十二匹と一人のお話


 ある年の暮れ方、神様が動物達に言いました。
 「お正月の朝、私の社にきなさい。
 最初に着いた者から順番に 十二番目までの者を一年交替でその年の王様にします」
 これを聞いた動物達は大喜びでそろって神様の社を目指しました。
 ただひとり、鼠に騙された猫を除いて……。
  (『十二支ものがたり』より)





 その年の大晦日は、大騒ぎだった。
 誰もが神様の御触れに沸いていたのだ。
 なんてったって王様だ。なりたくないわけがない。自分こそが一番に社に着く者だという声が、そこかしこから聞こえてきていた。
 鼠のタカも、そのひとりだった。
 彼はどんな手をつかってでも一番に王様になって、普段自分のことをちびだちびだと笑っている連中を見返してやりたかった。
 そのためには、きちんと下準備をしなければいけない。
 さてどうしようかと考えながら道を歩いていると、まだ昼間だというのに、急に辺りが暗くなった。タカが驚いて顔を上げると、目の前に猫のマオが立っていた。考え事に夢中になっていたため、マオの存在に気付かなかったのだ。暗くなったと思えたのは、タカがマオの影の中を歩いていたからである。
「今日は、タカ。難しい顔をして、何か悩み事でもあるのかい?」
 タカの内心など露知らず、マオは無邪気に尋ねてきた。
「いやいや、別に悩みというほどでも……」
 マオを見ながら、タカは複雑な気分だった。
(全く、マオの奴は何でこんなにばかでかいんだ。俺はどう頑張ってもこれ以上大きくなんてなれないのに……)
 タカとマオとは同い年だったが、マオの大きさはタカがゆうに二十人分はあった。
(よし、手始めに、こいつが王様になるのを邪魔してやれ)
「ただ、ちょっと気になる話を聞いてしまってね。どうしたものかと考えていたところだったのだよ」
「え、なんだい、その気になる話ってのは」
 タカの思惑通り、マオはタカの話に興味を示した。タカ三人分はある長ぁい尻尾を楽しそうに左右に揺らしている。
「それがだね、神様のお触れの話はマオも知っているだろう」
「うん、王様になれるってやつだろ」
「そこが問題なんだ。さっきジンに聞いたんだが、あのお触れは、我々動物達を試すものらしい」
「え、それはどういうことだい?」
 マオが驚いたように目をまん丸に見開いたので、タカは内心ほくそえんだ。
「どうもこうもない。神様は、俺達を試すつもりなのさ。たかだか動物の分際で王様になろうなんて思う愚が者がいるかどうかな。もしいたら、神様はそいつを……」
「そ、そいつを……?」
「いや、この先はジンも知らないらしくてな、俺も教えてもらっていないのだ。悪いな。ただ、これだけは言っておこう。もし神様の怒りに触れたくなかったら、正月は大人しく家で寝ていることだ。新年の挨拶は二日に行けばいい。俺もそうしようと思っている」
 タカが真面目くさってこう言うと、マオは何度もこくこく頷いた。
「あ、ああ、わかった。ありがとう、タカ。正月当日は大人しくしているよ」
「いやいや、礼には及ばないよ。感謝するならジンにしてくれ。あいつに会っていなければ、あやうく俺も騙されるところだったのだから」
「ところでこの話、他の奴らは知っているのかい?」
「いや、まだだろう。知っているのは俺とお前とジンだけだ。俺がさっき考えこんでいたのは、他の奴らに教えるべきかどうか悩んでいたのだ。誰かに教えることで、せっかくの神様のテストを台無しにしてしまうんじゃないかと思ってね」
「なるほど、そこまで考えていたとは。やっぱりタカは頭がいいやぁ。でも、それならどうして俺には教えてくれたんだい?」
「それは、お前とは生まれた時からの付き合いだからな。隠し事はしたくないんだよ。でもいいか、この事は他の奴らには内緒だぞ。もし俺達がテストのことを知っていると神様にばれたら、俺達のほうこそやばいんだからな」
「わかった。二人だけの約束だな。あ、でもジンも知っているから、三人か」
「何人でもいいが、とにかく誰にも言うなよ」
