童話姫 昔々ある所に、ひとりの王様とお妃様がおりました。お妃様はとても美人でしたが、子どもがおりませんでした。 ある日、お妃様が窓辺で針仕事をなさっていた時のことです。お妃様の指に針が刺さり、血がうっすらとにじみました。ちょうど、雪の日のことでした。何故そんな寒い日に、えらいはずのお妃様が針仕事なんかをしていたかは疑問です。しかし人にはそれぞれ事情があるのでしょう。それはそれとして、お妃様は窓の外の雪に自分の血を一滴たらし、ため息をつきながら言われました。 「ああ、この窓枠の黒檀のように黒い髪をもち、この血のように赤い唇をもち、この雪のように白い肌をもつ子どもをもてたらどんなにいいか……。」 そのわがままな願いが叶ったのか、しばらくして、黒檀のように黒い髪、血のように赤い唇、雪のように白い肌をもった三つ子が生まれました。女の子の三つ子です。しかし悲しいことに、お妃様はその後すぐに亡くなってしまいました。王様は毎日泣きました。 しかしいつまでも悲しんでばかりはいられません。王様は子ども達のためにもと、新しいお妃様を迎えることにしました。隣の国からやって来たそのお妃様は、国一番の、いや、世界で一番の美人と評判でした。まったくぜいたく者の王様です。 数年後、前のお妃様の子ども達は、とても美しく成長しました。今では新しいお妃様――継母よりも綺麗だと、国中の人々が言っています。それが継母には面白くありません。継母は、この国に来る時に持ってきた魔法の鏡に向かって聞きました。 「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」 継母がまだ若い頃、この質問をされるたびに魔法の鏡はこう答えていました。 「はい、お妃様、それはもちろんあなたでございます。」 しかし三人の娘達が大きくなってきたこの頃は違いました。 「はい、お妃様、それはあなた様の三人の娘でございます。」 この答が、お妃様のお気に召すわけがありません。お姫様達は、日を追うごとに美しくなっていきます。お妃様のいらいらは、それにつれてひどくなっていきます。ナルシストには困ったものです。 ある日、ついにお妃様のお怒りは頂点に達し、お妃様は三人のお姫様をこの世から消してしまおうとお考えになりました。お妃様は見た目は美人でも、頭の方は単純だったようです。 お妃様は早速三人の殺し屋を雇うと、狩人に扮装させて、お姫様をひとりずつ森に連れ出し、殺してくるように命じました。しかし殺し屋は三人ともお姫様のあまりの美しさに、結局殺すことができず、事情を話してお姫様たちを森の奥に逃がしてしまいました。女の美しさに負けるなんて、よわっちい殺し屋どもです。 逃げたお姫様たちはどうしたかというと、それぞれがばらばらに逃げたわけですから、やはりばらばらの森の奥に逃げこみました。そして三人とも、運がいいのか、それぞれ小人の家を見つけて居着いてしまいました。ありえない偶然です。 心穏やかでないのは継母です。継母は魔法の鏡でお姫様たちの生存を知ると、怒り狂って、怪しげな毒薬を塗った真っ赤なリンゴを三個用意しました。毒薬が高すぎて手に入った量が少なかったので、ちょうどリンゴの半分だけに毒を塗りました。塗ったその部分はこの上なく赤く、おいしそうでした。これをお姫様たちに食べさせるつもりなのです。 さて、継母は、次に怪しげな魔法を使うと、たちまちおばあさんに姿を変えてしまいました。おばあさんの格好をすることで、お姫様たちの警戒心をなくそうという魂胆です。しかしそのよぼよぼの姿は、まるで継母の優しさや愛の足りない貧しい心を表わしているかのようです。 おばあさんに化けた継母は、まずは一番上のお姫様のところに行きました。手にしたバスケットには、たくさんのリンゴに混ざって、半分だけ毒薬を塗ったリンゴがひとつ入っています。 森の奥にある小人の小屋にたどり着くと、都合のいいことに、ちょうど小人は留守でした。お姫様がひとりで、小屋の中でお料理をしているのが窓から見えます。おばあさんに化けた継母は、小屋のドアを叩いて言いました。 「今日は、かわいいお嬢さん。おいしいリンゴがあるのだけれど、どうか一つ買ってくれないかね。」 この声を聞いたお姫様は、窓から顔だけ出して言いました。 