灰かぶり娘物語


 昔々、あるところに、とても裕福な家庭がありました。父親と母親、そして娘の三人暮らしでした。娘はとても美しい娘でした。また父親も母親も賢く優しく、娘は幸せな日々を送っていました。
 ところがある日、母親が病気で亡くなってしまいました。娘は悲しみました。父親も悲しみました。二人での暮らしはとても寂しいものでした。そして迷った末、父親は新しく母親を迎えることにしました。父親の妹の結婚相手の従兄弟のまた従姉妹にあたる、未亡人でした。新しい母親は、娘を二人連れていました。新しくお姉さんが二人できたわけです。
 五人での暮らしが始まりましたが、やがてまた悲しいことに、今度は父親が不幸な事故で亡くなってしまいました。
 ところが、今度は悲しんでばかりはいられませんでした。父親が亡くなるまでは優しかった新しい母親と二人の姉が、急に、娘につらくあたり始めたのです。掃除も、食事の支度も、繕い物も、娘の仕事です。きれいな服も装飾品もすべて取り上げられました。寝る場所だって、ロビーの長椅子の上です。唯一つやらなくてよい仕事は、お買い物でした。新しい母親たちは、娘が家の外に出ることを極端に嫌がりました。何せ、娘は他の三人よりも、はるかに美しかったのです。三人は、これが気に入らなくて気にいらなくて仕方ありませんでした。女の嫉妬は醜いものです。
 娘は毎日仕事に追われ、きれいな服も着ることができず、灰まみれでした。なので、灰まみれという意味をこめて「シンデレラ」と呼ばれていました。シンデレラは、毎日毎日、夜になると、こっそりと泣いていました。父親の、女を見る目のなさをののしりながら。
 しかし、このとき泣いているのは、シンデレラ一人ではありませんでした。あと二人ほどいたのです。その二人とは、以前シンデレラの家で住み込みで働いていた女中でした。父親が亡くなり、シンデレラが仕事をするようになってからは、家計費削減のため、解雇されてしまっていたのです。よって今は職無しでした。不景気のせいか、どこもなかなか雇ってくれないのです。
 二人は毎日のように夜の酒場に来ては、愚痴をこぼしていました。
「まったく、あのシンデレラのおかげでこっちは今住所不定無職よ。やってられないわ。これというのも、あの子があんまり美しすぎるからいけないのよ。」
「そうよそうよ。でなければ奥様たちがあの子に意地悪するためにあたしたちを追い出す必要なんてないもの。何もかもあの子のせいよ。」
「「ああ、あたしたちって可哀想!」」
 そして二人で涙するのでした。
 そんなある日、いつものように二人が愚痴っていると、会話に入ってくる者がありました。まだ若さの残る、まあまあ格好良い青年です。
「先ほどからの話を聞いていると、あなたたちも不当に解雇されたようですね。実は僕もそうなのです。僕はある貴族のお抱え御者だったのですが、この見栄えのする容姿のため、嫉妬深い当主にそこの若奥様との仲を疑われ、やめさせられてしまったのです。以来この不景気、一向に再就職の目途がたちません。」
 青年は、涙混じりに言いました。二人の元女中も、一緒になって目を潤ませます。その日は、三人で朝まで語り、いえ、愚痴り明かしました。
 次の日。三人がそろって安酒を飲んだり愚痴ったりしていると、またもや会話に入ってくる者がありました。センスの良い服を身にまとった、まだ若い女性です。
「以前から、会話に入る機会をうかがっておりました。あたくしもあなた方と同じような身の上ですの。あたくしはこう見えて、ファッションデザイナーでしたの。なかなか売れてましたのよ。でも少し前、デザイナー仲間にあたくしのデザインを盗作され、逆に今までのあたくしのデザインはその人の作品を盗作したものとされ、無実の罪でデザイナー界を追い出されてしまいましたの。盗作なんて前科をつくられては、最早どこもあたくしを雇ってくださいませんわ。どうしようかと途方にくれ、こうして飲めない酒を飲みに酒場に足を運ぶ毎日ですの。」
 女性は、言いながらハンカチで目元を覆いました。聞いていた三人も、目に涙が溢れてきます。その日は、四人で涙の混ざった塩辛い酒を飲み続けました。
 次の日。四人がそろって愚痴り大会を繰り広げていると、またまた会話に入ってくる者がおりました。少し腰の曲がりかけた、ご老人です。
