穴


 先月買ったばかりの本がなくなってしまった。
 特に私の部屋が汚いというわけでも、どこかで落としたわけでもない。部屋にあったはずのものがないのだ。
 なに、いつものことである。昔から、気がつくと何かなくなっている。鉛筆だったり、ノートだったり、ブローチだったり、リリアン編みの棒だったり。そういえば、捨てた記憶のないのに、着せ替え人形もどこかにいってしまった。さがしてもみつからない。
 しかし私はその理由を知っているから、慌てはしない。
 子どもの時に見たのだ。
 穴である。
 その穴はいきなり現れると、ひょいと近くのものをただひとつだけ引っ張りこみ、消えてしまうのだ。一度だけ、私は友人の腕時計が穴に引き込まれるのを見た。机の上にあったその腕時計は、手品みたいにすっと消えてしまった。
 別段、こわさは感じなかった。ただ、妙に納得した。ああ、こうなっていたのかと。
 そういえばこの間、道端で穴を見つけた小さな女の子がいた。その子は穴に手を突っ込んで、それきり消えてしまった。後日、幼児失踪事件にその子の写真がのっていた。
 あの子は、あの穴の中がどうなっているのか知っているだろう。今度私も、穴を見かけたら、手を入れてみるかな。
 おや、買ったばかりのピアスも見当たらない。
 穴は、まだその辺にいるのかな……。



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photo by Simple Life