桃・武勇伝


 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。おじいさんは毎日山へ芝刈りに、おばあさんは毎日川へ洗濯に行っています。元気な老人たちです。
 ある日おばあさんがいつものように川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が、どんぶらこどんぶらこと流れてきました。それを見たおばあさんは、なんて大きくておいしそうな桃かしらと思い、洗濯なんてやめて、すばらしい怪力で大きな桃をかついで家に帰りました。食い意地のはったおばあさんです。
 芝刈りから帰ってきたおじいさんも、この大きな桃を見ると喜んで早く食べようと言いました。そこで早速おばあさんは、大きな桃を真っ二つに切ろうと包丁を入れようとしました。
 するとどうでしょう。その桃の、真ん中辺りが光っているではありませんか。もしや桃の中には金銀財宝が……? なんて都合の良い想像がおじいさんとおばあさんの頭の中に浮かび、二人は慎重に桃を包丁で切りました。
 しかし桃の中から出てきたのは、なんとひとりの男の子の赤ん坊でした。すやすやと、気持ちよさそうに眠っています。危うく包丁で真っ二つにされるところだったというのに、のんきなものです。光っていたのはこの赤ん坊だったのでしょう。
 金目の物じゃなく得体の知れない赤ん坊だったのは残念でしたが、かといってこの子を放り出すわけにはいきません。一度拾ってしまったからには仕方がないと、おじいさんとおばあさんは食費や養育費のことを心配しつつも、この子を自分達で育てることに決めました。
 男の子は桃の中から出てきたので、「桃太郎」と名づけられました。安直な名前です。おそらく女の子だったのなら「桃子」と名づけられたのでしょう。
 やがて年月が経ち、赤ん坊だった桃太郎は少年になりました。朝はおばあさんの代わりに川へ洗濯に行き、昼はおじいさんの代わりに山へ芝刈りに行くようになりました。おじいさんとおばあさんは大助かりだと喜んでいます。
 そんなある日、お城のお姫様が鬼が島の鬼にさらわれたという事件が起こりました。お城の人も、そうでない人も皆大慌てです。何人もの腕に覚えのあるお城の使いが、お姫様を助けるために鬼が島に向かいましたが、誰ひとりとして帰ってきませんでした。困ったお殿様は、お姫様を助けてくれたものにはほうびをとらせる、望むならばお姫様と結婚させてもよいという御触れをだしました。お姫様は、ちょうど桃太郎と同じくらいの歳の、たいそうかわいらしい女の子でした。
 鬼にさらわれたお姫様の話を聞き、桃太郎は自分も助けに行きたいと思いました。口では悪い鬼をほうっておくなんて正義の心が許さないと言ってはいましたが、本心はどうだかわかりません。
 おじいさんもおばあさんも、桃太郎が鬼退治に行くのを止めました。口では危ないからと言っていましたが、本心は家の労働力がいなくなるのが嫌だったからです。
 しかし結局若い桃太郎の堅い意志には勝てず、桃太郎は鬼が島に鬼退治に行くことになりました。
 出発の朝、おじいさんは桃太郎に立派な刀をくれました。何故こんな立派な刀をおじいさんが持っていたのか桃太郎は不思議に思いましたが、そこはおじいさんの好意を思い何も言いませんでした。そしておばあさんは、桃太郎にきび団子を作ってくれました。そのきび団子は、今まで見たこともないような美しい袋に入れられていました。桃太郎は驚きましたが、おばあさんの優しさを思い、黙っていました。本当は、尋ねて、盗みを働いたため、などという答えが返ってきたら嫌だなと思っていたからなのですが。
 さて、鬼退治に出発した桃太郎。最初のうちは意気込んでいましたが、鬼が島への道のりは長いもの、すぐに飽きてしまいました。その上、食料といえば出掛けにおばあさんからもらったきび団子だけ。不思議なことにこの団子、いくら食べても尽きることなく、また腐ることなく袋の中から出てくるのでした。しかし、いくら飢え死にの心配がないとはいえ、毎日毎日同じものばかりでは嫌にもなります。かといって少ない路銀を食費に使ってしまっては、この先の宿代や鬼が島へ渡る船代がなくなってしまいます。まさか今更おじいさんたちの元へ帰るわけにもいきません。
