注意! 本作品には、わずかながら、流血描写が含まれます。
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   石燈籠


 ああ、旦那、いいところにいなすった。
 え?
 そんな青っちろい顔して、どうしたって?
 まるで死人みたいだ?
 そりゃもう旦那、そいつがまさに、あっしの言いてえことでして。
 ちょいとお時間いただけますかい。
 なに、あっしのことですから、たとい旦那が借金取りに追われて走っていようとも、産気づいた女房の元に急いでいようとも、話してえことは話すに決まっておりやすがね。へへ。
 こいつはね、ついさっきの話なんですがね。
 あっしはぶらぶらと、神社の前を歩いておりやした。
 ほら、あの、ケチくさい神主のいるところですよ。
 あそこの前をね、酒を飲んで、いーい気持ちで歩いてたわけでやんすよ。
 そしたらですよ、今宵のあっしは、ちょいと酒が入りすぎていたようでやんしてね。
 神社の石段の前の、なんていいやしたかね、ほら、あのおっかねえ顔した犬みてえな奴。
 そうそう、狛犬でさあ。
 さすがは旦那、よく存じていらっしゃる。
 その狛犬にですね、あっしはぶつかっちまいやしてね。
 なに、旦那、ここは笑うところじゃねえんでやんすよ。
 それはもう、いてえのなんの。
 こんなにいてえ思いをしたのは、女房の奴に借金がばれて、六尺棒で頭をしこたま殴られたとき以来ってえなもんでさあ。
 それで終わればまだよかったんですがね。
 なにせね、ぶつかったのが、あっしのでこと狛犬のでことでしね。
 あっしはでこをおさえて、痛みに目を閉じて、あたりかまわずのたうちまわっていたわけでござんすよ。
 そしたらね、そのうち、あっしはなにかぬるりとしたものを踏んじまいやしてね。
 そのときは、狛犬の奴のせいで、あっしは痛みに気をとられていた次第でしたからね。
 夜ってえこともあり、なにを踏んじまったのかわからねえが、とにかくあっしは、そのぬるりとしたものに足を取られ、そのままごてんと、仰向けにぶっ倒れちまったわけなんでさあ。
 ええ、ええ、そうですとも。
 旦那のおっしゃるとおり、後ろのどたまからごてんとでさあ。
 でこがいてえんだか後ろ頭がいてえんだか、わけのわからねえうちに、あっしは気を失っちまいやしてね。
 気がついたときには、辺りはうっすら明るくなっていやした。
 ああ、こいつはいけねえ、夜が明けちまう。
 早く帰らねえと、また女房得意の六尺棒だと、慌てて飛び起きたあっしなんですがね。
 そのとき初めて、あっしの隣に、もう一人いやがることに気づいたんですよ。
 そいつあね、赤い着物を着ていやしてね、往来の真中に、大の字になって、ぐったりと横になっていたんでやんすよ。
 さてはこいつも、あっしと同じ、狛犬の奴めのせいで、ここでおねんねしちまっているんだろうと思ったんですがね。
 どうも様子がおかしい。
 顔色はいやに青っちろいし、赤い着物も、まるで風呂敷でも羽織っているように、びらびらとてんでな方向に広がっていやがる。
 おいおめえさん大丈夫でえじょうぶかと、あっしはそいつを揺らしにかかったんでさあ。
 そしたらね、旦那、そいつの赤い着物は、着物なんかじゃなかったんでやんすよ。
 そう、やっぱり旦那はすげえや。
 おっしゃるとおり、あけえのは着物なんかじゃなくて、血だったんでさあ。
 そいつは、左肩から右腰にかけて、こう、袈裟がけにばっさりやられておりやしてね。
 そこからあふれ出た血が、まるで着物のように見えていたってわけなんでさあ。
 さっきあっしが足を取られたぬるりとしたやつの正体も、こいつの血だったってわけでやんすね。
 おどれえたのなんのって。
 あっしは腰を抜かしちまいましてね。
 しばらく恐怖で口をぱくぱくさせていたんでさあ。
 そしたらですよ、少し先から、なにやら話し声が近づいてきやしてね。
 いけねえ、このままじゃあ、あっしが下手人だと思われちまう。
 刀もぶらさげてねえっていうのに、あっしはとっさにそう思っちまいましてね。
 逃げろ逃げろと頭の中の声は言ってるんでやんすが、どうにも足に力が入らず、あっしはその場にへたりこんだまま、話し声の主どもが来るのを待つしかなかったんでござんすよ。
