拝啓、君へ


 こんにちは。僕です。
 旅の空からこの手紙を書いています。
 本日僕は、めでたく何度目かになる誕生日を迎えました。
 しかし、僕の手元にあるのは、いつもの旅行鞄が一個と、自分で買ってきたケーキが一切れあるばかりです。
 そう、僕はもう何年も君と続けている勝負に、今年も勝ったのです。
 きっかけはなんだったのでしょうか。実はよく覚えていません。もし君が覚えているのなら、手紙の返事に書いてもらえると嬉しいです。
 とにかく、僕たちがこの誕生日の勝負を始めてから、もう何年にもなります。
 誕生日が近くなると、僕は旅に出る。そして君はその行き先を予想して、僕の誕生日にそこへプレゼントを贈る。
 なかなかおかしな勝負ですよね。
 旅の間に、多くの旅人と出会いましたが、いまだかつて、僕たちのような勝負をしている人には、お目にかかったことがありません。
 この勝負の話をすると、たくさんの人が面白いと言ってくれます。僕が勝つよう応援してくれる人も大勢いました。中には、僕たちのこの勝負を、馬鹿にしたように笑う人もいました。けれど僕は気にしません。この勝負の面白さがわからないようなつまらない人間のことなど、放っておけばいいのです。
 それにしても、僕は少々、君に呆れています。
 勝負を始めた当初は、僕は君に、旅の行き先のヒントなど、これっぽっちも与えていませんでした。ただ一言、行ってくる、とだけ告げていましたね。君は、僕の荷物や旅に出る方向、出発の日時などといった細かなところから、旅先を推理するしかありませんでした。なので、僕の目的地がまったく予想できず、君の負けに終わるのも当然だったことでしょう。
 しかし、ここ数年は、僕はそれとなく君にヒントを送っていましたよね。
 一昨年の誕生日の数週間前。旅立った直後に君へと送った、ハリコンナの花を見るのが楽しみだという手紙。ハリコンナの花は、ゾンナ共和国特有の花です。これを読めば、少なくとも、僕が向かった先が、ゾンナ共和国のどこかであるということくらいは、わかったはずです。しかし、ゾンナ共和国のどこの町にも、僕への誕生日のプレゼントは届いていなかったようです。
 去年の誕生日も、旅立つ時に、僕は君に手紙を残して行きましたよね。今度の旅のメインイベントは、ぬっちゃら汁を食べることだと。世界広しといえども、ぬっちゃら汁などというまずそうな汁を食べることができるのは、ドイコラ地方くらいのものでしょう。しかし、ドイコラ地方のどこの村にも、僕への誕生日のプレゼントは届いていなかったようです。
 そして今年。旅に出る直前、僕は確かに、君に手紙を手渡しました。今年の旅では、必ずおみやげにシャピプシャを持って帰るという決意をしたためた手紙を。シャピプシャのことは、他の人ならいざ知らず、君なら絶対にわかるはずです。なにせ、君が以前から、欲しくて仕方がないと言っていたものなのですから。シャピプシャがどんなものであるか。そしてそれが手に入る唯一の場所がどこなのか。その程度のこと、君にしてみれば、二秒で答えられることのはずです。手紙に記された、シャピプシャというヒントに気づいてさえいれば。
 まったく、君の洞察力のなさには恐れ入ります。
 この調子では、来年も僕が勝つことは、目に見えています。勝ちのわかっている勝負ほど、面白くないものはありません。
 そこで提案なのですが、そろそろこの勝負をするのをやめにしてもいいのではないでしょうか。
 君にしてみれば、一度も僕に勝てないまま終わるということで、面白くないことかもしれません。
 しかし、今年のヒントで勝てなかった君に、僕はこの先、どうあっても負ける気がしません。
 君が全敗で終わることを潔く受け入れてくれることを祈って、今日のところは筆を置きます。
 勝負の結果に関わらず、シャピプシャは手に入れたので、おみやげに持って帰ります。
 一週間ほどはこちらに滞在する予定だけれども、君に会ってこれを渡す日を楽しみにしています。


追伸 いい加減、返事くらいくれたらどうなんだい。



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photo by 空に咲く花