狐との奇妙なやりとりの約一年後、私はとある家に婿入りした。婿入りする先の娘は、世界でも指折りの美人で、父親は金持ちで、金銀財宝の入った蔵や、広大な敷地を所有し、その名を知らない者はいないというほどの家柄の……。



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