「このような老人が若い人の話に加わるのもどうかと思いますが、まあ、ボランティアとでも思って聞いて下さいませんかね。何、あんたさん方の話とそう変わるものじゃあありませんがね。わしゃあ、若いころから馬車造りをしておりましてなあ、わしが造った馬車が、今も往来を闊歩しておる。しかしこの先、わしの馬車が増えることはないだろうて。先日、一緒に馬車造りをしていた若いのがミスをしおってな。それも、大貴族様の専用に造っていた馬車出だ。なんと走行中に車輪がもげて、事故になってしまってな。若いのは大目玉。大貴族様は、そんな奴は首にしてしまえと言う。しかし奴は親方の息子でな。親方も、さすがに実の息子を首にする気にはなれない。そこで、老い先短いだろうと、わしに事故の責任を押し付けてやめさせたのさ。ひどいもんだろう。」
 老人は、言い終わると下を向きました。ひざの辺りにぽつりぽつりと垂れるものがあります。四人もまた、誰からとはなしにうつむきます。その日は、五人で朝までしんみりとうなだれていました。
 毎日五人で集まり、飽きることなく愚痴を言い合う日々が続きました。
 そんなある日、お城で舞踏会が開かれることになりました。そろそろ結婚適齢期になる王子様のお嫁選びのための舞踏会です。王様は大変ものわかりのよい方だったので、王子様の結婚相手の条件は、王子様が気に入ることただ一つでした。だからこの舞踏会には、正装をしていれば身分上下に関わりなく、誰でも参加することができました。シンデレラの家にも、招待状が届きます。
 しかしあの母と姉たちです。もちろんシンデレラを舞踏会に連れて行く気などありません。いや、そもそもそんな考え自体が頭に浮かびませんでした。招待状が届くと、いそいそと、三人は舞踏会でするおしゃれの準備を始めました。シンデレラは、三人にとって最早ただの家政婦でした。シンデレラはもちろん舞踏会に行ってみたいと思っていましたが、悲劇のヒロインである彼女には無理な相談です。お城の舞踏会なんて自分とは別世界の話だとあきらめるしかありません。
 舞踏会が日一日と近づく中、例の五人は、今日も集まって酒を飲んでは愚痴っていました。話題は、舞踏会のことにもなります。
「舞踏会なんてやったってねえ、結婚相手が見つかるとは思えないけどねえ。見つかったとしても、結局それは見た目がきれいなだけでしょ。」
「外見がすべてってわけよね。やってられないわよ。誰でも参加していいっていったって、最終的には金持ち貴族の浪費の成果のファッションショーでしょう? くだらないわあ。」
「あら、センスのよさや財産量も立派な結婚判断基準だとあたくしは思いますのよ。けれど、自分に合っていないドレスを、ただ値が張るというだけで身にまとうのはいただけませんわね。見ていて不愉快この上ありませんのよ。」
「それを言ったら、馬車にへんてこな飾りをつけるのもわしは気に入らん。無駄に飾って馬車を重くするから、馬がすぐに疲れてしまうのだ。近頃の奴らは見てくれを飾れば立派だと思いおって。なっておらん。大事なのは中身だ、つくりだ。」
 みんな好き勝手言っています。酒が入っていると、人間言いたい放題になるようです。そこが面白いときもあるのですが。
 ふと、今まで黙って他の四人の愚痴を聞いていた青年が、口を開きました。
「前に、シンデレラという娘のことを話してくれた人がいましたよね。彼女は舞踏会に行けるのでしょうか。」
 すると、元女中の一人が答えました。
「いいえ、まさか。シンデレラを連れて歩いたら、他の女はみんなただの引き立て役になってしまうのよ。家で留守番に決まっているわ。」
 その後はまた自分をお払い箱にしてしまったシンデレラたちへの恨み言が続きました。その間、青年は何事かを考え込んでいました。
「何故いきなりシンデレラの話なんてなさったのかしら。シンデレラが舞踏会に行こうと行くまいと、あたくしたちには関係ありませんのに。」
 元ファッションデザイナーの女性が聞きました。
「実はですね、僕たちで力を合わせて、彼女を舞踏会に行かせてやったらどうかと思うのです。」
 青年の提案に、一同は驚きました。
「どうしてわしらがそんなことをする必要があるのかね。」
「そうよそうよ。あんな子、放っておけばいいのよ。」
「まあ、聞いて下さいよ。情けは人のためならず、これは僕たち自身のために言っているのです。話によると、シンデレラは絶世の美女だそうですね。ならば、舞踏会に連れて行けば、必ず誰か殿方の目に留まる。貴族や上流階級との結婚の可能性があります。もう、家で引きこもって家事にいそしむことはなくなるのです。もし僕らのおかげで彼女が今の生活から抜け出せたとすれば、僕らは彼女の恩人です。何かそれなりの報酬を期待できるでしょう。どうです、どうせこのままいったら、僕らは職に就けないまま、貯金がつきて野垂れ死にです。シンデレラに賭けてみませんか。」
