妖精


 道端できらきら光る綺麗な石を見つけたから、持って帰って瓶の中に入れてみたの。そうしたら、それは夜になると親指くらいの人の形になって、背中に生えた半透明の羽をばたばたとさせたの。
「ねえあなた、あたしをこんなところに閉じ込めて、どうするつもり? これは立派な拉致監禁、犯罪よ」
「わたしは綺麗な石があったから、瓶に入れて飾ろうと思っただけよ。あなたこそ何? 一体なんなの?」
「あなたの主張としては、これは誘拐ではなく遺失物の不当習得である、ということね。あたしは妖精、個人名まで名乗るつもりはないわ」
「妖精ですって? そんなものが本当に実在したなんて……」
「目の前にいて会話をしているあたしの存在を否定するつもり? ひどい侮辱だわ。でもそれはこの際目をつぶってあげる。それより、あたしをここから出しなさいよ」
「出したら、妖精さんはそのあとどうするの?」
「一刻も早く家に帰るわ。そしてあなたのことを訴えてやりたいところだけれど、訴訟費用やかかる時間を考えて、それはやめておくわ。あたしはとにかく家に帰れればいいのよ」
「すぐに帰っちゃうの? ねえ妖精さん、もうすこしここにいてわたしとおしゃべりしない? わたし、妖精がいるなんて知らなかったら、もっと色々と知りたいのよ。名前とか、いつもどんなことをしているのかとか」
「あたしの個人情報を聞き出してどうする気? 脅迫でもする気なの?」
「違うわ。ただ興味があるだけよ」
「呆れた。まるで偶然あたしを拾ったみたいな言い方をしていたけれど、これはどうやら計画的犯行だったみたいね。このストーカー!」
「誤解よ。あなたのことなんてこれっぽっちも知らなかったし、話したくないことは話さなくていいわ。楽しくおしゃべりできればそれでいいのよ」
「そうやって甘い声を出しておいて、裏で何を企んでいるのかしら。はっきり言ったらどう。あたしに何かやらせたいことがあるんじゃないの」
「それはまあ、妖精にどんなことができるのか興味はあるけれど……」
「ついに化けの皮を剥がしたわね。犯罪者の要求を呑むのは癪だけれど、いいわ。取引といきましょう。あなたの言うことをひとつ聞くから、あたしをここから解放しなさい」
「願いを叶えてくれるの? 妖精っていい人ね。ね、お金を出すとかもできるの?」
「できなくはないけど、お断りしたいわ」
「あらどうして? 大変なことなの?」
「そりゃそうよ。まずどこからとってくるか決めなきゃいけないし、時間も手間もかかるし何より人間の世界では犯罪になっちゃうわ」
「つまりどこかから盗んでくるってこと? 妖精の力で作りだすんじゃなくて?」
「何もないところから何かを生み出すなんて、できるわけがないでしょう。あたしは存在する物をこっそり移動させるだけよ」
「それじゃあ泥棒じゃない。ダメよ、他のことにするわ」
「あたしに犯罪の片棒をかつがせるつもりじゃなかったの? まあいいわ。いいから早く決めてちょうだい」
「じゃあね、今わたし、好きな男の子がいるんだけど、その人と両想いにしてもらうっていうのはできる?」
「恐ろしい人ね。他人を洗脳して自分のものにしてしまおうだなんて。あたしをこんなところに閉じ込めるだけはあるわ」
「洗脳だなんて。好きな人に好きになってもらいたいってだけじゃない。でも、そんな言い方するなら別のにするわ」
「そうしてちょうだい。誰かを洗脳したなんて知れたら、あたしが捕まっちゃうわ」
「それじゃあお願いするけど、わたしをとびっきりの美人にすることはできる?」
「姿を変えて、あたしへの犯罪行為の証拠をもみ消そうってわけね。ずるがしこい奴が考えそうなことだわ」
「わたしはただ綺麗になりたいだけよ。どうしてそうすぐ人を犯罪者扱いするの? 妖精ってみんなそんななの?」
「図星だからって、妖精全体の名誉を棄損? なんてひど……」
 突然、妖精の姿が、わたしが拾ってきたのと同じきらきら光る石になった。それまで瓶を照らしていた月の光がない。どうやら、雲の塊が月を覆い隠してしまったみたいだ。わたしは瓶のフタを開けると、窓からできるだけ遠く目がけて妖精の石を投げた。
 次の日、道を歩いていると、きらきらと綺麗に光る石を見つけたけれど、わたしはそれをどうするでもなく通りすぎた。



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photo by Simple Life