「今日は、おばあさん。リンゴを一つもらおうかしら。」 しめたと継母は思いました。所詮は世間知らずの小娘です。これでまずひとり消したも同然です。おばあさんに化けた継母は、例のリンゴをお姫様に渡しました。すると、お姫様が言いました。 「でも、困ったことにわたし、お金を持っていないのよね。そうだわ、お金の代わりにこれを受け取って。」 お姫様が渡した物は、なんとお城から身につけてきたネックレスです。リンゴ一個どころの値段じゃありません。ちっっぽけな小人の小屋いっぱいにリンゴを詰めても、まだおつりがくるほどのシロモノです。 しかしそこは継母。物の価値を知らないお姫様に呆れつつも、ちゃっかり自分のふところにネックレスをしまいこみました。 「さあ、新鮮なうちにリンゴを食べておくれ。」 継母は、お姫様が毒リンゴを食べるところを見届けようと思って言いました。 「あら、おばあさん、このリンゴはアップルパイを作るために買ったのよ。ちょうど生地作りが終わったところだから、助かったわ。わたしったらうっかりしていて、リンゴを用意するのを忘れていたのよね。」 うっかり者のお姫様は、しかし料理の腕は見事なもので、丁寧にリンゴを洗うとあっと言う間に皮をむき、切り、甘く煮つめてしまいました。それを作っておいたパイ生地にのせると、オーブンに放りこみます。本当にお姫様なのかと疑うほど、鮮やかな手つきでした。 「よかったら、おばあさんも食べていきませんか。もうしばらくしたら小人さんも帰ってきますし、三人でお茶にしましょうよ。」 「いやいや、あたしゃ急ぐから、失礼するよ。」 そう言うと、おばあさんに化けた継母は、一目散にその場を去りました。もしあのリンゴの入ったパイを食べたら大変です。自分も毒にやられてしまいます。お姫様にリンゴを食べさせることには成功しそうなのです。後はお城に戻って魔法の鏡で結果を確認すればいいだけなのです。 継母がお城に帰りついたとき、あたりはすっかり夜でした。継母は急いで魔法の鏡を出すと、こう聞きました。 「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」 すると、鏡は答えました。 「はい、お妃様、それはあなた様の三人の娘でございます。」 この答に継母がびっくりしていると、魔法の鏡は一番上のお姫様の様子を映して見せてくれました。お姫様は、楽しそうに小人とお話しています。テーブルの上には、食べ終わったアップルパイの皿らしきものが見えます。 「おかしい、たしかにあのリンゴを食べたはずなのに……。」 継母が不思議に思っていると、魔法の鏡が言いました。 「それはお妃様、アップルパイを作るとき、毒を塗った皮をむいてしまったのだから、当然ではありませんか。」 この魔法の鏡の言いように、継母は地団太を踏んで悔しがりました。怒りのあまり魔法の鏡を叩き、鏡にうっすらとひびが入りました。 次の日、めげずに継母はおばあさんに化けると、二番目のお姫様のところへ行きました。今度も、手にしたバスケットには、たくさんのリンゴに混ざって、半分だけ毒薬を塗ったリンゴがひとつ入っています。 森の奥にある小人の小屋にたどり着くと、都合のいいことに、ちょうど小人は留守でした。お姫様がひとりで、小屋の中で本を読んでいるのが窓から見えます。おばあさんに化けた継母は、小屋のドアを叩いて言いました。 「今日は、かわいいお嬢さん。おいしいリンゴがあるのだけれど、どうか一つ買ってくれないかね。」 この声を聞いたお姫様は、窓から顔だけ出して言いました。 「ちょっとあなた、わたくしはあなたのような下々の者が気安く話しかけられる身分じゃないのよ。さっさとどこかに行ってくれない。」 激しく怒りながら言ったお姫様に負けじと、おばあさんに化けた継母は言いました。 「それは知りませんで、とんだ失礼を。しかしリンゴを買っていただかないと、あたしゃ今日のご飯が食べられないもんで……。」 哀れな声をだして言うと、お姫様はいかにも傲慢そうにこう言いました。 「仕方ないわね、そんな安っぽいリンゴなんていらないから、これを持ってさっさとどこかへ行ってよ。汚らわしいわね。」 そしてお城から身につけてきたネックレスを投げてよこしました。