天国と地獄 天国 「やあ、ここが天国か。 広がる雲の絨毯。舞い踊る天使たち。絶えることなく流れるハープの音。 死んだときは、苦しくて仕方なかったけれど、こんな楽園に来られるのなら、死ぬのも悪くないことかもしれないな」 「おいおい、そう思うのはまだ早いぜ」 「おや、お前は一年前に死んだ……。 まさか、こんなところで再会できるとはな。 どうだ、昔みたいに、そこらで一杯やりながら、話さないか」 「それができるなら、俺だってそうしたいさ」 「なにか問題でもあるのか? 医者に酒を止められてるとか」 「まさか。俺たちはもう死んでるんだぜ」 「そうだったな。では、なぜ?」 「飲みたくても、飲む酒がないのさ。天国は全面禁酒なんだぜ」 「なんだって?」 「酒だけじゃない。 煙草も駄目。博打も駄目。恋人や夫婦以外と関係をもつのも駄目。駄目駄目づくしさ」 「そんなまさか」 「音楽だって、今流れているハープの曲以外は聞けないんだぜ。 初めて聞いたときは、なんて美しい音色だと思ったが、今じゃもううんざりさ」 「確かに、生きているときに本や絵で見た天国で、酒を飲んで煙草を吸うものなどなかったが」 「そうさ。ここは、まさに絵に描いたような天国さ。 以前、雲の成分を使って酒を密造しようとした奴らがいたんだが、すぐに天使に見つかって、地獄送りになった。 ハープに手を出して、自分好みのロックを奏でるようにした奴もいたんだが、やっぱりすぐに天使たちが飛んできて、どこかに連れて行かれていたな。それ以来、誰も奴の姿は見ていないぜ」 「じゃあ、こんなところで何をして過ごせばいいんだ」 「そうだな。日がな一日、ハープの音を聞いて、舞い踊る天使たちを眺めて、変わり映えのしない雲の絨毯の上をぼんやり散歩でもするしかやることはないな」 「まったく。とんだ地獄に来ちまったものだぜ」 地獄。 「ああ、恐ろしい。 血の池地獄に針山地獄。向こうに見えるは、噂に名高い地獄の釜か。 苦しい思いをして死んだというのに、またここでも永久に苦しい思いをしなければいけないだなんて、なんたることだ」 「よお、やっぱりお前もここへ来たか」 「あ、お前は、一年前に死んだ……。 まさか、こんなところで再会するとはな。 お互い、人様に自慢できるようなことは、何一つやってこなかったから、仕方ないといえば仕方ないか」 「まあ、そう辛気臭い顔をするなよ。 どうだ、昔みたいに、一つカード勝負でもやらないか」 「おいおい。ここは地獄だぜ。 そうしたいのは山々だが、そんなのんびり遊んでいられるわけ……」 「それが、そうしていられるのさ」 「どういうことだ」 「今日から一カ月は、地獄の悪魔どものストライキ期間なのさ。 奴ら、いつもいつも、俺たち地獄行きの死者たちのことを責め立てる仕事をやらされているからな。 時々こうやって、ストライキと称して仕事をサボるのさ。まあ、時々といっても、一年の半分はストライキ中だがな」 「まさか、そんなことが……」 「さあさあ、詳しいことは、酒でも飲みながら話してやるさ。ちょうどそこに、悪魔が置いていった酒があるからな。 奴ら、嫌々仕事に来ているときは、俺たちを地獄の釜や針の山、血の池なんかで責め立てる片手間に、酒を飲んではトランプゲームに興じているんだぜ。 ほら、そこにカードも放ってあるだろう。俺たちも、あれで一勝負しようじゃないか。 俺と二人が嫌なら、他にも人を呼ぶぜ。なにせここには、酒もゲームも大好きな奴らがうようよいるんだからな。 中には、話のわかる美女もいるぜ」 「酒に女にギャンブルに、いたれりつくせりだな。 まったく。ここは本当に天国みたいなところだな」 ←冬の幽霊 拝啓、君へ→
photo by Follet
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