 本当の下手人めが隠したのか、仏さんのいたところは、うまい具合に石燈籠の陰になっていやしてね。
 もちろん、その横で情けなくも立ち上がれねえあっしも同じ次第でさあ。
 近づいてくる奴らの声は聞こえど、姿は石燈籠に隠れて、中々見えてきやせんでした。
 しめた、こいつあこのまま、気づかれることなく通り過ぎちまうかもしれねえぞ。
 あっしは思いやしたね。
 なに、今に思い返してみれば、誰かに発見されて、助け起こしてもらうことを期待するところではあるんですがね。
 とにかくそのときのあっしは動転していやしたからね。
 人に見られねえほうがいいって思っちまったんでさあ。
 ところが、世の中そううまくはいかねえもんでして。
 そいつらはなんと、石燈籠をぐるりと回って、あっしの前に姿を現したんでさあ。
 ねえ旦那、誰が来たか、わかりやすかい?
 いくら旦那でも、これはわからねえでござんしょ。
 へなへなと座り込んでいたあっしの前に現れたのは、なんともなんと、あっしの横で血まみれになっている男だったんでさあ。
 おどれえたのなんのって。
 あっしは何度も何度も、阿保みてえに、今やって来た男と、横に転がっている男とを見比べたんでやんすが、そっくりもそっくり。
 いやいやこいつは兄弟かなんかだろうと、考えもしたんですがね、それにしたって、瓜二つ。
 なんてったってね、そいつあ、ばっさり斬られた傷跡も、生気のない青っちろい顔も、そっくりそのままだったもんでしてね。
 違いといやあ、傷口から血がだらだらと流れ出てねえことくらいのもんでさあ。
 こいつあ噂に聞く幽霊にちげえねえ。
 あっしはそりゃもう、芯から震えあがっちまってね。
 悲鳴を上げようにも、のどがからっからで、まったく声も出ねえのよ。
 信じられますかい?
 このあっしがですぜ?
 だけども、本当におどれえたのは、そいつの後ろにいた奴らでさあ。
 あれを、一人、二人と言っていいのかわかりやせんが、とにかくそこには二人いやしてね。
 あっしもそう背のたけえほうではねえんですが、そいつらは異様に低くてですね。
 後ろから見ていたら、ガキが二人としか思えねえほどの背丈だったんでやんすよ。
 しかもそいつら、でっけえどんぐりみてえな目えしてやがってですね、気味が悪いったらありゃしなかったんでさあ。
 だけど、その目つきといったら、到底ガキとは思えねえほどするでえんでね。
 まあ、それだけなら、あっしもそこまでたまげりゃしやせんよ。
 異様だったのは、そいつらの着ている着物でさあ。
 あっしも色んなところを遊び歩いちゃいやすがね、あんな着物、これまで見たことどころか聞いたこともねえってもんで。
 石みてえに鈍い色一色の着物なんでやんすがね、それがこう、体に沿ってぴったりとくっついてやがんでさあ。
 手の先も、足の先もですぜ。
 そんでもって、頭全体を、同じ色の手ぬぐいで巻いていやがりましてね。
 いや、あいつは、手ぬぐいじゃあねえな。
 なんつうか、尼寺のばばあどもが、剃った頭を隠していやがるやつにそっくりでやんしたね。
 そんなわけで、そいつらの体であっしの見ることのできる部分といったら、嘘みてえにでっけえ目ん玉だけだったんでやんすよ。
 あっしがもう、なにがなんだかわけがわからねえでいやしたらですね、幽霊男が、あっしに話しかけてきやがりやしてね。
 言うにことかいて、やっこさん、あっしを仲間だと言いやがりますんでえ。
 やっこさんの話によりやすとね、やっこさんは、医者の修行中の身だったとかなんですがね。
 たまには気分転換にと飲んだ酒の帰りに、行きずりの男と喧嘩になりやしてね。
 そいつあ武士かなんだったのか、やっこさん、ばっさり斬られっちまったそうなんでさあ。
 そんで今は、仏さんってわけで、要するに、あっしの読み通り、幽霊だったってわけなんでやんすよ。
 ここまではあっしにだってわかりやしたよ。
 けれど、その先がいけねえ。
 やっこさん、あっしももう死んじまってるって言うんでさあ。
 馬鹿言うんじゃねえやい。
 この通り、あっしはぴんぴんしてやがらあ。
 いくら相手が幽霊だろうと、あっしも頭にきやしてね。
 殴りかかってやろうと思ったんでやんすよ。
 なに、幽霊だから、殴れねえんじゃねかって?
