箱庭 神様は退屈されていた。なんということはない日常。特に気にかける出来事もない。あくびが癖になってしまいそうだ。 そこで神様は、世界を創ることになさった。暇を持て余すのはよろしくない。何か趣味を持つべきなのだ。 初め、世界はただの円盤だった。神様は天を上に、地を下に創られた。植物を植え、大きな水たまりも創ってみられた。しかし、何か物足りない。神様は世界を一度壊し、考えにふけられた。 しばらくして神様は、今度は世界を球で創られた。球の中心から表面のものが引っ張られる造りにし、球の表面には、さっきと違って水たまりだけを配置された。適当に表面をつまんで、山なんかも創ってみたりもされた。大分、面白くなってきた。神様は水たまりの中に、生命の種をまかれた。 それからしばらく、神様は世界には手を出されなかった。放っておいて、どんな生物ができるのか、興味があった。また、世界の周りをどうするか、想像にふけってもいられた。 神様が久しぶりに世界を覗いてみられると、水たまりの中に、小さなものが動いていた。世界で初めての生物だ。神様は手を叩いて喜ばれた。それから観察していると、その生物はどんどん進化していった。その進化は多様だった。水の中を泳ぐもの、水底を徘徊するもの、一ヶ所に根を張るもの……。神様はその観察に熱中なされた。 やがて水中の生物のうち、陸に上がるものが現れた。しかし世界の周りにはまだ何も創られておらず、陸にあがっても真っ暗なままだった。生物は暗闇に怯えるように、水の中に戻っていった。 神様は、これはいけないとお考えになられた。そこで神様は、太陽を創られた。世界から適度に離れた位置にそれは創られ、一定の時間をかけて世界の周りを回るようになさった。 世界が明るくなると、少しずつ、陸にあがる生物が出てきた。それらは四つの足で地上を這いまわっていた。しかしただひとつの太陽は世界の周りを回っているので、いつも世界の半分は暗闇だった。暗い方の世界では、地上の生物は暗闇を恐れて、活動を止めてしまった。そこで神様はもうひとつ、月を創られた。これで少しは明るくなる。けれど神様は、暗い世界も何かに必要かもしれないと考えられ、月と太陽との回転周期をずらされ、世界に暗いときができるようになされた。その代わり、暗いところでは薄く光る星をいくつか浮かべ、完全なる闇をなくすようになされた。 太陽ができると、地上が明るくなると同時に、暑くなった。神様は時々風を吹かせてみたり、雨を降らせてみたりなさった。その間に、世界はいろんな生物を進化させていった。そろそろ頃合かなと、神様は地上に植物の種をまかれた。風や、雨や、太陽のおかげで、植物もまた色々に進化していった。 生物の中に空を飛ぶものが現れた頃、地上には主にある特定の種類の生物が生息し始めた。その生物達は牙があったり爪があったり角があったり首が長かったり足が速かったりとその特徴は様々だったが、硬い、厚い皮膚に覆われていることだけは共通していた。それらはまた卵を産み、育て、繁栄していた。 神様はこの様子に満足されていた。地上では特徴ある様々な生物が生まれ、生存競争をし、また新たな種が誕生していっていた。最初に生物の種をまいた水たまりの中にも、地上とは違うかたちの生物達が同じようなことを繰り広げていた。神様の創られた世界は順調に育っていた。 しかし地上が例のひとつの種類の生物に支配され始めると、世界の変化は減り始めた。単調な日々が続く。ふと神様はお考えになられて、山のひとつから熱い液体を流してみられた。その後の生物達の変化を心待ちにされた神様だったが、結局例の生物達のからだのつくりが頑丈になっただけで、生物の変化は終わった。 神様は、また退屈を感じられ始めた。何かもっと変化が欲しい。どうすればこの世界を、もっと変えていくことができるのだろうか。いい考えが浮かばない。 神様はため息をつかれた。 その途端、神様のため息が世界を覆い、地上の木々や生物をなぎ倒していった。神様はしまったと思われた。せっかくここまで育てた世界を、自分のため息の力で壊してしまわれたのだ。神様は後悔なされた。神様のため息の後、世界は、元のちょっと凹凸のある球に戻った。 その生物達の一部は、群れをつくり、集団で生活を始めた。新たに育った他の生物を狩ったり、植物の実をもいだりして、その生物達はどんどん勢力を拡大していった。 しかし太陽の光の届かないところでは、その生物達も、暗さと寒さに怯えていた。また、狩ってきた生物をそのまま食べ、体を壊して倒れるものもいた。次第に、その生物の個体数は減っていった。 神様は、これはいけないと思い、その生物たちにとっておきのものを与えることにした。の群れのうちのひとつに、赤々と燃える火を授けられたのだ。最初、生物達は見たことのない火を恐れていたが、やがてそれを活用するようになっていった。自然、それは他の群れにも広がり、やがて生物達の間で、それはなくてはならない、便利な道具となっていった。 その生物達は、自分達でも様々な道具を作り出し、植物を集めるだけでなく、育てるようにもなっていった。すると、集団の中で役割分担ができていき、やがて貧富の差が現れてきた。