文化財


 荒涼たる大地に、一組の父子が立っていた。
「ねえパパ、こんなにちっちゃい星があるんだねぇ」
 坊やは嬉しそうに父親に言った。
 今は学校が長いお休みに入っており、父親も休暇がとれたからと、坊やと父親は、二人で旅行に来ているのだった。
「ああ、そうだよ。この星は、パパたちの星よりもずっとずっと小さいし、まだあまり知性の発達した生物がいない。ほらごらん、あそこにいるものが何か、わかるかな?」
 近くの石の影で動いたものを指さして、父親は坊やに尋ねた。
「なんだろう……。すんごく小さくて、ぼろきれをまとっていたみたいだけど……。パパはわかるの?」
「実はね、パパにもよくわからないんだ。だけどね、きっとそのうち、いまの小さい生物も進化して、意思を持った生命になっていくんだろうね。それは、パパたちの星でいうところのお魚かもしれないし、鳥かもしれない。ひょっとしたら、パパや坊やみたいな、ヒトになるのかもしれないよ?」
 父親は、坊やへと語りかけながら、訪れている星のはるかな未来に想いをはせた。
 今はまだ、誕生したばかりの命たちも、いつかは進化をとげ文明を発達させ、宇宙へと進出する時がくるのかもしれない。そして、やがては自分たちの星へもやってくるようになるのかもしれない。その時を自分も坊やも見ることはできないだろうけれど、きっといつかは、そんな日が来るのだろう。
 ふと気付くと、坊やはしゃがみこみ、何かをやっている。
「坊や、何をやっているんだい?」
「んっとね、せっかくここに来たんだから、何か残していきたいなって思って。この星のひとたちのために、ぼくの大好きな生き物の絵を描いているんだ」
 得意そうに、坊やは今まで自分が地面に描いていたものを見せた。
 それらは、坊やの星の鳥であったり、魚であったり、その他色々な動物の絵であった。
「ああ……。なんてことをしてくれたんだい、坊や」
 愕然とつぶやく父親に、坊やはびくりと身をすくませた。その拍子に、絵を描くためにその辺りで拾った棒が、手から落ちた。
「ねえパパ。ぼく、なにか悪いことしちゃったの?」
「ああ、ごめんよ、坊や。この星はね、とても貴重な星なんだ。この広い宇宙に、星がたくさんあることは、坊やも知っているよね。だけどね、そんなにたくさんある星の中でも、生き物が育つ星は、滅多にないんだ。いや、滅多になんてものじゃない。パパたちの星の人が知っているのは、自分たちの住んでいる星と、そして旅行先として人気のこの星くらいのものなんだよ。だからね、坊や。ここはパパたちの星の偉い人が、文化財として保護していこうね、って決めているんだよ」
「ぶんかざいって何?」
「とても価値のあるものだから、みんなで守っていこうね、っていうものだよ」
 話しながら、父親は、焦りを感じていた。
 星で指定されている文化財に絵を描いてしまったなどということがばれたら、一体どんなことになってしまうのか。
 子どものやったこととはいえ、ただの注意ではすまないだろう。それなりに、重い処分が下されるのではないだろうか。ましてや、うっかりしていたとはいえ、それに気づかずにいた自分は……。
 父親は、しばし黙り込み、考えていた。
 自分のやったことがどれほどのことなのかはわかっていないが、父親の様子を見て、坊やは、どうやらまずいことをしたらしいと、うなだれていた。
「まあ、やってしまったものは仕方がない……。坊や、今やったことは、絶対誰にも言ってはいけないよ。仲の良いお友達にもだ」
「うん、わかった」
「そう、いい子だ。じゃあ、パパと坊やの、二人だけの秘密にしよう」
 辺りには、二人の他には誰もいない。このままさっさと立ち去ってしまえば、坊やがやったこととはばれないだろう。まして、地面に棒で描いただけの絵だ。やがて風が吹き雨が降れば、いずれは消え去ってしまうだろう。そうなってしまえば、もはや、坊やのやったことはなかったことになってしまうはずだ。
「さあ、そろそろここから帰ろうか。そうだ、ここからもっと先に行ったところには、噴火をしている山があるらしいぞ。そっちを見にいくとしようじゃないか」
 パパは坊やをうながし、そそくさとその場を逃げるように後にした。

 数千年後。
 荒涼たる大地に、数人の人間が立っていた。
「みなさま、ご覧いただけているでしょうか? これこそ、あの有名な地上絵です! 古代の人々が描いたとされるこの地上絵ですが、暦関連説、社会事業説、雨乞い説など諸説あれど、その描かれた理由はいまだ明らかにされておりません! 特殊な環境により、風の浸食をまぬがれ、また、ほとんど雨も降らない気候のせいで、現代までも残るこの謎の古代絵! 中には、宇宙人が描いたと主張する方もおられるようですが……。って、ちょっとあなた! 何をしているのですか!?  落書きなんてしないでください! え? 観光に来た記念だって? とんでもない! これは文化財ですよ! それに落書きをするだなんて……」



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photo by Simple Life