 青年の話を聞いて、一同は悩みました。うまくいけば金にありつくことができそうです。しかし、シンデレラを舞踏会に行かせるというと、準備にそれなりのお金がかかります。おそらく、現在の五人の有り金を合わせてやっとでしょう。失敗すれば、その日から文無しです。
「どうでしょう、先ほどみなさんがおっしゃっていた通り、舞踏会なんて見てくれがすべてです。僕自身、この容姿で誤解されたことがあると言いましたよね。今の世の中、外見だけで他人を判断する人が多いのです。嫉妬のあまり家に閉じ込められるほどの美女ならば、可能性は高いと思うのですが。」
 青年の熱い説得に、ついに他の四人は負けました。協力して、シンデレラを舞踏会に行かせてあげることにしたのです。
 そうと決まれば、ぼやぼやしていられません。元ファッションデザイナーは、シンデレラを陰から見て、彼女に似合うドレスのデザインを始めます。元馬車造りの老人は、壊れた古い馬車置き場に、直せば使えそうな馬車がないか、探しに行きます。元女中の二人は、ありったけのお金を持って、ドレスの生地やアクセサリーを買いに出掛けます。元御者の青年は、昔の仲間のところに、一日だけ馬を貸してくれるように頼みに行きます。
 そんなこんなで、ついに舞踏会当日になりました。シンデレラの継母と姉たちは、着飾って舞踏会に出掛けていきます。はっきりいって、似合わないことはなはだしい格好だったのですが。
 シンデレラだけが残されたのを見計らうと、五人は元女中の手引きでそっと家に忍びこみました。シンデレラは、ひとり長いすにもたれかかって泣いていました。
「ああ、わたしって、なんて不幸なのかしら。美しすぎるが故に、こんなぼろぼろの格好でぼろぼろの家に閉じ込められて一生を過ごすなんて……。せめて、新しいお母様とお姉さまたちがもう少し美しければ、わたしの美しさが目立ちすぎることもなかったでしょうに。程よい目立ち方をして、舞踏会に行って王子様の目にとまったでしょうに。ああ、わたしってなんて不幸な美女なのかしら。」
 シンデレラの泣き声を聞いて、元女中たちはちょっといらっときましたが、これも未来の幸せのためと我慢しました。元女中の一人が、シンデレラに優しく話しかけます。
「そうね、かわいそうなシンデレラ。あなたは、外の世界でもっと愛されるべき人よね。安心して、あたしたちがあなたを舞踏会に連れて行ってあげるわ。」
「本当に? なんて親切な方々なのかしら! 見ず知らずのわたしを舞踏会に連れて行ってくれるだなんて!」
 シンデレラは喜びました。どうも、元女中たちのことを覚えていないようです。そのことにも五人はいらっときましたが、体中の忍耐力を総動員して押さえました。しかし、いきなり家に上がりこんできた知らない人たちをこんな簡単に信じていいのでしょうかね。
 舞踏会までにはあまり時間がありません。五人は、大急ぎで準備を始めます。元女中と元ファッションデザイナーで縫ったドレスをシンデレラに着付けます。真っ白い、派手すぎず、地味すぎず、流行をおさえつつ個性のあるドレスです。シンデレラに良く似合いました。家に閉じ込められて伸び放題だった髪も、元女中たちでカットして、きれいにセットしてあげます。足元には、ガラスの靴です。
 シンデレラの着替えが終わると、今度は元女中です。何せ、五人ですべてをやらなければいけないのです。素早く男物の衣装に着替え、従僕に早変わりです。外では、元馬車造りの老人がかっぱらってきて直した古い馬車があります。古いところが、むしろ伝統を感じさせます。そしてそこには馬が四頭つけられ、元お抱え御者の青年が、馬車の手綱をにぎっています。
 これで準備完了です。馬車は元御者と元女中二人とシンデレラを乗せて、夜のお城へと出発しました。残った二人は、本来この時間にシンデレラがやるべき家の仕事を片付けます。いたれりつくせりです。
 シンデレラがお城に着くと、それはもう大騒ぎでした。なんて美しい人だろうと、誰もが息をのみます。思わず楽団も手を止め、一時、お城は人々が息をのむ音しか聞こえませんでした。
 その沈黙を破ったのは、他ならぬ王子様でした。呆然としながらも、ゆっくりとシンデレラに近づき、手を差し伸べます。
