The BOOK


 君は紅茶を一口含むと、ゆったりとした動作でページをめくった。ずっと前から楽しみにしていた本を、ついに手に入れたのだ。五人の作家による、五作の短編を収録した、いわゆるオムニバスというやつだ。
 五人の作家は、どれも君のお気に入り。君は発売前からあらすじをチェックしていた作品を、ひとつひとつ丁寧に、一字一句逃すことなく入念に読みこんでいく。
 楽しい時間は早いもの。あっという間に五作を読み終えると、君は嬉しいような、寂しいような気持ちで、紅茶の最後の一口を飲もうとする。そして気づく。あんなにこの本の情報を集めていたはずの君の知らない作品が載っていることに。
 タイトルは『The BOOK』
 君は首をかしげつつ、目次を確認する。そこに、今見つけたのと同じ作品名はない。タイトルのところに、作者の名前も書かれていない。けれど確かに、短編作品一作分程のページ数を残し、その物語は始まっている。
 不良品だろうか。いやいや、まさか。これはいわゆる、CDのボーナストラックのようなものなのかもしれない。あるいは、お菓子のおまけによくあるシークレットフィギュアみたいな、特別なものなのかもしれない。
 とにかく、本の上に物語が描かれているのだ。君はページをめくると、その物語を読み始めた。
 それは、いわゆるホラー小説だった。不幸な殺人事件の被害者、そのお気に入りだった本をひょんなことから手に入れた主人公。次々と起こる怪奇現象。被害者の怨念がとりついた本により、ついに主人公は死んでしまうのだった。
 君は読んだことを後悔する。くだらない、よくある陳腐なホラー小説ではないか。こんなものが、自分のお気に入りの作家たちと同じ本に載せられているとは。
 しかし、ページをめくった君はほっとした。物語はまだ続いていたのだ。
『ここまで読み終えると、俺は、読んでいた小説をベッドに放った。期待していたほど、面白い話ではなかったな。まあ、適当に本屋で買った、名前も知らなかった作家の本だからな。
 俺は、自分自身もだらりとベッドに横になった』
 君は思った。なるほど、いままでの話は、すべて物語の中の物語だったのだな。複雑な設定だが、君はどこか安心した。ただのありふれたホラー話では終わらなかったのだ。これでまだ読書を楽しめる。
 君は文字を目で追い、物語の先を読み進めた。
『目をつぶった俺の耳に、ガタガタという音が届いた。音は、隣の部屋からした。
 今日は家の者はみんな出払っており、この家は今俺一人のために存在しているはずである。ねずみでも出たかな。いや、それにしては大きな音だ。
 そういえば、さっきのくだらないホラー小説も、ラストはこんな感じだったな。誰もいないはずの家に、鳴り響く謎の物音。そしてそれは、だんだんと主人公のそばへと近づいていくのだ』
 ふと、窓の外で物音がした気がした。耳をすましてみたが、聞こえるのは、机の上に置いてある、時計のカチカチいう音だけである。
 物語の中に入り込み過ぎたせいかな。君は思い、ふたたび本に集中する。
『まあ、よくあるホラーの一手段だ。面白くもない。しかし、ひょっとしたら、二回目読んで見方を変えたら、新しい発見ができるかもしれない。さっきの本、もう一度ラストだけでも見てみるか。俺はごろりと身体を横に向けると、そばに放ってあった本を開いた。
 開いた瞬間、部屋の入口付近で何かの音がしたようだが、気のせいだろう。この家は、今は俺だけの城なのだ。
 ラストの方を適当にめくる。うん、やはり、くだらない展開だ。徐々にせまりくる謎の影。正体のわからないものが近づいてくるという展開は、確かに現実に起これば怖いものではあるが、こう色々な小説で目にしては、恐ろしさも薄れてしまう。』
 また、物音がした。今度は、部屋の中でであった。
 神経を本から室内の音へと集中させたが、やはり聞こえるのは、時計の時を刻む音だけ。
君は物語の続きを読むのが怖い気がした。しかし、物語と現実を混同して読み終えることのできなかった本があるなどと周りに知れたら、恥だ。それに、小説じゃあるまいし、物語の主人公と同じ末路をたどるなどというベタなホラーが、現実にあってはたまらない。
 君は自分に言い聞かせると、さっきよりも時間をかけて、次の文章を読んだ。
『読み返してはみたが、なんの発見も得られなかった。
 呪われた本の最後のページに書かれた≠ィ前も死ねという短い文章。それを見た瞬間、現れた幽霊に、絶叫とともに殺される主人公。やはり、ただの陳腐な小説だった。
 俺はがっかりして、再び本を閉じようとした。
 その時、俺は気づいた。最後に、あと一ページ残っていたことに。
 あとがきでもあったのかな、と思い、俺はページをめくった。
 そこには、短い文章が書かれていただけであった。
 そして俺は』
 ここでこのページは終わっていた。本は、あと一ページ残っている。物語の中と同じ。
 君はためらった。  まさかそんな。これは現実だ。本の読み過ぎだ。ばかばかしい。
 すぐそばを、なにかが通る気配がした。
 ええい、もうどうにでもなれ。君は意を決すと、最後のページをめくった。
 そして、そこに書かれている短い文章を読んだ。
『続きはwebで 検索word [TheBookOfHorrorBooks]』
 にゃー、と間近で声がした。
 そう言えば、最近野良猫が民家に入り込む事件が多発していると、昨日の地方新聞で読んだな。
 おそらく開けっぱなしだった窓から入ったのだろう。ずうずうしくもテーブルに飛び乗り、カップに残った最後の紅茶を飲もうとしている太った猫を、君は見た。



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photo by 空に咲く花