 そう言うと、タカはさっさとマオの前からいなくなってしまった。
(よしよし、マオは単純だからな。あの分だと、絶対に神様の家に行かねぇぞ)
 自分の思い通りに事が運ぶのは楽しいものである。タカはついついスキップを始めていた。すると、池の端に今度は人間のジンがいた。釣りをしているようだ。
「やあ、今日は、タカ。どうしたんだい、スキップなんかして。何かいいことでもあったのかい?」
「それがだね、聞いてくれよ、ジン。おかしいったらありゃしないんだから」
 満面に笑みを浮かべてタカはさっきのマオとの会話を語り始めた。
 このジン、マオほどではないがタカとは長い付き合いで、悪戯をする時はいつも一緒だった。いわゆる悪友というやつである。
 身振り手振りを交えて一人二役で説明するタカの話を聞いて、ジンは釣具を放り出して笑い転げた。
「マオの奴、本当にそんな話を信じたのかよ」
「ああ、本当だとも。茶色の毛並みが真っ青に染まるんじゃないかと思うくらいびびってたぜ」
「バカだなぁ。神様がそんなことをするわけないっていうのに」
 ジンはおかしくて仕方がないとばかりに身をよじって笑いまくった。目には涙まで浮かべている。
「で、ちょっと相談なのだが、今の情報の発信源としてジンの名前を使わせてもらった。万が一マオの奴が何か聞いてきたら、適当にうまく応えておいてくれないか」
「ああ、ああ、いいとも。俺も見たかったなぁ、青く染まった猫」
「ところで、ジンも明日は王様になりに神様の社へ行くのかい? 俺は一番になるつもりなのだが、ジンが相手じゃ敵わないだろうなぁ」
「いいや、俺は行かないよ。王様になんて興味ないしね。それに、タカとは争う気になれないな。神様に新年の挨拶をしないわけにはいかないから、明日の夕刻には一応社へ行くつもりだけどな」
「そうか、それを聞いて安心したよ。俺もジンとは争いたくないしな」
 その後ジンと別れの挨拶を交わすと、タカは鼻歌を歌いながらまた歩き始めた。まだ明日のための下準備は終わっていないのだ。
 競争者は減らせたが、自分の足が遅いのではどうにもならない。なんとかして速く走る方法を見つけなければ。
 タカが道を歩いていると、牛のヒロが道端の草を食べているのが目に止まった。
(よしよし、次はあいつをだましてやろう)
 基本的に、タカは自分より図体が大きい奴が嫌いである。それをいったらほとんどの動物が当てはまるのだが、ジンなどは例外で、つまりはでかくてとろくて鈍い奴が嫌いなのである。
 そう、ちょうどヒロのように……。
「やあ、ヒロ、お食事中かい?」
 話しかけられたヒロは、つまらなそうな顔をタカに向けたが、すぐに草へと視線を戻した。
「それ以外の何かに見えるかい? 俺は今忙しいんだ。用があるならまた後にしてくれよ。ないならさっさとどこかへ行ってくれ」
 無愛想なヒロの言い様にタカはむっとしたが、そこは我慢。今ここで怒ってしまったら、せっかくの計画が水の泡である。
「それが、大事な用があるんだよ。とてもね」
「大事な用ねぇ……」
 草を食べながらのあまり気乗りでないヒロの返事に、タカは勢いこんで言った。
「そうなんだよ、俺にとってじゃなくて、ヒロにとってね」
「タカにとってじゃなく、俺にとって?」
 今度こそ、ヒロは草を食べるのをやめて完全にタカの方へと振り返った。それを確認すると、タカは嬉しそうに口を開いた。
「ああ、この前、おいしい野草がある場所を探していただろう。それがさ、偶然見つかったんだよ」
「本当かい?」
 ヒロは疑惑の眼差しをタカに向けた。タカとジンの二人組みは悪戯ばかりしているので、周囲からの信頼度が限りなく低いのだ。
「本当だとも。嘘だと思うのなら、今から俺についてきてみろよ」
 そう言うなり、タカはヒロの返事も待たずに歩き始めた。
「おおい、待ってくれよ」
 その後を慌てて追うヒロ。
(よしよし、ちゃんとついてきているな)
 タカが親切心でヒロを誘うわけがなく、もちろんこれは明日のためのタカの作戦である。