 どうしようかと思い悩んでいると、桃太郎の前に一匹の犬が現れました。白い、大きな犬です。犬が言いました。
「ねえ、旦那、何か食べるものを持ってやしませんかぃ。おいら、どうにも腹が減っちまって減っちまって。何かめぐんでくださいよ。」
 犬は哀れっぽい声でこういいながら、桃太郎の後ろをついて離れません。
「旦那のお腰の袋からいい匂いがするもんでさぁ。この匂いは団子じゃねぇですかぃ。おいら団子は大好物でねぇ。いや、何も全部くれとは言いやせんよ。一つ、たった一つでいいんでさぁ。ね、旦那、頼みやすよ。」
 こんなでかい犬にいつまでもつきまとわれてはかないません。桃太郎はしぶしぶきび団子をあげることにしました。
「仕方がない、一つくれてやるとしよう。しかしただあげるのも癪だな。おい、犬、お前は何か芸の一つでもできたりしないのか。」
 けち臭くも桃太郎がこう言うと、犬はちぎれんばかりに尻尾を振りながら答えました。
「旦那、よくぞ聞いてくれやした。おいらはこれといった芸はできやしませんが、芸なんかよりもっと旦那のお役に立つことをしてみせやしょう。おいらは根無し草の野良だから、どこまでだって旦那についていって、この背に旦那を乗せてやりやしょう。どんな山道だって、旦那を背負って走りやしょう。」
 犬の背に乗る……いい加減で足腰の疲れのたまっていた桃太郎には、なかなか魅力的な話に思えました。怠慢な男です。
「よし、いいだろう。それではきび団子を一つといわず、いくらでもやろうではないか。」
 こうして、犬が一匹、桃太郎のお供になりました。
 犬のおかげで楽に道中を進んだ桃太郎、しかし相変わらず食料といえばきび団子だけ。どうしたものかと思っていると、今度は桃太郎の前に一匹の猿が現れました。茶色い、目のくりくりした、小さな猿です。猿が言いました。
「そこのお侍さん、お腰にいいものをつけていますね。きび団子ですね。どうかこの僕に一ついただけませんかね。僕はきび団子には目がないのですよ。」 「きび団子をくれてやるのはかまわないが、猿、お前は何か俺の役に立つことはできるのかい。」
 すると、猿は飛び跳ねながら答えました。
「お侍さん、よくぞ聞いてくれましたね。僕はこの通りなりは小さく、大した力はありませんよ。しかしですね、それを補うすばやさ、身軽さがあります。どうです、一つ、そこの木になっている柿の実でもとってきて見せましょうか。それとも、この先にあるブドウでもひとっ走りもいできて見せましょうか。」
 きび団子に飽きてきていた桃太郎にとって、これほど嬉しい申し出はありません。
「よし、いいだろう。それではきび団子を一つといわず、いくらでもやろうではないか。」
 こうして、猿が一匹、桃太郎のお供に加わりました。
 犬のおかげで道中の疲労は減り、猿のおかげで食事が潤った桃太郎、しかしまだまだ目指す鬼が島には着きません。そろそろ路銀が尽きようとしています。これは困ったと思っていると、今度は桃太郎の前に、一匹の雉が現れました。美しい色を持つ、細身の雉です。雉が言いました。
「ちょいとお兄さん、私、今とてもお腹がすいているの。少しでいいから、何かご馳走していただけないかしら。そこのお腰につけている、おいしそうなお団子なんてだめかしら。ひとつでいいのよ、ねえ。」
 二度あることは三度ある。今度も悩み事の解消に役立ってくれるのではと、桃太郎は言いました。
「雉よ、俺は今路銀がなくなりそうで困っている。お前は俺のきび団子が食べたいと思っている。どうだ、もしお前が俺に金を工面してくれるというのなら、きび団子を一つといわず、好きなだけ食べさせてあげよう。」
 桃太郎の言いように、雉は、大きく羽を広げながら答えました。
「お兄さんの言うことはもっともね。ちょっと質問してもいいかしら。好きなだけと言ったけれど、そのきび団子はあとどれくらいあるのかしら。」
 限りがあるのかわからないが、この団子は袋の中からいくらでも出てくるのだと桃太郎は雉に言いました。
「なら私は、お兄さんにお金を稼ぐ知恵をあげることにするわ。いいこと、次の村に着いたら、小さな空き家があるから、そこを貸してもらえるように交渉しなさいな。そしてそこで茶屋を開いてきび団子を売りなさい。いくらでも袋から出てくるのだから、売り上げはすべてお兄さんの利益になるでしょう。どうかしら。」