やはり、安っぽいリンゴでは釣り合わない値打ちものです。恐ろしいお姫様です。 ネックレスを投げると、お姫様は窓をぴしゃりと閉めてしまいました。カーテンも閉めて、完全に拒絶しています。しかたなく、おばあさんに化けた継母はお城へ帰ることにしました。手には、ちゃっかりとお姫様のネックレスが握られています。 夜遅くにお城へ帰った継母は、いつものように魔法の鏡に向かいましたが、答がわかりきった質問をする気にはなれませんでした。その代わりとでもいうように、継母は、魔法の鏡を一度思い切り叩きました。憎しみのこもった一撃です。鏡のひびが、昨日よりも大きくなりました。 さてまた次の日、まだめげずに継母はおばあさんに化けると、末のお姫様のところへ行きました。やはり、手にしたバスケットには、たくさんのリンゴに混ざって、半分だけ毒薬を塗ったリンゴがひとつ入っています。 森の奥にある小人の小屋にたどり着くと、都合のいいことに、ちょうど小人は留守でした。お姫様がひとりで、小屋の中でお掃除をしているのが窓から見えます。おばあさんに化けた継母は、小屋のドアを叩いて言いました。 「今日は、かわいいお嬢さん。おいしいリンゴがあるのだけれど、どうか一つ買ってくれないかね。」 この声を聞いたお姫様は、窓から顔だけ出して言いました。 「今日は、おばあさん。おいしそうなリンゴね。ひとついただこうかしら。お代はこれでいい?」 そう言うと、末のお姫様は上の二人のお姫様と同じように、お城から身につけてきたネックレスをおばあさんに化けた継母に渡しました。継母は満足そうにネックレスを受け取りました。渡すほうも渡すほうですが、受け取るほうも受け取るほうです。 とにかくリンゴを買わせることに成功した継母は、今度は失敗しないようにと、お姫様に言いました。 「このリンゴはね、洗わず皮のままかじりつくのが一番おいしいのだよ。さあ、ためしに食べてごらん。」 そしてお姫様に例のリンゴを渡しました。しばらくリンゴを見ながら何か考えていたお姫様は、やがて言いました。 「でもおばあさん、あたし、お城にいた頃はリンゴをまるごとかじったことなんてないわよ。本当においしいの?」 「年寄りの言うことが信じられないのかい?」 おばあさんに化けた継母は悲しそうに言いました。 「ううん、ごめんなさい。きっとそういう食べ方もあるのよね、あたしが知らなかっただけで。……そうだわ!」 何かいいことを思いついたとでもいうように、お姫様の顔がぱっと輝きました。その姿は本当に美しかったので、不覚にも継母は見とれてしまいました。 お姫様は、ちょっと待っててね、と言うと、果物ナイフを持ち出してきて、リンゴを半分に切りました。ちょうど、毒を塗ったところと塗ってないところで綺麗に半分になっています。 「あたし、とてもリンゴをまるまる一個なんて食べられる気がしないの。よかったら、おばあさん半分食べてくださらないかしら。とてもおいしそうなリンゴだし、ひとりで食べるよりふたりで食べたほうがもっとおいしいと思うの。ね、食べて。」 こう言うと、お姫様は無邪気な顔で半分に切ったリンゴをおばあさんに化けた継母に押しつけました。毒がたっぷり塗ってあるほうのリンゴをです。 「けど、こっちのリンゴのほうがおいしそうだから、お嬢さんがこっちをお食べよ。」 身の危険を感じたおばあさんに化けた継母は言いました。 「あら、ダメよ。それならなおのことおばあさんが食べて。あたしのわがままにつきあわせるんだから、それくらいしないと悪いわ。」 お姫様はこう言うと、早速自分の分のリンゴにかぶりつきました。 「本当、とってもおいしいわ。おばあさんも早く食べてみて」 こういうのを自業自得というのでしょうか。継母は、渡されたリンゴを持ったまま動けなくなってしまいました。お姫様は、もう自分の分を食べ終わってしまっています。すると、お姫様が言いました。 「ごめんなさい、あたし気がつかなくて……。おばあさんには半分に切ったリンゴじゃ大きかったのね。待ってて、今もう少し小さくきるから。」 そしておばあさんに化けた継母の手からリンゴを取ると、素早く一口サイズにリンゴを切ってしまいました。皮はついたままです。 「はい、これで食べやすくなったはずよ」 しかしそこには誰の姿もありませんでした。