 ヒロもマオほどではないが単純な性格なので、先程と同じ手に引っかかったかもしれない。しかしそこは小賢しいタカのこと、同じ手を二度も使うようなことはしない。同じ手口をくり返すという、嘘がばれるようなことは。
 それよりどうせだますなら、もっと自分にとって有利な方向へことを運ばなければ。
「ここだよ、ヒロ。いいところだろ?」
 十分ほどしてタカが足を止めたのは、眺めのいい高原だった。神様の社もよく見える。
「そうだな。こんな近くにこんないいところがあったんだぁ。知らなかったなぁ」
 溜息混じりにヒロは言い、ついで味見とばかりに足元の草を一口食べてみた。
「うん、みずみずしくておいしい。ありがとう、タカ。さっきは疑ったりしてごめんよ」
「いやいや、礼には及ばないよ。困ったときはお互い様じゃないか」
 笑顔で言いながらも、タカは次の作戦のための言葉を探していた。
「ところで、ヒロも明日は神様の社に行くんだろ?」
「そりゃあもちろんね。だって、一年だけとはいえ王様になれるんだろ、こんな機会は滅多にないぜ」
「うんうん、その通りだよ。しかしだね、もしかしたら、俺は明日神様の社に行けないかもしれない」
「え、どうしたんだい、何か大変なことでもあるのかい?」
 すっかりタカのペースにのせられているヒロは、疑うことなく素直に尋ねた。
「それがだね、前々からジンの奴と大晦日の夜は久々に一緒に酒を飲もうと約束をしていてね。神様のお触れが出るずっと前からの約束だから、俺としても守らないわけにいかない。ジンも楽しみにしているしな」
「そのジンも社へは行かないのかい?」
「ああ、奴は王様になんて興味がないと言っていたからな。まったく、変わった奴だよ、本当に」
 ここでタカはわざとらしく大仰に溜息をつくと、ちらりと横目でヒロの表情をうかがった。
「だからきっと俺は明日の朝は酔いつぶれて社には行けないと思うんだ。ジンが大酒のみなのはヒロも知っているだろ? あいつと一緒に飲んでつぶれない奴なんていやしないよ」
「確かにそうだよなぁ。そうか、タカとジンは社に来れないのかぁ。競争率が減るのは嬉しいけど、なんだか気が抜けるなぁ」
「まぁ、そう言うな。で、ものは相談なのだが、ヒロも王様になりたいんだよなぁ」
「そりゃあね」
 ヒロの返事に、タカはしめしめとばかりに口を笑みの形にゆがめた。
「ここからが相談だ。実は、ここにヒロを連れてきたのは、単にうまい野草の在りかを教えたかっただけだからじゃない」
「え、なんだって?」
「ここからだと、神様の社がよく見えるだろう。今夜はここで夜を明かせば、明日はきっと一番乗りで社へ行けるぜ」
「ここで夜を明かせだって?」
 思ってもみなかったタカの言葉に、ヒロは二の句がつげないでいた。
「ああ、そうだ。ここは食べ物もあるし、もう少し行ったところに、今はもう使われていない小屋がある。一晩過ごすことくらいどうってことないさ」
 タカは得意げに言ってみせた。
「でも、どうしてタカが俺にそんないいことを教えてくれるんだい?」
 さすがに話がうま過ぎると、ヒロはタカに不審の眼差しを向けた。
 だが、タカはそこまでお見通し。きちんと次の言葉は考えてあった。
「そりゃあ、この間のお詫びのつもりさ。いつだったか、俺が遊びでヒロの小屋をかじって穴を開けたことがあっただろう。あの時は遊びが過ぎたと思って、いつか謝りたいと考えていたんだよ。そこへ、今回の神様のお触れだろう? こいつはちょうどいいと思って、この場所を紹介したまでさ。だから遠慮せず、ここを使ってくれや」
「そうだったのか。あの時は俺も怒りすぎだったよな。わざわざお詫びをしてくれるだなんて、タカは本当はいい奴だったんだな」
「いやいや、礼には及ばないさ。おっと、ジンとの約束があるので、俺はそろそろ失礼するよ」
「ああ、ありがとう、タカ」
 ヒロの言葉を背中で聞きながら、タカは内心笑いが止まらなかった。
(バカな奴。利用されているだけとも知らず、ありがとう≠ネんて言いやがって)
 去って行くタカを、ヒロは見えなくなるまでずぅっと見送っていた。