 雉の提案になるほどと桃太郎は思いました。
「よし、では早速次の村へ行き茶屋を開くとしよう。雉、約束どおり、お前にはそこで好きなだけきび団子を食わせてやろう。」
 こうして、雉が一匹、桃太郎のお供に加わりました。
 次の村に着いた桃太郎は、雉の言うとおりに茶屋を開き、そこはとても繁盛しました。何しろ桃太郎のきび団子はとてもおいしいのです。そしていくらでも袋から出てくるのですから、材料費も何もかからず、桃太郎はぼろ儲けでした。もちろん従業員は犬・猿・雉です。だから人件費もかかりません。なんて素晴らしい商売でしょう。
 そうこうしている内に月日は経ち、桃太郎はなかなかの財産を築き上げました。鬼が島に行って帰ってまた行って、それでもお釣りがくるくらいです。これだけあれば、何の心配もなく鬼退治に行くことができます。きび団子を売るだけの生活にも飽きた頃だし、桃太郎は鬼が島へ向けて再び出発することにしました。犬・猿・雉の三匹もついてきます。
 駕籠に乗ったり、船に乗ったり、豪華な宿に泊まったり、金の力でかなり楽な旅をして、桃太郎はついに目的の鬼が島へとたどり着きました。金の力は偉大です。
 そして見つけた鬼の住処。そこは大きな洞穴でした。一人と三匹は、無事生きて帰れるかと思いながらも、勇敢にも洞穴に足を踏み入れました。すると、中からどやどやと大勢の鬼が迎え撃ちに出てきました。みな手に手に武器を持ち、体も桃太郎の倍近くありそうです。さすがにこれは金の力でどうにかなるとは思えません。桃太郎はおじいさんにもらった刀を抜き、犬・猿・雉の三匹も、懸命に戦いました。
 伊達に一人で鬼退治に行こうとしたわけではない桃太郎、次々に鬼を倒していきます。三匹のお供も大健闘です。やがてほとんどの鬼が地に倒れた頃、洞穴の奥から新たに一匹の鬼が現れました。先ほどまでの鬼よりさらに大きい鬼です。桃太郎たちは、さてはあれが親玉に違いないと思いました。他の鬼を押しのけて、桃太郎が親玉鬼に斬りかかろうとします。するとどうしたことでしょう、親玉鬼は、いきなり泣き始めたのです。わけがわかりません。
「ああ、なんということだ……。こんなところで会えるだなんて……わが息子よ!」
こう叫ぶと、なんと親玉鬼は桃太郎に駆け寄って抱きしめたのです。体格の違う桃太郎はさば折状態です。
「何……今なんと言った、息子だと?」
 苦しいながらも桃太郎は尋ねます。
「ああ、ああ、そうだとも! ずっと昔、俺は人間の娘と恋に落ち、息子が生まれた。しかし息子はどう見ても人間。母親である人間の娘も若くして死んでしまい、途方にくれた俺は大きな桃にまだ赤ん坊の息子を乗せて川に流した。こうすれば、誰か食い意地のはった人間の目に留まり、家に連れて行ってもらえるだろうと。そのとき、一緒にもたせておいたのが、今お前が持っている宝刀、そして腰につけている、いくらでもきび団子の出てくる錦の袋だ。どこかで幸せに生きてくれればいいと思っていたが、まさかこんな形で再会するだなんて!」
 鬼はさらに激しく、おいおい泣きました。その勢いで、桃太郎はさらに絞めつけられます。それに気づいた三匹が、慌てて桃太郎の下に駆けつけ、親玉鬼の腕をほどこうとします。これでやっと桃太郎は鬼から解放されました。
「私が桃から生まれたことは聞いて知っていましたが、まさか鬼の子だったとは……。本当の親が見つかったと喜ぶべきなのだろうか。しかし今は姫をさらった悪い鬼と、それを退治しにきた格好の良い正義の味方。実の親を斬るわけにはいかない、しかし悪を見逃すわけにもいかない。私は一体どうしたらよいのだ。」
 桃太郎は悩みました。犬も、猿も、雉も悩みました。鬼の息子である桃太郎に味方するべきかどうかという悩みです。
 すると、奥から女の子の笑い声が聞こえて気ました。桃太郎と同じ年くらいの、かわいらしい笑い声です。
「げ……来た!」
 鬼たちのひとりが、嫌そうに言いました。奥から現れたのは、予想通り、桃太郎と同じ年くらいの、かわいらしい女の子です。そう、例のさらわれたお姫様です。
「あなたが今回鬼退治に来た人?」
 お姫様は桃太郎を見ると、かわいらしく小首をかしげて尋ねました。
「ええ、そうです。そのつもりだったのですが……。」
 やめようか悩んでいる、という桃太郎の返事を最後まで聞かず、お姫様は跳びあがって喜びました。