 そいつあ確かに一理ありやすがね。
 そのときのあっしは、とにかくかあっとなって、一発どつかないことにゃあ気が済みやせんでね。
 ですがね、あっしは気づいちまったんですよ。
 あっしはそれまで、へたりこんだままやっこさんの話を聞いてたんですがね。
 幽霊呼ばわりに腹が立って、ぐあっと立ちあがって、勢いそのまま、やっこさんをぶん殴ってやろうと思っていたんですよ。
 それが、立ちあがった瞬間に、あっしは動きを止めっちまった。
 だってね、旦那。
 立ちあがったはずのあっしの足元に、あっしがごろんと転がっていたんですよ。
 あっしはあんぐりと口を開けて、間抜け面下げて、同じように間抜け面で横たわるあっしを見つめちまいやしたね。
 そしたら幽霊男、ほら自分の言った通りだと手を叩くわけでござんすよ。
 すっ転んで頭を打った拍子に、お陀仏になっちまったんだってね。
 それからやっこさん、転がっているほうのあっしの胸に手を置きやしてね。
 うん、確かに心臓が止まっている。
 心臓が止まっているからには、あっしは死んでいると言うんでさあ。
 その後やっこさん、あっしの手をとりましてね。
 いや驚き。
 さっき旦那は、幽霊には触れねえんじゃねえかと言いやしたがね、幽霊同士にはそんなの関係ねえみたいでさあ。
 といっても、やっこさんの手は恐ろしいぐれえ冷たかったわけなんですがねえ。
 それで、やっこさん、握ったあっしの手を、そのまま横たわっているあっしの胸の上に持っていったんでやんすよ。
 あっしも自分で触って、心の臓の動いていねえことを確かめろってねい。
 自分に触るなんて妙な気持でやんしたが、やっぱりあっしの心の臓は止まっていやした。
 それに、さっき触れたやっこさんの手と同じ、ぞっとするほど冷てえ感触だったんでさあ。
 青っちろい顔も、とても元気がいいとは言えやしねえ。
 こいつあ本当に死んじまったんだなと、しみじみしやしたね。
 しばらくぼんやりと自分の死体を眺めていやした。
 やがてやっこさん、あっしの肩にぽんと手を置きやしてね。
 さっきと変わらず、冷たい手でござんした。
 やっこさんの言うことには、あっしら死人は、例の石みてえな着物の奴らについていくのがいいってことなんでえ。
 やっこさんは、そいつらについていくところだったらしいんですがね、あっしも仲間入りしたことに気づいて、どうせなら一緒に行こうと誘いに来てくれたって言うんでやんすよ。
 ははあ、さてはこいつらは、極楽か、はたまた地獄からの使いというわけか。
 あっしはね、生まれてこの方、一向、良いことをした記憶がございやせん。
 博打も打ったし借金もした。
 女房を泣かせたことも数知れず。
 そういやあ、酒代を誤魔化したこともあった。
 そんなあっしですぜ。
 絶対地獄からの使いにちげえねえとは思いやした。
 けれど、あっしだって、地獄になんか行きたかねえ。
 あっしより悪い奴らはごまんといるはずでさあ。
 ひょっとしたら、あっしなんて、まだかわいいものとして、極楽に行かせてもらえるかもわからねえ。
 あっしは思い切って、極楽か地獄、どちらからの使いかと聞いてみたんでやんすよ。
 そしたらそいつら、どちらでもねえと言いやがる。
 そんなはずはねえだろい。
 極楽にも地獄にも行けねえのなら、あっしは一体、どこに連れて行かれるっていうんでい。
 そう息まいたあっしに、幽霊仲間が説明をしてくれやしてね。
 なんでも、極楽だの地獄だのというのは、あっしらの勝手な想像で、そんなものはありはしねえんだということでさあ。
 じゃあそいつらは一体いってえなんなんだと。
 これも、医者くずれの幽霊が言うことなんですがね。
 そいつらは、チガウホシとやらから来た連中で、コノホシってえところの奴を、そのチガウホシに連れていくためにいるらしいってんでさあ。
 意味がわからねえって?