神様は、その様子を興味深く見守っていた。 生物達が賢くなるにつれて、使う道具も多様化し、他の群れとの衝突も起こってきた。それは時に、互いの群れを壊滅させるほどの激しい争いとなっていた。 神様は悩まれた。このままでは、この生物達は、自分達の力で滅びてしまうのではないかとお思いになられた。けれど、神様は、その内生物達も、争いをやめ、新たな進化を遂げるだろうと、信じることになされた。今はまだ、改革の時なのだ。 神様の思い通り、争いは収まり、群れ同士の間で交流がもたれるようになっていった。平和な時代。神様は満足されたが、同時に、安定した世界をつまらなく思われた。 けれどそれはつかの間のことだった。やがて群れは大きくなり、国となり、また争いが起こった。神様は、今度はどうなることかと、楽しみに見守り続けた。あまりひどいことになりそうなときは、時々そっと手をさしのべたりもしたが、大方は、放っておいてもいつかは平和が訪れた。 そんなことを繰り返す内に、自分達を人間と称するその生物達は、争いとは違うところへ目を向けるようになっていった。 ある者は、空を眺め、そこに浮かぶ星たちに思いをめぐらせた。星達は、毎夜同じところに輝いているのではなく、日々少しずつその位置を変えている。どころか、時間がたつと動いているものばかりである。大抵のものは同じように動いているが、中には、うねうねと昇ったり降りたりしているものもある。これはどういうことか。空が動いているから星も動く。そういわれているが、もしこの大地の方が動いているとしたら、その方がよっぽど簡単に、この現象を説明できるのではないか。 これをご覧になった神様は、なるほどと感心された。それまでは、神様の力で、太陽、月、星達を動かし、人間達のいる世界の方は、まったく動かすことをしなかった。それで、神様は毎日、とても苦労をなされていた。世界を動かしても今までと同じ現象になるというのなら、その方がよほど楽ではないか。 神様はその人間の考えを採用し、それからは世界のほうを動かすことにした。太陽と月だけは、暗闇を作る目的のために、少しだけ動かすことにされた。人間は、随分と賢くなってきている。神様は、随分楽になったと思われた。 ある者は、山の調査を始めた。時々、神様が噴火させていた山だ。その被害は絶大なときもあれば、ごくわずかに、熱い煙が吐き出されるだけのときもある。その周期や法則がわかれば、その麓に住む者達は、未然に被害を防ぐことができる。危険を承知で山の内部を調べれば、それがわかるかもしれない。 これには神様も慌てられた。今まで気まぐれに噴火させていただけなのだ。その中の構造など、微塵も考えておられなかった。山の中はただの土が詰まっているだけであり、とても噴火を起こすような構造にはなっていない。人間達は、その優れた道具で、どんどん山の中を掘り進んで行く。神様は今まで山をいじったときのことを思い出し、そこから急いで適当な法則を考え出された。もちろん、山の内部も、熱い溶岩を生み出しそうなものに造り替えられた。神様は、大分苦心なされた。 ある者は、生物について頭を悩ませていた。人間はどうして陸上では生きられて、水の中では生きられないのか。陸上の生物と、水中の生物の違いは何か。陸には水がない。代わりに何かがあるのか。あるに違いない。それによって人間は生かされているのではないだろうか。それは植物でなはいか。いや、太陽ではないか。それとも風か。仮説をたて、様々な薬品を使い、実験を繰り返していく。その影響で、辺りの自然は荒れ始めた。 特にこの理由を考えられていなかった神様、大慌てで、ご自分でも調査にかかられる。結果、陸上には酸素がたくさんあることがわかった。これを吸って、陸上の生物は生きているのだ。水中にも酸素はあるにはあるが、そのわずかな酸素を取り入れることは、陸上の生物達にはむりなようだった。もうひとつ、判明したことがあった。この酸素は、神様が世界を創られたときの残りかすで、もう少しで尽きようとしている。これは間一髪、と神様は、急ぎ酸素を大量に世界に送り込んだ。今後はこのようなことがないようにと、事後処理もお忘れにならない。人間達の実験をヒントに、植物達に酸素を製造できる葉緑体を取り付け、太陽の光でそれらが機能するようになされた。これで、この先も安心だ。 その後も人類は、他の生物達の進化の跡を調べたり、地下世界を探索しようとしたり、人間自身の体の中を分解しようとしたり、様々なことを行なった。それに合わせて、神様も、頭を悩ませ、手を加え、修正し、うまく世界のつじつまを合わせていかれた。 球形の世界に手を出し尽くすと、人間達は、その頭上にある空へと手を伸ばし始めた。大型天体望遠鏡を造り、遥か彼方の星の姿を捉えようとする。ロケットを発射し、他の惑星に送り込む。宇宙船を建造し、それに乗り込んでついには宇宙進出まで企み始めた。 人類の好奇心は、とどまるところを知らない。 神様は、ため息をつかれた ←けめ子 →call
photo by Simple Life
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