 さてその夜。
 ヒロはタカに言われた通り小屋に泊まり、高原で一夜を過ごした。タカの罠とも知らずに。
 そして真夜中も過ぎた頃、ヒロの眠る小屋に忍び込む者があった。タカである。
(誰がこんな大事な日に酒なんか飲むかっての。あんな嘘にだまされるなんて、単純っていいよな)
 タカは誰よりも早く社に着くために、ヒロが一番になるように手伝っているように見せかけて、実はヒロに飛び乗って社まで運んでもらうつもりでいたのだ。
(今のうちに、せいぜい良い夢を見ときな)
 東の空が白み始めた頃、ヒロは誰よりも早く目を覚ますと、タカが乗っているとも知らずに一目散に社へ向かって駆け出した。
「ようし、この分だと俺が一番乗りだ。これもタカのおかげだな」
 しかしどうしたことか、社の門をくぐり抜ける瞬間、目の前に飛び下りてきた小さな影があった。
 ヒロの上にいた、タカである。
 まさか自分がタカを乗せて走っていたとは知らないヒロはびっくり仰天。慌てて止まって、タカに言った。
「ど、どうしてタカがここに? ジンとの約束があるんじゃなかったのかい?」
「ああ、それなら、俺の勘違いだった。ジンとの約束は大晦日の夜ではなく、正月の夜だったのだ。そこで急いで社まで走ってきたという次第さ」
 タカは、本当は全く疲れていないのに、全力疾走した後のように息をゼィゼイいわせていた。
「それにしても、やっぱりヒロは速いなぁ。なんだかんだいっても俺も王様にはなってみたかったし、あんな良い場所教えるんじゃなかったと後悔しちゃったよ。間一髪間に合って良かったけど」
 ヒロは開いた口がふさがらなかった。
 何せ、自分が断然トップだと思っていたのである。それをいきなり来ないと思っていたタカに横取ちされたのだ。悔しいというより、事態についていけない。
「さぁ、勝負はついたし、今度は早く本殿へ行って神様に新年のご挨拶をしようじゃないか」
 ヒロはもう、タカに促されるまま本殿へ行くしかなかった。


