悪魔 ある日、おれの前に悪魔が現れてこう言った。 「お前の望みをひとつ叶えてあげましょう。かわりに魂をよこしてください。」 「ちょうどいい。どうしても叶えてもらいたい願いがあったのだ。」 おれは手を打って喜んだ。 「近頃、どうも他人が信じられないのだ。同僚の奴らは笑顔でおれに接してくるが、果たして、腹の中でも本当に笑顔で接しているのか。確かめたいが、その術がなくて困っていたのだ。」 「なあに、そんなのお安いごようですよ。」 悪魔はおれに何事か呟き、これでよしとばかりに消えた。 数日後、またあの悪魔が現れた。 「どうです、他人の腹の中身はわかりましたかい。」 「どうもこうもない」 おれは苛立った口調で言った。 「お前が消えてから、他人の心の声のようなものが聞こえるようになってしまったようだ。どいつもこいつも、笑顔の裏ではおれの悪口ばかり言ってやがった。誰が、バカでマヌケでウスノロだ。しかもあいつら、おれが早く会社をやめていなくなるのを待ち望んでいやがる。」 「おやまぁ……しかし、これであなたの望みは叶えられたも同然。早速魂をいただきましょう。」 「いや、そうはいかない。あんなのが他人の心の声であるわけがない。きっとあれは、お前によってつくられた幻聴に違いない。」 「そんなことはありません。あれは真実です。あなたは本当に嫌われ者なのです。」 「嘘をつくな。おれの願いは叶えられていない。だからこの契約は無効だ。さっさと帰ってくれ。」 「そんな勝手が通るわけがないでしょう。いいから魂をよこせ!」 悪魔は怒っておれに跳びかかってきた。 その時、別の、もっと大きな悪魔が現れ、最初の小さな悪魔に言った。 「こら、依頼主に跳びかかるとは何事だ。そんな乱暴は悪魔の世界じゃ許されていないぞ。」 「しかし、この人間が……。」 「人間のせいにするのか。まったく、見下げ果てた悪魔だ。こんな奴は処分するしかないな。」 大きな悪魔がこう言うと、小さな悪魔は悲鳴を残して黒い霧となり空気中にとけてしまった。 「協力感謝する。これは約束のものだ。」 大きな悪魔は、重たい袋をおれに投げてよこすと消えてしまった。袋の中身はたっぷりの金貨。 実はあの大きな悪魔、普段はいい上司の顔をしてはいたが、前々から部下である小さな悪魔が気に入らなくて、処分する機会をねらっていたのだ。しかし、それがなかなかない。そこで、おれにあの悪魔が現れたら怒らせて暴力をふるうようしむけるように言って、処分する口実をつくらせたのだ。成功報酬は例の金貨の袋。 小さな悪魔に叶えてもらった願いと、大きな悪魔にもらった金貨。おれの二重取りのはずなのに、何か素直に喜べないのはどうしたものか……。 ←狐の婿入り うえへ→
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