「美しい人、どうか私と踊っていただけませんか。」
 この一言をきっかけに、楽団は音楽を再開しました。しかし、シンデレラと王子様の他には踊る人はいません。みな、黙って、うっとりと二人の踊りを見つめていました。
 シンデレラの姉たちもこの場にいましたが、まさかあの美女がシンデレラだとは思いません。世の中、上には上がいるのねと、ぼんやりと二人に見ほれていました。やはり舞踏会においては、美しさがすべてのようです。
 事件は、丁度十二時に起きました。
幸せそうに踊っていた王子様の目が、ある一点でとまったのです。そこは、シンデレラの手でした。シンデレラの手は、がさがさに荒れていたのです。何せ、シンデレラは、父を亡くしてからは、毎日毎日、炊事、洗濯、掃除、裁縫、なんだってシンデレラの仕事だったのです。そりゃあ、手も荒れるというものです。
 しかしそんな事情を知らない王子様にとっては、衝撃でした。何故こんなに美しい人が、手だけはこんなにひどいのだろうと。 シンデレラは、そんな王子様の視線に気づきました。そして途端に恥ずかしくなりました。所詮わたしは灰かぶり、こんなところで王子様と踊っていい女じゃないのよ、と、悲劇のヒロイン再びです。
 十二時の鐘が鳴ったのを契機に、シンデレラは、王子様の手を振り払い、わっとお城を飛び出しました。驚いたのは、馬車で待っていた元女中たちです。シンデレラに事情を聞いても、ただ家に帰してくれと泣き喚くだけで、答えてくれません。仕方なく、元お抱え御者の青年は、シンデレラの家に馬車で帰りました。
 家に帰ると、一人してくれと言い残して、シンデレラは五人を家から追い出してしまいました。話しかけても、聞こえてくるのは泣き声ばかりです。どうやら作戦は失敗したようだと、五人はすごすごと引き上げていきました。もう、本当に一文無しなのです。これからのことを思うと、愚痴を言う気力も起きませんでした。
 しかし、奇跡というのはあるようです。
 翌日、なんと、王子様みずから、舞踏会の美女を探して回ったのです。手がかりは、ガラスの靴。シンデレラはお城を飛び出したとき、勢いあまって、靴を片方落としてきてしまっていたのです。おっちょこちょいな娘です。
 けれど、そのおかげで王子様はシンデレラを探し当てることができました。このガラスの靴がぴったり合い、そして靴のもう片方を持っている娘を求めて方々の家を回ったところ、この灰かぶり娘にいきついたのです。
 そこで王子様はシンデレラの境遇を知り、手荒れの真相も知り、彼女と結婚することに決めました。王子様は、美しさだけでなく、悲劇性にも弱かったようです。
 王子様と結婚してお城で暮らすようになったシンデレラには、五人の専属の召使ができました。あの、シンデレラを舞踏会に連れて行くのに尽力した五人です。
 家に閉じ込められていたシンデレラが、何故あの夜舞踏会に行くことができたのか、王子様は疑問でした。なかなかするどい王子様です。そしてシンデレラに直接事情を聞いてみたところ、五人の親切な人が助けてくれたというのです。
 これを聞いた王子様は、彼らのおかげで自分はよき妻を得たのだからと、その五人を探し出して、望みのものを与えることにしました。
 彼らを見つけるのは簡単なことでした。何せ、始めから報酬が目的だったのですから、シンデレラの家にちゃっかりと五人の連絡先が残してあったのです。
 王子様に望みのものをと言われた五人は、これから代々、お城へ使えさせてもらうことを望みました。いつかはなくなるお金や没落するかもしれない貴族身分より、一生安泰、子孫も安泰の確実な仕事獲得を選んだのです。
 こうして、灰かぶりだったシンデレラも、毎晩安酒で愚痴を言い合っていた五人の老若男女も、いつまでも幸せに暮らしました。
 ちなみに、シンデレラの姉たちは、美女監禁罪ということで、国外追放という処分になったそうです。残ったシンデレラの家は、例の五人の提案で、シンデレラ歴史館兼美術館となりました。その収入は国の収入となり、おかげで国家財政が潤い、その国の税金を下げることに成功したようです。そしてますますシンデレラの人気は上がり、そのおかげでシンデレラ歴史館兼美術館の入場者が増え、国の収入が大きくなり、さらに国が豊かになったといいます。


めでたし、めでたし。     




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