魔法使いの弟子 ルミちゃんは魔法使いになりたかった。だから、隣町の魔法使いのおばあさんに弟子入りすることにした。魔法を覚えてびっくりさせたいから、誰にも内緒で家を出た。 弟子にしてくださいというルミちゃんに、魔法使いのおばあさんは言った。 「一人前の魔法使いになるまでは、家族にも会っちゃいけないよ。それでもいいかい?」 ルミちゃんは、少しだけ迷ってから頷いた。なにしろ、知っている魔法使いはこのおばあさんだけなのだ。ここで断られたら、魔法使いにはなれない。魔法を覚えるまでの我慢だ。 こうしてルミちゃんは、魔法使いの弟子になった。 魔法使いのおばあさんは、まずルミちゃんに、魔法の杖を与えた。願い事を唱えながら振ればそれが叶う、魔法の杖だ。それから、魔法の水晶玉も与えた。見たいと思ったものを映し出す、魔法の水晶玉だ。 水晶玉には、ルミちゃんの家が映っていた。お母さんがテーブルに暗い顔で座っている。いなくなったルミちゃんを心配しているのだ。 「この魔法の杖を使って、この女の人を笑顔にしてごらん。それができたら、一人前の魔法使いと認めて、この魔法の杖をあげるよ」 ルミちゃんは、これは簡単だと思った。 ルミちゃんのお母さんは、甘い物が大好きだ。特にショートケーキが大好物で、お父さんが買って帰ると、その日どんなに悪いことがあっても、すぐににこにこ笑顔になるのだ。 ルミちゃんは、水晶玉に向かって魔法の杖を振った。 「ショートケーキよ、出でよ!」 杖の魔法の力で、水晶玉の中のルミちゃんの家に、ショートケーキが現れた。ケーキに気づいたお母さんは、目を丸くして言った。 「ショートケーキなんて、買っておいたかしら。でも、今はルミのことが心配で、とても食べる気になんてなれないわ」 お母さんは、突然いなくなったルミちゃんが心配で、胸がいっぱいなのだ。そんなお母さんを見て、ルミちゃんは寂しくなった。 「わたしがいないから、お母さんはこんなに悲しんでるんだ。早く一人前の魔法使いになって、お母さんのところに帰らなくちゃ」 ルミちゃんは、また魔法の杖を振った。 「虹よ、かかれ!」 お母さんと一緒に出かけた帰りに、虹を見たことがあった。その時お母さんは、とっても綺麗ね、と言って笑っていた。ルミちゃんは、それを覚えていたのだ。 突然家の中に現れた虹を見て、お母さんはひっくり返りそうになった。 「家の中に虹が出るなんて、不思議なこともあるものね。ルミにも教えてあげたいわ」 お母さんはやっぱり笑わなかった。ルミちゃんは、早くお母さんを笑わせて、家に帰りたくて仕方なかった。 三度水晶玉に向かって魔法の杖が振られた。 「お花よ、咲いて!」 キッチンには、お母さんとルミちゃんが育てているお花の鉢植えがある。お母さんは、その花が咲くのをとても楽しみにしていた。それが咲けば、きっとお母さんも笑ってくれるに違いない。 「このお花、もう咲いたのね。残念だわ、咲くところを、ルミと一緒に見たかったのに」 お母さんの目から、涙がこぼれた。それを見て、ルミちゃんも泣きだしてしまった。 ルミちゃんは、泣きながら、水晶玉に向かって魔法の杖を振った。 「わたしをお母さんのところに連れてって!」 杖の魔法の力で、ルミちゃんはたちまち家に帰っていた。 「ルミ!? 今までどこに行っていたの!?」 お母さんは、ルミちゃんのことを力いっぱい抱きしめた。その目には涙が浮かんでいるけれど、嬉しそうに笑っていた。 次の日、ルミちゃんは、また隣町の魔法使いのおばあさんの家に行った。 「約束を破って、お母さんに会っちゃってごめんなさい。もう弟子にはなれないから、魔法の杖を返しに来ました」 「何を言ってるんだい。あの女の人を笑顔にできたんだから、もう立派な魔法使いだよ。だから魔法の杖はあげるよ」 魔法使いのおばあさんは、優しく言った。 「ううん。魔法はもういいの」 お母さんの笑顔を思い出して、ルミちゃんは言った。 「そうかい。素敵な魔法使いさんには、杖なんていらないんだね」 魔法使いのおばあさんは、にやりと笑って言うと、ルミちゃんから杖を受け取った。 家の外では、お母さんが待っていた。 「ねえお母さん、ケーキを買って帰ろう」 「そうね。ショートケーキを買って帰ろうか」 ルミちゃんとお母さんは、仲良く手をつないで歩きだした。 空にはうっすらと、虹がかかっていた。 ←温泉老人
photo by 空に咲く花
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