 タカとヒロが本殿へ向かった後、すぐさま虎のトモ、兎のアキラ、辰のノブ、蛇のシャシ、馬のタケシ、羊のヨウ、猿のシン、鳥のミノル、犬のコウ、猪のカイが社の門をくぐった。
 これが、世にいう十二支の始まりである。


 動物達がこぞって神様の社を目指している頃、猫のマオだけはひとり自分の家で丸まって寝ていた。新しく始まった年を喜び、そしてテストのことを皆に黙っていた罪悪感を抱きながら……。
 完全に夜が明けて辺りが明るくなった頃、マオは外に出て驚いた。動物達が、ひとりも見当たらないじゃあないか。
(こいつは大変だ。やっぱりみんな、テストとも知らずに神様の社へ行っちまったんだ!)
 そう思うや否や、マオは神様の社へと駆け出した。他の動物達が心配で仕方がなかったのだ。
 ところがいざ社に着いてみると、御殿の方から楽しそうな音楽が聞こえてくるではないか。
 一体どういうことかとマオが御殿を覗いてみると、中では動物達が神様と宴を楽しんでいた。
 この時になって、マオは初めて自分がタカに騙されたことに気付いた。
 そう思うとマオはいてもたってもいられなくなり、主賓席に座っているタカに跳びかかった。
「うわぁ、な、何をするんだ、マオ!」
「うるさい、この嘘つきめ!」
 叫ぶと、マオは力いっぱいタカの尻尾を握りしめた。タカがぎゃっという悲鳴を上げて、尻尾が目に見えて細くなった。鼠の尻尾は元々は猫や犬のようにふさふさだったが、この時から細くなってしまったという。
「これは一体何事ですか」
 マオの登場で騒然となった宴席を見て、神様が立ち上がって仰った。
「ああ、聞いてくださいよ、神様。俺はこの鼠に騙されたんですよ! 俺はタカに、今日のことは動物の分際で王様になろうなんて思う愚が者がいるかどうかを試すテストだから、社には行くな、と言われたのです! それでタカを信んじて行かなかったら……」
「まんまとだまされた、というわけですね」
「はい!」
 マオの返事に、神様は悲しそうな表情を浮かべた。
「確かに、だましたのはタカの方です。しかし、マオはそれで私のことを他人を試すような奴だと疑ったのですね」
「それは……」
 言われてみればその通りだと言う他はない。
「あなたをだましたことに関しては、タカはもう罰を受けました。見て御覧なさい。可哀想に、さっきあなたにつかまれたせいで、タカの尻尾はこんなに細くなってしまって……」
 そう言うと、神様はタカの尻尾をそっとなでてやった。
「次はあなたの番です、マオ。神である私を疑った罰として、あなたにはこれから毎年、お正月の宴に出席することを禁止します」
「ま、待って下さい、神様」
 背を向けかけた神様に、マオは慌てて言った。
「昨日タカが言っていたんですが、テストの話はジンから聞いたって……」
 マオの言葉を聞いて、タカは心の中でにやりと笑った。
(しめた。マオの奴、たまにはいいことを言いやがる。俺だけ罰をくらってたまるか。ジンの奴も道連れにしてやれ)
「本当ですか、タカ」
「ああ、ああ、本当です。元はといえば、ジンが最初にそのホラ話を言い出したんです。俺は調子を合わせただけで」
 必死になってタカは言った。
「そうですか……。ジンはこの宴に顔見せもしていないし、普段から他人の迷惑になる悪戯ばかり……。ここらで一つ、こらしめてやりましょうか」
 そう言うと、神様は鳥のミノルにジンを探して連れてくるように頼んだ。
 しばらくすると、ミノルはジンを連れて帰ってきた。
「俺に用ってなんですか、神様」
 面倒臭そうにジンが聞く。
「最近のあなたは少しばかり悪戯が過ぎます。田畑は荒らすし、仕事はしない、他人の物を盗むなんてしょっちゅうです。おまけに今回はマオのことをだまして……。あなたには、お仕置きが必要なようです」
 言い終えると、神様は、動物達にはなんのことだかわけがわからない呪文を唱え始めた。そして最後にジンを指さして最後の呪文を終えると、こう仰った。
「今日からあなたは他の動物達と喋ることができません。今、あなたの言葉を他の者には通じないようにしました。もちろん、あなたが他の者の言葉を理解することもできません」
「何ですって?」
 これにはさすがのジンもびっくり仰天。慌ててタカに話しかけてみたが、どうしたことか、タカはジンが何を言っているかわからず、ただただおろおろするばかり。ジンにも、タカが言っていることが全く理解できない。
 困ったジンは一生懸命神様に謝ったが、もうあとの祭り。何を言っても神様は聞き入れて下さらなかった。
 仕方がなく、ジンは御殿から出ていくと、自分の家に閉じこもってしまった。
 宴に出ることを許されなかったマオも御殿を去った。
 神様は宴を続けるよう仰ったが、動物達は後味が悪いのなんの。とても新年を祝って騒ぐ気にはなれない。
 かくして、新年の宴は幕を下ろした。


 さて、宴が終わった後、閉じこもっているジンの元を訪れた者がいた。犬のコウである。
 コウとジンとはあまり交流があるわけではなかったが、とりわけ仲が悪いというわけでもなかった。
「俺のことは放っておいてくれよ、コウ」
 言葉が通じないとはわかっていても、ついつい今までのように話しかけてしまうジン。
 しかし、コウはまるでジンの言葉がわかっているかのように首を横に振ると、何やらわんわんと吠えた。
「放ってなんておけないさ。いつも悪戯ばかりのお前さんが、俺が昔怪我をした時、何を思ったか手当てをしてくれただろう。今の俺にできることはこんなことしかないが、せめて何かあった時のために側にいさせてくれ」
 ジンにはコウの言葉はわんわんとしか聞こえなかったが、なんだか、何を言いたいのかわかる気がした。
「……仕方ねぇなぁ。好きにしろよ」
 そう言うと、ジンはコウの頭をなでてやった。親しみを込めて。


 それからというもの、人間は他の動物達から孤立し、猫は鼠を見ると追いかけ回すようになったという。また、犬は忠実であるといわれるようになり、人間は自分を道連れにした鼠を家から追い出そうとし、そのお返しに鼠は穀物を荒らすようになったという。
 しかし、それが事実であるかどうかは定かではない。


THE END



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photo by 空に咲く花