「まあ、素敵! こんなに若くてこぎれいな人、初めて! あたし、この人に決めたわ!」
 ひとりではしゃぎまわっています。桃太郎には何がなにやらわかりません。一体何を決めたというのでしょう。
「実はですね、若……。」
 鬼たちが寄ってきて、桃太郎に説明しました。若というのは、おそらく親玉鬼の息子ということだからでしょう。
 鬼たちの説明によるとこうです。亡くなった恋人の形見の品を抱き、彼女を思い出して泣いていた親玉鬼、そこへ通りかかった、お城を抜け出したばかりのお姫様。何を持っているのとお姫様に聞かれ、とても大事なものだと鬼が答えると、なんとお姫様は形見の品をさっと盗り、すばやくどこかへ逃げてしまったというのです。驚いたのは親玉鬼。慌ててお姫様を追ったものの、すばしこいのでなかなか捕まらない。やっと見つけて捕まえたときには、形見の品はどこかへ隠された後。必死に返してくれと頼むも聞く耳なし。ならば脅してみようとすれば、あたしに何かしたら盗ったものは絶対返さないと開き直る始末。途方にくれ、とりあえず住処である鬼が島には連れてきたものの、おかげで国中鬼退治の大騒ぎ。お姫様を返すわけにはいかず、またお姫様も、お城より、ここで鬼の困る顔を見ているほうが楽しいわ、返り討ちにしなさい、などと鬼より鬼のような発言をして、やってきた連中を仕方なく返り討ちにしてきた鬼たち。その内お姫様との結婚を許すなどというお触れまで出たものだから、さあ大変。お姫様は美形じゃなければ結婚なんて嫌、あんな奴らやってきても反対にやっつけちゃってよ、とわがまま放題。いい加減返したい、しかしその前に返して欲しい。そんなときにやってきたのが桃太郎だったというのです。
 お姫様は、嬉しそうに桃太郎を見て言いました。
「今までここに来て、あたしと結婚したいって言った人たちはね、みんなムサイし弱いし暑苦しいのばかりだったのよ。そんな奴らとこのあたしが結婚だなんて、考えられる? ありえないでしょう? でもね、あたし、あなたとなら結婚してもいいわ。外見はまああたしとつりあうし、いくらか強いみたいだしね。」
 すると、とんでもないとばかりに親玉鬼が言いました。
「結婚だと? やめてくれ、そいつは俺の息子なんだ!」
 これを聞いて、お姫様は手を打って喜びました。
「あら、そうなの? じゃあ、ちょうどいいじゃない。この人があたしと結婚すれば、あの形見の品はあたしのお義母さまの形見、あたしが持っていても何も問題なくなるわね。よし、そうと決まればこんな所、さっさとおさらばよ。いきましょう、あなた。」
 そしていそいそと桃太郎の手を引いて洞穴の外へと歩き出したのでした。なんともわがままなお姫様です。しかしそんなお姫様に引きずられながらも、これで実の父を討つことなくお姫様を取り返せたし、どうやら自分はお姫様と結婚できるようだからよしとするかと桃太郎は思っていました。いわゆる逆玉ですな。
 お城に着くと、お姫様は、桃太郎がいかに勇敢に戦ったか、そしていかに自分が桃太郎のことを気に入ったかをお殿様に説きました。そして桃太郎自身もお殿様に自分を売り込み、二人はとうとう結婚することになりました。
 さて残された鬼たち。今度は親玉鬼の息子の桃太郎が人質にされたようなものです。ただもう全員、力なくその場に座り込み、その後は鬼が島から一歩も出ることなくひっそりと暮らしていきました。哀れなものです。
 犬・猿・雉はというと、三匹は桃太郎のお供ですから、もちろんお城まで桃太郎についていきます。いえ、お城に着いてからも桃太郎についていきます。そしてお姫様と結婚してやがて殿様となった桃太郎のおかげで、甘い汁を吸って楽しく過ごしたそうです。
 桃太郎を拾って育てたおじいさんとおばあさんはというと。桃太郎がお姫様を助けて、その後殿様になったことは風のうわさで知ったものの、本人からはなんの音沙汰もないことに腹を立てていました。しかしそんなある日、おじいさんが光る竹を見つけて、これは黄金に違いないとその竹を切ったところ、今度はかわいらしい女の子が中に入っておりました。そしてその子をめぐってなんやかやと一騒動あったそうですが、それはまた別なお話。



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