 勘弁してくだせえよ、旦那。
 あっしにだって、ちんぷんかんぷんってなもんでさあ、こんな話。
 コノホシってえのは、つまりはあっしらの住んでるところのことらしいんですがね。
 コノホシで死んだ奴らをチガウホシに連れていくのが、そいつらの仕事だって言うんでさあ。
 なんでだって聞いたら、とにかくそれが、昔からの決まりごとらしいんでやんすよ。
 コノホシの奴らは、生きている間は、そいつらのことは見えも聞こえも感じもしねえ。
 死んで初めて、自分を連れて行ってくれる連中に会えるっていうんでさあ。
 それで、やっこさんは、それに従うのかいって聞いたんですがね、どうもやっこさん、大乗り気らしいんでやんすよ。
 やっこさんが死んで、あっしと出会うまで、しばらく連中と話しこんでいたと言うんですがね。
 連中、医者の勉強をしていたやっこさんよりもよほどすごいことを知っているらしく、チガウホシに行けば、もっと色々なことを学べるって、目を輝かしてるんでさあ。
 あっしは生きている間、まともに教育なんて受けたためしがねえ。
 あっしもこいつらについて行けば、ちったあマシな頭になれるのかもしれねえ。
 そう思いやしてね、あっしもついていこうと決心したんでやんすよ。
 さて行くと決めたところで、どうやってチガウホシとやらに行くのか。
 あっしはちいとばかし楽しみになってきちまってやしてね。
 どうやって行くのかと連中に尋ねたところ、この先の川岸に、ウチュウセンとかいうものが停めてあって、それに乗って行くって言うんでさあ。
 ははあ、なるほど。
 船に乗って行くってえわけか。
 するってえと、こいつらは、話に聞く異人ってやつにちげえねえ。
 妙に感心しながら、あっしら幽霊二人、連中の後ろを川岸まで歩いて行ったんでやんすよ。
 道々、チガウホシとはどういうところか、想像話に花を咲かせながら。
 連中は、そんなあっしらの話を、黙って聞いているだけで、なんにも教えちゃくれやせんでしたがね。
 そのうち、川岸に着きましてね。
 あそこですよ、いつも祭りのたび、はしゃいだ子どもが落ちることで有名な。
 そこに、ウチュウセンはあったんでさあ。
 たまげたなんてもんじゃねえですよ。
 そいつらの船は、まるっとした形をしていやがって、それが全体、武士の刀もかくやってえほど、銀色に光り輝いていたんでさあ。
 その一ヶ所だけ、ぽつんと黒くなっていやしてね、ああ、ここが上り口だなとわかるわけなんでやんすよ。
 連中、ためらうことなく、そこへ入って行きやしてね。
 最後に片腕だけ出して、あっしらを手招きするわけでさあ。
 旦那も知っての通り、あっしは気が小せえところがありやすからね。
 いざ船に乗ろうとしたとき、足がすくんじまいやしてね。
 こんな変なものに乗ったら、あっしは一体いってえ、どうなっちまうんだろうってね。
 しかし、お医者先生ってえのは、肝の据わってるもんで。
 あっしがぶるぶる震えて情けねえ顔してるってえのに、意気揚々と、その暗い穴へと入って行きなすった。
 こいつあすげえ。あっしも負けていられねえぞって、ようやっと足が動き始めたときでやんした。
 ぎゃーっと、船の中から、先に入ったお医者先生の悲鳴が聞こえやしてね。
 それはもう、恐ろしい悲鳴でやんした。
 覚えていやすかい。
 三年前、お侍さまの刀にぶつかっちまっただとかで、手討ちにされた若造がおりやしたでしょう。
 あのときの若造の悲鳴、いやいや、それを見ていたやっこさんの許嫁の悲鳴よりも、さらに恐ろしい悲鳴だったんでさあ。