お姫様がリンゴを切っている隙に、継母は逃げ出したのです。当然です、三十六計逃げるにしかず、です。 「おばあさん、どこにいったのかしら。こまったわ、リンゴがもったいないじゃない。」 王族のくせに、妙なところでけちなお姫様です。 するとその時、白馬に乗って森の小道をやって来る人がおりました。お姫様の隣の隣の国の王子様でした。王子様は、親が決めた婚約者が嫌で国を逃げだしてきたところなのでした。しかし、白馬になんて乗っていれば目立つでしょうに。 「ちょうどいいわ、あの人にこのリンゴを食べてもらいましょう。」 何ていい加減なお姫様なのでしょう。お姫様は、さっきのリンゴを、通りすがりの王子様にあげてしまいました。食べる王子様もどうかと思いますが。 リンゴを食べた王子様はというと、うっと一声小さくうめき、その場に倒れてしまいました。毒がぬってあるリンゴを食べたのだから当然です。驚いたのはお姫様。慌てて王子様をゆすったりはたいたりしますが、どうにもなりません。 しかしもっと驚いている人がおりました。あの継母です。実は継母は、いなくなったと見せかけて、近くの茂みに隠れて、お姫様がリンゴを食べるか、様子をうかがっていたのです。それがまったく関係のない他人の口に入ってしまったのですから、慌てるのも無理ありません。 でも、それだけの理由ではなかったのです。話せば長くなることながら、この継母、この国にお嫁に来る前は、今倒れている王子様と恋だったのです。それをひきさかれての結婚、まさに今は運命の再会なのです。今では小娘相手にあがいている継母も、若い頃は恋に悩むお嬢さんだったのです。継母は急いでおばあさんから元の姿に戻ると、王子様のもとに駆け寄りました。 「ああ、なんでこんなことに……!」 倒れた王子様にすがりついて継母は泣きました。この展開にお姫様はまったくついていけません。ただおろおろとするばかりです。 その時、奇跡が起きました。 継母が泣きつきながら揺さぶった王子様の口から、リンゴの欠片が飛び出しました。その途端、王子様が目を覚ましたのです。これこそ愛の奇跡です。 「ぼくは一体……き、君はもしかして……。」 ぼんやりと目を開けると、王子様の前には継母の姿がありました。王子様もまた一目で継母がかつての恋人だと気がつきました。これこそ恋の奇跡です。 そしてふたりはまだおろおろしているお姫様そっちのけで、時を越えた愛のため、駆け落ちすることを決めました。善は急げ、思いたったら吉日です。いうのが遅れましたが、王子様といえば普通美少年を思い浮かべますが、実はこの王子様はなんと美中年で、継母と同じくらいの歳でした。まさにベストカップルです。熟男熟女の大恋愛です。 ふたりで王子様の白馬に乗って出発する時、継母はお姫様に言いました。 「知っていると思うけれど、最初に森で狩人にお前達三人を殺そうとしたのは私なのだよ。本当にすまなかった。けれど私はもうこの国を出る。お前は姉姫たちを探して一緒にお城へ帰りなさい。」 そして継母は王子様と共にどこかへ旅立っていきました。不思議なことに、継母の、あの異常なまでのお姫様たちへの憎しみは、王子様への愛の前にすっかりきれいに消え去っていたのです。これもまた愛のなせるわざなのでしょう。愛とは便利なものです。 残されたお姫様は帰ってきた小人に事情を話すと、継母の言いつけ通りふたりの姉を探し、元いたお城へ帰っていきました。その後は美貌の王女として、それぞれ他の国の王子様と結婚し、幸せに暮らしました。 可哀想なのはお妃様である継母に逃げられた王様です。王様はもう新しいお妃様をもらう気にはなれず、ひとり静かに娘達の成長を見守ることにしました。悟りの境地なのでしょうか。 今ではこの国は、一番上のお姫様とその結婚相手の王子様が治めています。幸せいっぱいの、とても平和な日々が続いています。 継母が持っていた魔法の鏡は、ひびが広がって今にも割れそうなまま、放置されていました。しかし時々、思い出したように、駆け落ちした継母と王子様の姿を映すそうです。見たという人によりますと、ふたりはとても幸せな様子で、継母は首に三つのネックレスをかけていたといいます。そして、その姿はとても美しかったそうです。 お わ り 灰かぶり娘物語→
photo by 塵抹
|