時間の話


 昔々のお話です。
 ある王国に、王様とお妃様がいました。王様はとても時間にいい加減な方で、いつも大事な会議に遅れてきては、臣下を困らせていました。反対にお妃様は、時間にとても厳しい方で、いつも首から大きな時計をさげて、時間についてあれこれ人々に文句を言っていました。このためふたりは大変仲が悪く、王様の遅刻が原因で喧嘩ばかりしていました。
 その内、ふたりの間に、かわいらしい男の子の赤ん坊が生まれました。未来のこの国の王様です。王様とお妃様は、男の子のためにも仲良くすることにしました。王国は、とても平和でした。
 しかし男の子が少し大きくなって自分の足で歩き始めた頃、大変なことが起こりました。王様がお亡くなりになったのです。お妃様は悲しみました。王国の人々も悲しみました。男の子も、王様の死の意味はわかりませんでしたが、周りにつられて悲しみました。
 どれほどの時間が経ったでしょう。王様が亡くなったからといっていつまでも悲しんでばかりいられないと、お妃様は思いました。王様が亡くなってしまった今、王国はお妃様と男の子とで治めなければいけないのです。
お妃様は思いました。王様はとても時間にいい加減な方でした。そのせいで、人々を困らせることがありました。これからは、そんなことがないようにしなければいけません。お妃様は男の子を厳しくしつけ、時間に正確に行動するよう教え込もうとしました。
 それから男の子は、あのお妃様がいつも首からさげていた大きな時計を小さな自分の首にぶらさげ、その時計の時間どおりに生活しました。朝は六時きっかりに起き、食事の時間は三十分間、お手洗いも決められた時間にしかいけません。男の子はそんな生活が嫌になり、ある日とうとう泣きだしてしまいました。すると、お妃様が怒って言いました。
「今は泣く時間じゃありません、微笑む時間です。」
 どれほどの時間が経ったでしょう。男の子はすっかり大きくなり、王様になりました。首には、すっかり小さくなってしまったように見える、あの大きな時計をいつもさげています。王様になった男の子は、その時計の時間どおりに生活していました。朝は六時きっかりに起き、食事の時間は三十分間、お手洗いも決められた時間にしかいけません。王様が大事な会議に一秒でも遅れてくることがないので、王国はとても平和でした。
 しかしそれだけではありませんでした。王様になった男の子にならって、王国の人々も首から時計をさげ、時間に正確に行動しなければいけませんでした。朝は六時きっかりに起き、食事の時間は三十分間、お手洗いの時間も決まっています。すべては、お妃様の思うとおりになりました。お妃様は毎日決まった時間だけ自分のお部屋から国を見渡すと、すべてが自分の望んだとおりに正確に動いているのを見て、満足そうに微笑んでいました。
 やがてお妃様も年をとり、お亡くなりになってしまいました。王国の人々はみんな悲しみました。ただひとり、王様になった男の子だけは悲しみませんでした。
 王様になった男の子は、お妃様がお亡くなりになるとすぐに、国中に命令をだしました。この国のすべての時計を焼いてしまえ、という命令です。お妃様の亡くなった今、王様になった男の子は、もう時計に縛られた生活をする必要はなくなったのです。すぐに国中の時計という時計が広場に集められ、火をつけられました。その中には、お妃様が王様になった男の子にあたえたあの大きな時計もありました。
 すっかり時計がなくなった後、王国は大変なことになりました。なにしろ、今まで生活のすべての基準だった時計がなくなったのです。国は混乱しました。人々は、いつ起きればいいのかわかりません。自分がどれだけ食事をしたのかわかりません。今お手洗いにいっていいのかもわかりません。恋人たちは待ち合わせができずすれ違い、学校では先生が授業を終わらせる時間がわからすいつまでも講義を続けています。そして王様になった男の子はというと、朝はのんびりと起き、何時間でも食べ続け、いつでも好きなときにお手洗いにいきました。大事な会議にも、まったく顔を出しません。
 ある人が、王様になった男の子に、もうすぐ会議の時間ですからいらっしゃってください、というと、王様になった男の子は言いました。
「私は今、読書の時間なのだ。しばらく終わりそうにない。君にとっての『もうすぐ』は私にとっての『ずっと後』なのだよ。それまで待ちなさい。」
 そして王様になった男の子は、日が暮れてベッドに入るまで、読書を続けました。人々は困ってしまいました。
 どれほどの時間が経ったでしょうか。ある日王様になった男の子は、自分のお部屋にいとこを招いて、チェスを楽しんでいました。王様になった男の子は、なかなか勝てませんでした。
 何度目かのチェックの時です。王様になった男の子のいとこがいいました。そろそろ終わりにしましょう、と。王様になった男の子は言いました。いや、まだ私にとってのチェスの時間は終わっていない、と。すると、王様になった男の子のいとこは今度はこう言いました。
「いいえ、終わらせるのは、この国にとっての『あなたが王様の時間』です。」
 王様になった男の子は、この言葉を聞き終わると、床に倒れました。その後ろには、赤く染まった剣を持った剣士がひとり立っていました。
 次の日、新しい王様が国中に命令をだしました。新しい王様とは、王様になった男の子のいとこです。新しい王様の命令によって、王国に新しく時計がつくられました。けれど、誰も時計を首からさげてはいません。みんなが六時きっかりに起きることも、いつも同じ時間だけ食事をすることも、お手洗いに決まった時間にいくこともありません。そして恋人たちがすれ違うことも、授業が終わらないことももちろんありません。会議も時間どおりに始められます。王国は、とても平和になりました。



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