 悲鳴がおさまったかと思うと、また、例の腕が船の穴から伸びて、あっしを手招きし始めたんでやんすよ。
 なにが起こったかなんて、あっしには皆目見当もつきませんでしたがね。
 ただ、とにかく船に入っちゃいけねえってえのはわかったんで、無我夢中で逃げやした。
 さっきまで、足がぴくりとも動かなかったのが嘘のように、あっしは全力で走っていやした。
 あっしは幽霊のはずなのに、疲れるなんてことがあるんですかね。
 どこをどう通って来たのか、息が苦しくなってついに立ち止まったのは、あの神社のところでやんした。
 死体みてえに冷たい石燈籠の陰をのぞくと、あっしの死体と、さっき悲鳴をあげていた男の死体とが転がっておりやした。
 それを見たとき、あっしはもうどうにもならなくなって、泣きわめきながら、自分の死体にすがっちまったわけなんですよ。
 そのうち、気がついたら、辺りがすっかり明るくなっていやしてね。
 あっしは、すがっていた自分の死体から顔を上げて、ああ、朝になったんだなと思ったんでやんすよ。
 そのとき、妙な感じがしやしてね。
 体が水の中に沈んでいく感じというか、とにかく妙な感じでござんした。
 なんだ、と思ったのもつかの間。
 あっしの死体が、目の前から消えていやしてね。
 そんな阿保な、と思うでしょう。
 ですが、これが本当の話でしてね。
 あっしの死体が消えて、代わりに、視界いっぱいに空が見えたんでさあ。
 旦那、これがどういうことだかわかりやすかい?
 あっしはね、生き返ったんですよ。
 どういう理屈かはわかりやせんが、すっ転んでどたまを打って、仰向けに転がったまま死んじまったはずのあっしが、生きていたんですよ。
 その証拠に、あっしが自分の手でおさえたあっしの胸では、心の臓が確かに動いていやした。
 あっしが自分の手で触れたあっしの頬は、わずかにひんやりとはしていたものの、確かに温かいものでやんした。
 隣を見れば、あの医者くずれの死体がありやす。
 夢でも見たのかと思いやしたね。
 とにかく、あっしは生きている。
 薄情だとはわかってるんですがねえ、あっしは血の海に医者の死体を置いて、走りだしたんでさあ。
 なにがなんだかわからねえが、とにかくここから離れてえってんでね。
 もう、あんな思いはごめんでさあ。
 それでなんで、旦那にこんな話をしたかって?
 そりゃあ、こんな体験、黙っていられるようなあっしでねえことは、旦那が一番ご存じでしょう?
 あっしは誰より、しゃべることが好きでやんすからね。
 旦那を見つけたときは、しめたと思いやしたよ。
 旦那に話せば、ちったああっしも落ち着けるってね。
 ですがね、旦那。
 今回ばかりは、そういうわけにはいかないみたいでさあ。
 ねえ、旦那。
 さっきのあっしの体験が夢でねえとしたら、あっしは一度死んで生き返ったことになる。
 するってえと、なにか特殊な力にでも目覚めるもんなんですかねい?
 たとえば、今まで見えなかったものが見えるようになるとか。
 ええ、ええ、その通り、幽霊でさあ。
 さすがは旦那だ、話が早い。
 そこで、ちょっと聞いていいですかい?
 あっしもね、気づいたのが話の途中なんですがねい。
 旦那。
 旦那の足元に転がっている奴。
 旦那にそっくりですが、誰ですかい?



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photo by 少年残像